承咨と商吉
場所は変わって樹海西側。方元軍の戦場。
心角郡攻略戦四日目にして、彼等は突然現れた承咨軍と遂に刃を交えた。
と言うものの、先に仕掛けたのは承咨軍であり、方元軍は仕方なく迎撃に当たる形だった。
「左翼部隊、問題ありません。弓兵の援護射撃で敵の前衛が崩れています」
「右翼部隊も問題ありません。重装騎兵の突撃で大いに敵を弾き返しております」
「うむ。両翼の将に伝えよ。中央本隊も長槍兵による迎撃で敵を突き崩しておると。また油断こそが大敵、如何に優勢であっても軽々しく身を出すな、出せば承咨の二の舞ぞ……とな」
各隊が堅実堅固な守備戦を展開し、承咨軍の攻めを完全に防ぎ止める中、方元は敵の総代将を例に挙げた皮肉の警告を発する。
側近達は心の中で笑い、その分かりやすい警告は即座に全将兵に大声で伝わる。
それはまるで、承咨を侮辱して彼の軍を乱す事を狙った挑発の様だった。
「……ふん、そこまで愚かではないか」
だが方元軍の挑発行為を受けても、承咨軍には大きな揺らぎがなかった。
考えられる事は唯二つ。承咨が侮辱を聞き流し、部下達に自重を促した事。若しくはそれの逆で、怒れる承咨を部下が宥めたかだ。
(どちらにせよ、開戦を選んだお前達は攻めるしかない。……大殿も若君も、樹海の攻略を順調に進めておられると聞く。ならば儂は邪魔者を全力で押し返すのみ)
「剣合国軍の強者ども、迫り来る敵を一人として許すな! 奴等は我々の盟友を二国も滅ぼし、カイヨーでは大虐殺を行った鬼畜どもだ! 天に代わりて我等が鉄槌を喰らわせるものと心得よ! さすれば、自ずから勝機は訪れようぞ!」
「おおおっ!!」
方元の檄は彼の下にある全将兵を簡単に奮わせた。
中央の方元本隊、そして両翼ともが、激励前を上回る闘志を見せ、刃を繰り出し敵を屠る。
方元軍一万 対 承咨軍二万二千の戦場は曇天の下、方元軍の優勢に進んだ。
一方の承咨は、敵の堅固な守りに攻めあぐねる味方の姿を本陣から眺めていた。
その傍にあって、今戦の副将を務める商吉が、総代将たる承咨に言葉を掛ける。
「承咨様、本当に開戦して宜しかったのですか? これでは我が軍による一方的な条約違反が、白日の下に晒されますぞ。それにこの作戦……衡裔殿の方針から大きく外れています」
承土軍全体の中央で働く万能将軍・商吉。彼は承土の指揮下にあって、離れた戦地に居る衡裔や霍悦との連絡役を果たしていた。
それ故に衡裔の立てた大戦略を深く理解しており、独断でレトナ国守備軍を出兵させた承咨を諫める形で従軍していた。
「気にする事はない。遅かれ早かれ、奴等とは戦に及ぶ。それが今になっただけの話」
承咨は不敵な笑みを浮かべて答える。
彼の顔には、遜康防衛戦の時に涼周の魔弾によって付けられた無数の傷痕があった。
「この傷を付け、私を人界一の恥者にした涼周を、一刻も早く晒し者にするのだ……! あの忌々しい餓鬼を死の淵に至るまで嬲り、切り刻み、地獄の苦痛に泣かせ、人界中にその悲鳴を浴びせる為なら条約の一つや二つ程度、破っても構わん。……涼周が終われば次はバスナ、その次はナイツだ。奴等は一人として生かす訳にはいかん存在だ」
涼周に対する承咨の沸点は異常に低かった。
己が名誉や武勇を最大まで汚し、承土軍次期大将として掛かる皆の期待を裏返した涼周の存在が、承咨にとっては一番我慢ならなかったのだ。
彼は捕縛された涼周が無数の刃に切り刻まれて泣き叫び、大勢の前で恥体を晒される様を想像し、心の底からそれを願って全軍の指揮を執る。
すると不思議な事に彼の采配が冴え渡り、強引な攻め方ながらも徐々に戦果を上げていく。
終いには方元軍と互角に渡り合う様になり、突然の承咨軍の変貌ぶりに方元は眉を顰めた。
「それはそうと商吉よ。例の部隊には、涼周は必ず生け捕りだと念を押しておいたか?」
「は、はい。……承咨様の御言葉を、そのまま伝えました」
「それで良い。商吉よ、お前が気に病む事はないぞ。私の楽しみを奪う者がいれば、其奴の部隊は皆殺しにされるべきなのだ。悪いのは其奴等であり、指示を伝えたお前ではない」
「……はっ。承咨様の御気遣い、有り難く存じます」
だが、眉を寄せるのは敵側である商吉も同じだった。
以前の姿に比べて狂戦士のそれとなった今の承咨を見て、彼は戦慄する。
(私情の恨みを晴らす為に、多くの兵を殺し合わせるとは……この御方は何と恐ろしい事を考えるのか……)
商吉は承咨を止められないと判断すると、衡裔の許へ密かに急使を走らせた。
その頃の衡裔は、アバチタ山岳軍領の角符を攻めており、彼の直属軍も同地にあった。
場所は再び変わり、樹海北部。
ナイツ・涼周連合軍は、侶喧隊四千を後方の守りに残して樹海深部へと進軍していた。
然し、足を進めて二時間あまりが経ったものの、一向に敵との遭遇がない。道中には放棄された関所があっただけで、守備兵は元より物資なども完全に引き払われていた。
「……飛昭、すまないが……」
「安心してください。索敵の範囲は昨日以上に広げています。……流石に、もうそろそろ見付かると思うんですが」
敵との接触がない事を訝しんだナイツ。
彼はカイヨー兵の索敵を増やすように頼もうとするが、彼が不安を抱くよりも早くに飛昭は警戒を強めており、斥候の数は五百名にも上っていた。
その数分後、飛昭の言うように斥候がテンベイ本軍の姿を捉える。
「テンベイは本城まで戦線を下げ、道中の守備兵力を結集させております。総数はおよそ二万ほどで、敵兵は本城の外にまで溢れ出しております」
どうやらテンベイは本当の籠城にでた様だった。
局所的な戦闘は避け、戦力を集中させて決戦に挑むつもりなのだ。
「ついでに、父上の軍がどの辺りに居るか分かる?」
斥候の報告をまとめた情報部の兵は二つ返事で答え、簡易的な樹海の全体図を取り出す。
「ナイト様の軍は現在、この井架太集落を西に半里(一里は約四キロメートル換算)ほど進んだ所にいます。テンベイ軍の本城までの距離はおよそ一里です」
「父上はそんなに進んでいたのか。……もう敵の城を攻めてもおかしくない頃合いだ」
心角郡の東は味方勢力の領土なだけに、樹海東側の守りも手薄だった。
ナイトは三日目の正午まで、ナイツ、方元の二軍と足並みを揃えていたが、承咨軍来襲を聞いて一転。猛烈な攻めに出て戦の早期決着を狙っていたのだ。
「……母上とメスナと飛昭、それとヤグゥは歩兵を展開させた状態で進軍してくれ。俺と韓任は騎兵を率いて街道を駆け、父上の軍と連携して敵の側面を攻める。……涼周も、おいでと言わなくても来るだろ?」
「ぅん。行く」
涼周は予想通り即答。ナイツは楽荘に改めて涼周の護衛を頼む。
「楽荘も頼まれてくれるか?」
「無論。涼周殿の守りは我に任されたし」
彼もまた即答する。厳かな声と威勢を以て堂々と答える様は正に、金剛力士であった。
連合軍は二手に別れて進撃する。一手目はナイツと韓任が率い、涼周と楽荘が随行する輝士兵二千の騎馬隊。二手目は彼等以外の将が率いる歩兵主体の本隊だ。




