その漢、楽瑜
承土軍兵は踞って地に伏している涼周を担ぎ起こす。
「ん? こいつ……よく見たら中々良い顔してんな」
兵士の片割れが苦しむ涼周の顔を見て、色を求める声でそう言った。
涼周を担いでいるもう片方の兵士は、それを宥めながら戦場を離脱しようとする。
「馬鹿言ってないで、早く承咨様の許へ連れてい――」
だが、全てを言い終わらない内に、肩にあった涼周がひょいと持ち上げられた。
「誰の許に連れていくと言った」
二人の兵士の背後には、仮面越しでも分かる程に凄まじい睨みを利かせた楽荘が山の如く君臨しており、いつの間にか周囲の承土軍兵は捻り殺されていた。
「なっ……てめぇ! そのガキを返――」
二人の承土軍兵は動揺を押し殺し、半ば自棄になって楽荘に切りかかった。
軽蔑を含んだ鬼の眼差しと閻魔の声音に、よく気圧されなかったものだと褒めてやりたい。
然し、楽荘にとっては問いに答える答えない関係なく、取るに足らない輩。
彼はまたも、承土軍兵が全てを言い終わる前に拳を振るう。
「いぎぃっ!? 体が! 体がぁ!?」
握り固めた左手が素早く払われると、軌道上にある兵士の体がその部分だけ綺麗に消失。
二人の承土軍兵は上半身と下半身に分断され、痛みが感じられないまま地面に崩れ落ち、下半身の感覚どころか実体が無いことに発狂する。
「囲め! 囲んで大男を串刺しにして、ガキを奪い取れ!」
隊長の指示で全方位から騎兵が迫り、楽荘に向けて槍の刃先を向けた。
「おおおっ!!」
多くの騎兵が攻撃範囲内に入った時、雄叫びを上げた楽荘が大地を垂直に蹴りつける。
すると土属性の魔力が土中に浸透し、楽荘を中心とした半径五メートル程の地盤が隆起。
鋭利な土の剣山が形作られ、軍馬ごと敵兵を貫通して返り討ちにした。
そして地面から突き出た針状の土は、敵兵の絶命によって元の土へと戻り、軍馬と兵士の骸を携えて大地に帰る。
「楽荘って魔力を……えっ、涼周!? おい、大丈夫か!」
迫る敵を一撃で排除し、崩れた土の剣山から姿を現す楽荘を、ナイツは視認。ついでに彼の肩でぐったりとしている涼周をも確認する。
楽荘の本領発揮も含めて、ナイツは状況を呑み込めなかったが、それは敵味方の兵も同じであった。
「怯むな! 数で押し勝て! 最悪の場合はガキだけでもいいから掠め取れ!」
騎馬隊の隊長は部下達を一斉に繰り出した。
騎兵達は我武者羅になって突撃を敢行。先程よりも多勢かつ勢い良く、味方の屍を踏み越えてまで、涼周の奪取を狙って楽荘に迫る。
「涼周殿、暫しの間……空の旅をなさられよっ!」
そんな状況下で、楽荘は涼周を空高く舞い上げた。
「わあぁーー」
「涼周ゥー!? おい楽荘、何やってんの!」
護衛対象を上空に避難させるという前代未聞の行動にナイツは叫び声を上げ、敵味方を問わず唖然とする。
然し、これで楽荘は全力を出しきれる状態になった。
僅かな時ではあるが敵兵を蹴散らす分には問題なく、敵兵側にとっても楽荘一人に集中…………するのは無理であろうから、平たく言い換えれば楽荘の独壇場が出来上がる。
楽荘は手始めに、正面から向かってくる愚か者どもを見据えた。
「鳳……綿多々多々多々多々多々多々!!」
楽荘の前面に、衝撃波を放つ無数の拳が繰り出された!
馬上の承土軍兵だけがその衝撃波を受けて、一撃ごとに頭一つ分の風穴が上半身に開く。
正面から迫った騎兵は百を超えていたが、前衛・後衛関係なく、殆どの者が拳を受けて地に沈む。
「綿多々多々多々多々多々多々っ!!」
次は右から迫るお前達だ、馬鹿野郎。実際にそんな事は言っていないが、楽荘は九十度右回転して、正面の敵兵と同じ様に承土軍兵を蹴散らす。
「綿多々多々多々多々多々多々っ!!」
背後でも取れると思ったのか、お間抜けさんめ。右方に続いて更に九十度右回転した楽荘は、本来背後を狙っていた敵に向き直って、彼等の浅慮さを体と一緒に砕きまくる。
「綿ー多々多々多々多々多々多々っ!!」
最後だ、左の残念さん達よ。先に犠牲となった三方向の味方のお陰で、楽荘までの間合いを縮める事には成功したが、あと三メートルといった所で返り討ちにされる。
述べ四百人近くの承土軍騎兵達。真、お疲れ様でした。
「四方八方駆除完了! 参られよ涼周殿!」
安全地帯を作り終えた楽荘は頭上を見上げ、右側の手の平を天に掲げて涼周を呼ぶ。
「おかわり」
楽荘の右手に、ポスンとお尻を付けて着地した涼周。
その手には食べ終わった林檎のへたが握られており、楽荘から言われた通り、空の旅を楽しんだ模様。
「ふざけんな! てめぇ一体、何々だよ!」
好青年風の仮面を着けた謎の筋肉マンという、事前報告にない敵の奮戦を目の当たりにした騎兵隊長は、堪らず怒声を放った。
「我か、我は――」
問われて、楽荘は左手を仮面に当てた。
そして徐にそれを取り外し、戦場に居る全ての者へ、仮面が必要である理由を悟らせる。
「我は承土軍東部兵団の総副将、闘将・楽瑜なり!! 今より我が拳は涼周殿に捧げる!!」
と同時に、承土軍離脱と涼周軍加入を宣言。
「は……はあぁぁっ!?」
戦場が、彼の言葉と存在で混迷を極めた瞬間だった。




