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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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少年よ、父の尻を追え


人界歴四百九年 福寿草の月 中枢大陸 楚丁州洪和郡


 隣国への遠征軍陣地に於いて、軍議が執り行われていた本陣には小さな揺らぎが生じていた。


「ねぇ若、大殿の書き置きを見付けたんだけど……」


 発端は作戦の実行に伴い、つい数時間前に出撃した総大将の腰掛けにあった紙を、若と呼ばれる少年の側近たる女将が見つけた事だ。

そこには以下の様な内容が記されており、皆が額を集めて拝見した。


(息子へ、予てよりの作戦を実行する。本隊のことはお前と槍丁(ソウテイ)に任せた。よく相談して行動するように。それはともかく、お土産は何がよいか聞いていなかったな。俺としては木製の馬の玩具なんて可愛くて良いと思うんだがどうだろう。まあ考えておいてくれ。では行ってきます。俺達の尻がフリフリされている方角目掛けて武運を祈って良い子で待っててくれ)


「……何だろうな、この色々と言ってやりたい気持ちを起こさせる、おふざけが過ぎた味方に対する挑発文は。……差し詰め遠足にでも向かうかの如くだ」


 読み終わって諸将の中に沈黙が作られると、少年は顔から色を消してそう呟いた。


韓任(カンジン)、騎兵一千を用意してくれ。父上の後を追う」


 少年は続けて側近頭を務める将軍に出撃の指示を出す。


「若、私どもは如何しましょう」


 藍色の髪とすらっとした長身が特徴的な青年の側近が、少年に尋ねた。

彼と女将の二人は少年が率いる直属隊の中に於いて、歩兵のみの部隊を指揮している。

それ故に騎馬隊での機動作戦となれば行動に制限が生じるのだ。


「李洪とメスナはここに残ってくれ。父上の後は俺と韓任だけで追う。それともう一千の騎兵は置いていくから、こっちの状況に応じて動かして構わないよ」


 二人の側近は静かに首肯した。


 やがて出撃準備が整い、白銀の鎧に朱の戦袍(ヒタタレ)を纏った一千の騎兵が陣門前に勢揃いする。


「ナイツ様。全騎、整いました」


 側近頭の将軍が、兵達の前に姿を見せた少年の名を呼んだ。


「ありがと韓任」


 少年は礼を述べながら慣れた動きで黒毛の愛馬に跨がった。

その身のこなしには、少年が産まれる以前よりアホだったと言われる父が、少年の一歳の誕生日に大人の軍馬をプレゼントした事は別に関係ない。

十割が少年の努力によるものである。


「若君、出陣に先立ち一つ忠告を」


 大将である父、その子息である少年に代わって軍を指揮する事となった老将が一声掛けた。


「どうした槍丁。何か不安要素でもあるのか?」


「はい。大殿による電撃作戦が行われ、その後に続くならば、道中の敵は必ず備えを厚くしておりましょう。努々ご油断なされぬよう」


「了解した。老練な槍丁が言う事なら間違いはないだろう」


 少年は顔に微笑を浮かべて見せた。

言われるまでもなく、彼は油断をしていない。

だがその上で老将の忠告に従い、再度気を引き締める素直さが彼にはあった。


「よし、出陣するぞ! 皆、俺に続け!」


 漆黒の軍服に朱の戦袍を纏った少年は、声高らかに号令を下す。

その姿には若年に似合わぬ騎士然とした凛々しさがあり、彼を先頭とすることに歴戦の将兵達は唯の一人も不満を見せる事がなかった。




 少年が率いる騎馬隊は颯爽と敵地の中を駆け抜ける。

父とその仲間達が敵の守備兵を撃破し、神速を以て突破した道を彼等以上の速さで突き進みながら。


「ねぇ韓任。……まさかとは思うけど、父上は本当に遠足気分だったりして……」


「……さて、どうでしょうな。奥方様曰く、皆の士気を高める為の行為が七割だと」


 電撃作戦と謳っておきながら、下手くそな詩を詠った木製の立札を各所に残す父。


「う〜み〜は大きいな〜大きいな〜。…………うん、そうだね。で、それが何だって言うの。海関係ないだろ。楚丁州って殆どが平野なんだから」


「今の詩で皆の士気も高まった事でしょう」


「どこがっ!」


 慢心や油断を打ち消し、常に緊迫警戒した雰囲気を発する彼等の心を優しく撫で、荒んだ戦場を愛しく包み込んでいるつもりの詩を見る度に、少年の士気は低下していった。


「……迂回しよっかな……」


「いえ、このまま進みましょう」


 疾走する先に新たな立札を見付けた少年は、小さく溜め息を吐いた。

今度の板には、詩を書いた立札は全て移動中に用意して一切無駄な時間は使っていない云々の言い訳が書いてあった。


「弁明なんてして誰が見るんだよ。…………ああ、俺達か」


 粗略に読み捨てた少年には、その文面がまるで彼にあてて書かれている事に気付かなかった。

最短の道のりの、道標の様に等間隔に置かれている事にも。


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