東部軍副将の真意
楽荘改め楽瑜の重大宣言は、承土軍を筆頭に剣合国軍とテンベイ軍までも動揺させた。
承土軍からすれば東部軍第二の実力者が敵に寝返った事になり、剣合国軍にとってはそれこそ予期していなかった事であり、テンベイ軍にとっては援軍として現れた承土軍部隊以上の実力者が敵に味方した事になる。
誰が見ても戦の流れが剣合国軍側に傾いたと分かる中、魯継は真っ先に動く。
ただそれは戦略的な行為ではなく、至って当然の怒りを顕にしたに過ぎなかった。
「楽瑜将軍! ……否、裏切り者の楽瑜! 貴様が何故ここにいる! 貴様は今頃、霍悦様の下で沓顔攻めを指揮している筈だろうが! 悪い冗談のつもりなら直ちに失せろ!!」
承土軍は現在、アバチタ山岳軍の領土に侵攻しており、錝将軍・衡裔が角符の地を攻め、東部軍大将の霍悦が沓顔を攻めていた。
その為、東部軍副将を務める楽瑜も、魯継の言う通り沓顔の地に居る筈なのだ。
「魯継よ、汝を想えばこそ、一つの忠告をもたらす。汝、用兵家に於いてその激情は仇となろう。嫉妬深いのも将として恥ずべき欠点。義に厚く、兵に慕われる曹欣を見習うべし」
楽瑜は職務放棄については何も答えず、ただ魯継への助言を行った。
然し、欠点と言われたばかりの激情を尚も駆らせる魯継は、助言の中で己が嫌う存在に比較され且つ下に見られた事で、一層の苛立ちを見せてしまう。
「黙れ! 承土様の遣り方を理解せぬ偽善者など、私の足元に及ばぬわ!
――者共掛かれ! 裏切り者を殺し、涼周を捕らえよ! さもなくば承咨様の裁きを受けるぞ!」
「……そういうのを匹夫の勇と言う」
激情して本性が明るみに出れば、何の事はない一将軍。
脅してまで兵を動かすあたり、魯継は真の用兵家とは言えない存在だった。
承土軍兵は上官の命令と更に上にいる上官への恐れから、やむ無く楽瑜に向かっていく。
だがその時点で彼等に戦意が無いことは明白であり、楽瑜ならずしても与し易い敵となる。
「承咨は人を人とも思わぬ輩! 東部軍の将兵の多くは堕落を正当化する愚者ども! 承土は利を求め義を軽視する大将らしからぬ大将! 我は彼等に失望し、彼等が集まっても遠く及ばぬ仁者に味方したまで! 我誤てりと思う者、いざ参れェェ!!」
楽瑜の怒号は魯継の何倍も響き渡り、何十倍もの人間の心に印象付けた。
承土軍兵は恐れ戦いて足を止める。後ろに下がれば上官の裁きが、前に進めば楽瑜の拳があり、正に進退極まった状態だった。
「ふっははは! 何と心地好い破声、そして筋肉! 久方ぶりに真の男前を見たぞ!!」
そこへ承土・テンベイ連合軍にとって最悪と呼べる敵が現れる。
「ナイトだぁっ! ナイトの騎馬隊が、ぐあっ!?」
「雑魚どもが退けぃ! 我等が大将の道を開けよ!」
テンベイ軍の主力を粉砕し、返り血に塗れたナイトの騎馬隊が、ナイツ隊と交戦していた北側麓の守備隊までも蹴散らして登場。
しかも、現れたのは彼等だけではなかった。
「ぎゃああーー!? 誰か助けてくれぇーー!」
涼周と楽瑜の許へ東側からナイトが現れれば、ナイツの許には北側からもう一人の親が駆け付ける。
「鉉彰様! 南の魯継隊の一角が吹き飛ばされ……あ、あれは!」
「げぇっ!? 狂い姫まで来やがった! 勘弁してくれよ!」
鉉彰隊と連携して韓任隊を南から攻める魯継隊の一角から、忽然と姿を現すキャンディ。
真剣な面持ちを浮かべた彼女が右手を振り切った事で、三百名近い承土軍兵がジュクシ城に向けて吹き飛ばされたのだ。
そして当然の様に開いた道を、戦場慣れした足取りで進んで行く。
ここにジオ・ゼアイ一家が集結し、反則級の実力を誇る両親が反撃の先陣を司った。
「余所見するな!!」
「ぎょわぁっ!?」
一方、苦戦を強いられていた韓任も、動揺した鉉彰の隙を突いて彼を負傷させる。
いずれ劣らぬ勝負を演じていた二人だが、仲間の追い風を得た韓任に軍配が上がったのだ。
冷静を失った魯継に続き、鉉彰本人も後退を始めた事で、戦況は一変。剣合国軍側の優勢となる。
また、キャンディが現れたという事は、転じてナイツ軍の後続本隊が近付いているという事であり、戦況の好転から僅か数分の内に彼等は駆け付けた。
「行くぞ皆の者! 承土軍ごとテンベイ軍を討ち、この戦場に勝利と祝杯の二文字を掲げるのだ!!」
「うおおおぉーー!!」
戦場を揺さぶるナイトの激励は当然の如く成功。
呼応した剣合国軍全将兵は疲れを忘れて喚声を上げ、天地を震わすとともに戦局を決定付け、承土・テンベイ連合軍を真に気圧させた。
「これまでのようだな……。無念だが、撤退するぞ! 全軍に退却の合図を送れ!」
ナイトとキャンディの登場、更にはナイツ軍本隊の参戦を機に、気を入れ替えて冷静さを取り戻した魯継であったが、今更取り戻したところで、もう遅かった。
テンベイ軍は完全に戦意喪失しており、鉉彰隊は将の離脱で戦線が崩壊しかけ、魯継隊はジオ・ゼアイ一家及び楽瑜が率いる純剣合国軍兵の猛攻に遭っている。
勝ち目がなくなった魯継は、自らの武器とも言える精鋭兵の損失を惜しみ、撤退を宣言。
テンベイ軍を半強制的に殿として活用し、被害を最小に抑えた撤退指揮を執る。
「好きに現れて好きに逃げるなど許さん! 韓任隊はこれより承土軍の追撃に移る!」
「おぅ! 俺達も韓任隊に続くぞ! 息子兄弟、悪いがテンベイ軍の残りは任せたぞ!」
韓任及びナイトの騎馬隊、約二千騎が逃げる承土軍を追い散らす。
街道を走る承土軍兵を中心に散々と討ち破り、終いには魯継本隊まで肉薄した。
「ふっははは! 魯継とやら、中々にやる! 韓任、この辺で許してやるか!」
「はっ。全騎反転しろ! 追撃はここまでだ!」
だがナイトと韓任の騎馬隊は、魯継と当たる事なく馬首を返す。
魯継は用兵家を謳うだけあって、敗軍の中でも迅速に態勢を立て直し、街道上に防陣を敷いて剣合国軍を待ち構えていた。
士気は高潮なれど傷付いた兵を多く抱えるナイトは、万全に近い敵の本隊に突撃すれば徒に味方を殺させると判断。索敵範囲からも外れた敵地深部である事も考慮して、兵を退いたのだ。
撤退中に於いて発揮された手際の良さは、魯継の評価点にあたるだろう。
そしてジュクシ城に至っては――
「もう抵抗する気もなくなった。……煮るなり焼くなり、好きにしろ……」
「テンベイが降伏したと敵味方全軍に知らせてくれ。特に心角兵には投降を促し、これ以上の無駄な流血を防ぐんだ」
「承知致した。直ちに流布させよう」
承土軍の撤退を機にテンベイが降伏を表明した為、本格的な攻城戦に発展する事なく落城。ナイツはメスナと飛昭に命じて全軍に終戦を告げさせた。
これにより心角郡の平定はほぼ果たされたと言える。
嘯桂樹海攻略戦四日目の主な被害としては、輝士隊騎兵が五百名近い死傷者を出し、早期から開戦に及んでいたナイト軍は三千から四千程度の死傷者を生んだ。
対してテンベイ側は本軍二万四千の内、一万六千が討ち取られ、残る八千が捕虜となる。
承土軍の増援部隊も一万三千の内、五千余りが討ち取られ、韓任隊の北に回った鉉彰兵を中心に二千程が捕縛される結果に終わった。




