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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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母の助言


 軍の後尾にいたナイツは本城へ直帰せず、韓任を伴って城下の視察に出ていた。

彼は城下の彼方此方で聞こえる民の声に耳を傾けていた。


 その中で最も多かった声は、兵として出征した者の無事を祝うもの。その次は戦と直接的関係のない民からの、今戦に対する評価。残るは無言の帰還を前にした遺族や想い人の悲嘆に暮れる声だった。

夫や息子、想われ人といった様々な立場を持つ兵士達の生還や戦死に、待ち人は各々の感情を乗せて涙と声をあげるが、その中にナイトを批判する言葉は聞き取れない。

戦自体も当初の目的が領土争奪の意味合いを含まない作戦であった為、民の視点からは覇攻軍の気勢を削ぐことに成功した勝利と写っているようだ。それ故か、軍関係者ではない民の評価も比較的良好である。


(民の反応、どれも父上を支持するものばかり。……父上の仁徳が民の心を掌握している影響だろうな。……対して私は……)


 六華将との戦いで見せた無様な姿が、城に帰った後でも尾を引いてナイツの自信を喪失させていた。

帰路を進む最中、ナイト達は何度も激励の言葉を掛けたものの、人前であったが故に恥と感じたナイツは逆に気を悪くしてしまう。

それ以後、今に至るまでナイト達と顔を合わせられず、己の心が本城に戻ることも憚った為に、城下町の視察に落ち着いたのだ。


「この度の戦、ナイツ様の参戦が丘奪取に繋がったと専らの噂。事実、ナイツ様が……」


「やめてくれ韓任」


 気持ちを察した韓任の言葉を一方的に遮るナイツ。

韓任は自らに向けられたナイツの手に従い、それ以上の発言を控えてしまった。


(……メスナ殿の到着を待つしかないか)


 軍事以外の引き出しを持たない韓任は、人の気を晴れ晴れとさせる術を知らない。

彼はあくまで輝士隊副将として兵を鍛え、統率し、戦に勝つことを第一とする生粋な軍人なのだ。場を盛り上げ、気を紛らわせる必要がある状況ではユニーク性に富む同僚のメスナに頼り切っていた。


 然し、メスナと輝士隊参謀の李洪及び残りの隊員達は未だ帰城しておらず、ナイトの話からすると、彼等も属する楚丁州東部侵攻軍は明日の午前に帰還するとの事。

つまり、ナイツの機嫌が直るのも明日以降となる。


「全く……戦ってのは本当に無粋なものね」


 韓任が為す術なくナイツに続き、二人して民家群の先にある開けた土手に出た時だ。

眼下を流れる小川の方から聞き慣れた女性の声が届く。


 ナイツが気怠い眼差しを向けた先には、河川敷に仁王立ちしてこちらに背を向けているキャンディの姿があった。


「母上、先に言っておきますが釣竿は持っていませんよ」


 抑揚のない声で機先を制し、土手を下っていくと、キャンディはその歩調に合わせる様にゆっくり振り返った。

そして徐に両胸のポケットから個包装された大量の飴玉を取り出して見せる。


「あら、それは残念ね。餌はこんなにあるのだけど」


 その様子に韓任は思わず吹き出し、ナイツも視線を逸らす。

キャンディの故意の独り言に冗談で返してみれば、それを上回る冗談で返された。明らかに盛られた胸から出てきた飴玉の数もさる事ながら、それを魚の餌と言い張る彼女もいろんな意味で凄い。


「はふふっ! 良い反応ね二人とも。取り敢えず、お疲れ様。仔細は聞いているけど、よく頑張ったわね」


 飴をしまったキャンディは二人に労いの言葉を掛けるが、真面目に拝礼して受け取る韓任に反して、ナイツはそっぽを向いてしまう。

仔細を聞いた上で放たれた「頑張った」との一言が、ナイツには不快だったのだ。まるで幼子を褒めて伸ばす様ではないかと。


「励ましのつもりですか」


 嫌みたらしく言葉を返すナイツ。

彼の中にある一人前の自負が、子供の様に扱う母へ静かに反発する。


 だが、人一倍の愛情を注ぎ、誰よりも身を案じる母は子の顔色、声音、態度でその胸中を察すると、自らも静かに語り始めた。


「……今回あの人が起こした戦は両軍の損害で見るなら私達の勝利と言える。城下の民も殆どがそう思った事でしょう。ですが、それであの人が凄いと思う様ならナイツ、貴方は駄目駄目です」


 キャンディの言葉がナイツには理解できなかった。彼には父ナイトが偉大な英雄として写り、その証が先程見てきた民衆の反応に他ならないと思っていたからだ。


「あの人は勝ちはしましたが、本当に正しい判断の末に掴んだ勝利でしょうか? ……私には、一歩間違えば城下町は遺族で溢れかえる程の危険な賭けに勝っただけに思える。では何故あの人がそんな賭けに出たのか、分かりますか?」


「……それは父上と仲間達が精強であり、賭けとも言える作戦を成功させる自信があったからでしょう」


 あえて理由を答えさせた母に不快感を抱くナイツ。

キャンディの目を見ないまま、無人の河川敷に八つ当たるように言葉を吐き捨てる。


 だが、キャンディにとっても確証を得る為に、ナイツ本人の口から直接本音を聞きだす必要があった。

嫌々ながらも胸の内にある劣弱意識を言葉に出してくれた事に感謝し、褒めたくなる気持ちを抑えて笑みを浮かべる。


「そうであって、そうでないんですよ」


「では何だと言うのですか! ……俺には……父上達の何者にも臆さぬ強さしか……」


 つい怒りを露わにしたナイツであるが、キャンディに顔を向けた瞬間、彼女の笑みに気付き、途端に威勢を失くして我に還る。


「賭けと知りつつ開戦した理由。それはあの人の才能が、元来戦に適したものではないからです」


「……戦に適さない才能……」


 ナイトを支える妻キャンディからの、まさかの夫批判であった。

然し、それはナイトを一番理解する彼女だからこそ言える事であり、ナイツも今度は言葉の意味が少なからず理解できた。


 ナイトが自らを評した際の言葉「人を視る才能」。それが一体何を意味し、何を為すのかが分からないナイツは、安直ながらも弱そうというイメージを持ち、戦に強く皆から尊敬される父上には似つかわしくないものだと連想していた。

それ故にキャンディの言う事も間違っていないと思い、彼女の答えに一定の理解を示せたのだ。


 ナイト同様に今はまだよいと考えるキャンディは、その想いを言葉にも表情にも出さず、続けて語る。


「あの人に最も必要な才能、それを持つのは貴方です。自分に自信を持ちなさい。貴方は今の城下町を歓声一色に変えられる才能の持ち主。焦らず、意地を張らず、着実にその才に磨きをかけるの。……分かった?」


 キャンディが言う才能と、ナイトが評したものは同じであると察したナイツは、向けられた笑みに応えるように頷き返す。無言ではあったが顔から鬱屈とした色は消えており、態度からも反抗心は感じられなかった。


「じゃ、帰りましょう。いつもみたいに酒飲んで歌って踊って飛んで突き刺されば、嫌な事なんて忘れるってもんよ」


 だが、これには反発するべきだった。


「……母上、俺は今までそんなことした覚えがありませんが。抑々にして酒を飲むのは二十歳からだときつく言ったのは母――」


「知らないわそんな事」


「……」


 ナイツと韓任は思った。絶対にこの人は本城に入った後にまた真逆の事を言うぞ……と。


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