艦内軍議、飯は無し
義士城から沛国西方の海岸にある軍港までは艦隊の速度で約三時間。そこから沛国軍の本拠地 恭紳城までが陸路で二時間。城から戦場となる地までは想定七時間。
午前七時に城を出たナイト達が律聖騎士団と対峙するのは約十二時間後の午後七時頃となり、実際に戦うのは明日以降と思われた。
「……と、オルファイナスも思うでしょう。その隙を突いて我等は今夜に夜襲を仕掛けます。その旨、既に王洋西殿に伝えてあり、軍港には多くの馬車を用意してもらいました。当然、我々もある程度は持参していますから、これらをうまく活用して兵の体力を温存しながら進軍致しましょう」
本艦の軍議室で諸将達を前に作戦を公表する男がいた。
裾の長い、ゆったりとした白地の軍服を着込み、右手に白羽扇、右腰に曲刀を備えたその者は、剣合国軍の軍師を務める安楽武である。
今回の戦にはナイトを大将とし、軍師の安楽武、主将の槍丁、槍秀、亜土雷、亜土炎が従軍している。また、戦場で合流する味方として剣合国軍領北東部の守将フォンガンがおり、彼は既に沛国軍と連合して陣を構えていた。
「……今夜、勝負を決するという事か。確かに長々と陣を構えて戦えば、こちらの被害も大きくなるからな。それで、一体どの様な動きで敵を攻めるんだ?」
大将であるナイトが夜襲策に理解を示し、具体的な作戦を尋ねる。
諸将の注目を集めた安楽武は長机に拡げられた沛国の地図に向き直り、各要所と進路を白羽扇で指し示していく。
「まずは港と恭紳城の中間辺りで殿が率いる本隊と、亜土雷殿の別働隊に分かれます。本隊は東へ真っ直ぐ進んで戦場に向かい、別働隊には南に大きく迂回して敵の側面に回ってもらいます」
軍港と城。二つの軍事施設には多くの目があり、その中には当然ながら敵の間者も入り込んでいるだろう。故に、どちらかの要所で軍を分けた際には敵に気付かれる可能性が高く、用心深い安楽武が両施設から最も離れた場所を分岐点としたのは当然であった。
「別働隊の進路ですが、分散後は真南に進んで治妥山を目指して下さい。この山の麓にはフォンガン殿に用意してもらった替えの軍馬と武具があります。それらを用いて北東方面に進軍すれば、深夜の作戦には充分間に合う筈です。道案内も手配してありますから、篝火を焚くことなく、闇夜に紛れて進んで下さい。……それと、フォンガン殿から「馬にブースターを付けておいたから早い筈だ」といった報告も届いているので……速度も……まあ、充分でしょう」
「……ブースター……ですか。馬体にエンジンでも搭載したのですか?」
途中から気の抜けた声で説明する安楽武に、別働隊を任された亜土雷は怪訝そうな睨みを見せて聞き返す。
彼は普段から、質疑は説明を聞き終えた後にと心得ているのだが、安楽武のやる気を萎えさせる報告には思わず反応してしまった。
「さて、あの御仁が何をしてくださったのやら。ま、大体の見当はつきますが、敢えて言う事でもありません。お気になったのであれば、私から言っておきましょう。「下らん事をするな」と」
安楽武はいつも以上に睨みを利かせる亜土雷に冗談半分で答えた。
質問の明確な答えなど大した意味をなさない、それよりも今の君に不満があるならば、それこそが大事であると彼は思う。
尤も軍師として、顔色からその者の内情を窺い知ることに長けた安楽武には、亜土雷の中に不満が無いことは把握済みだった。その上で亜土雷の不器用さから生まれる誤解を解く為に、回答を濁したのだ。
「いえ、フォンガン将軍に意見するなど若輩の私には過ぎたる事。純粋に将軍のご配慮に感謝します」
二十三歳の若き将軍 亜土雷は剣合国軍に代々仕える名門亜土家の現当主だ。大剣豪として名を馳せる父の亜土震が妻の身を案じて隠居した際に家督を継ぎ、弟の亜土炎とともに主将の一角を担っている。
彼はバスナに次ぐ剣技に加え、一戦を任される程の優れた軍才と忠義を持つのだが、二つの欠点を抱えていた。
一つは人相の悪さ。亜土雷は常時、眉間に皺を寄せた目つきの悪さと子供が泣いて逃げ出す程の眼力を持つ。そして表情の幅も狭く、薄い灰がかった様な肌の色をしている為、前述の要素も合わさって彼を見る者全てが恐れてしまうのだ。
二つ目は人の気持ちを理解できない事。ナイト達年長者は主にこちらを危惧していた。
幼少の頃より、人相の悪さから向けられる畏怖の視線と、彼の才能を妬む者の視線を浴び続けた亜土雷である。悪い意味で自分は自分、他人は他人と考える様になった結果、実力のない者には容赦せず、人を慮る術を知らない性格が生まれた。
「そう思ってくれるとフォンガン殿も嬉しいでしょう。改めて、別働隊をお任せします」
「承りました」
亜土雷は、笑みを浮かべて作戦を託す安楽武に拝礼した。それを見るナイトは「流石は軍師、見事な差配である」と感心する。
別働隊の動きを説明した安楽武は、続いて本隊の動きと肝心の夜襲策について語る。
「殿が率いる本隊は戦場に着き次第、全兵を休ませます。篝火を多く灯し、沛国軍とフォンガン隊を陣の警備に配し、さながら律聖騎士団の夜襲に備えるように見せるのです。そして深夜頃に出陣し、敵陣に正面から攻め込みます」
「軍師殿、オルファイナスを相手に真っ向から攻撃を仕掛けるのは危険ではないだろうか」
今戦の副大将を務める槍丁が問う。
彼は方元に次ぐ戦歴を誇り、律聖騎士団と何度も交戦した経験があるだけに、オルファイナスの武勇とその下にある部隊の精強ぶりをよく知っていた。
「オルファイナスは戦地に於いて一時の油断も見せぬ男。あの者の部隊は戦い慣れた無敵の強兵揃いだ。昼も夜も変わらぬ強さを発揮できるように訓練され、攻めは尚の事、守りを要する状況では正に鬼神の働きを示す」
槍丁の話は決して誇張したものではない。
キュロ州南部に位置するファライズを領有するだけの重氏が重横に代変わりして尚、その勢力を維持できている訳は、偏にオルファイナス隊の存在あってこそ。
だが、安楽武はそれを重々承知した上で夜襲を計画していた。
彼からすればオルファイナスの勇猛も策の中であり、白羽扇を一扇ぎして涼む姿からも、その自信のほどが見てとれる。
「ええ、存じ上げております。オルファイナスは真の勇者なれば正面きって挑む者を尊重し、律儀にも打って出るでしょう。彼が守りの陣を出た時が勝機です。亜土雷殿の別働隊が時間差を利用して敵陣に急襲を仕掛けるのです」
安楽武が白羽扇で扇ぐことを止め、専ら自らの表情を隠し出す。
ナイトと槍丁の二人はその様子から勝利を確信し、ナイトだけが安楽武の動作に若干の恐れを抱いた。
安楽武は今でこそ軍師の形をしているが、元々は南方大陸の戦場を荒し回った武人である。
二十歳を超えるまでは武一辺倒に生き「返り血の曲刀士」やら「若年の切り裂き魔」といった物騒な異名を冠していた。そんな中ある国の高名な兵法家に諭された彼は、国を治めるために必要なありとあらゆる知識をその兵法家から学び、軍師の道に転職したとの事。
暴君な祖父と暗君な父に失望し、諸国を旅して回っていた若き頃のナイトと出会ったのは、正にその移り時であった。
(……おお怖い怖い)
安楽武は自身の事を常識人と言うが、彼の素性を知るナイトから言わせると「ある種の変態」になる。彼は軍師となった今でも、人を生かす事より殺す事の方に自分の存在理由があると思っているからだ。




