勝利への抜け道
ナイツ、メスナ、侶喧の連合部隊はテンベイ本軍の撃退に成功した。
だが彼等を含む連合軍の将達は、まだ安心する事ができないでいた。
というのも、その日の夕暮れ時に差し掛かって尚、ホゥロ城が陥落していなかったのだ。
ナイツは二股口広場の守備をメスナと侶喧に任せ、韓任と涼周のいる陣営へと向かう。
彼が本幕舎の前に着き次第、ナイツの許へ涼周が出迎えに来た。
「にぃに、にぃに。おんぶ、涼周おんぶする」
「どうした涼周!? 怪我を負ったのか!」
涼周の額に貼られた湿布を見てナイツは驚きの声を上げた。さては合戦中に不覚をとったのではないかと、他にも怪我を負ってしまったのではないかと。
然し涼周本人ではなく韓任が額の湿布について説明すると、兄の心配は杞憂だと分かる。
「つい一時間ほど前に、木の根に足を取られて転びました。額を打っただけですが、念の為に薬草を貼っています」
「あっ……そうだったのか。気を付けて走るんだよ涼周」
ナイツは自分の体によじ登ろうとする涼周を止め、改めて肩車した後に注意喚起した。
「にぃにのご飯、あれ、にぃにご飯」
兄の注意に頷いた涼周が、机の上に置かれた紙製の箱を指差した。
「おっ、ありがと…………な。…………わぁきれいなぷりんにぃにだいすき」
ナイツが徐に箱を開ければ、中には彼が嫌いな大量の木苺で飾られた、否埋まった状態のプリンがドドンと鎮座。
「この辺木苺沢山。にぃににも、あげる!」
にぃに、にもあげる? ではまさかと思ったナイツが、ゆっくりと韓任や他の将校にも目を向ければ、彼等は食糧袋を手に取って――
「うん、旨いですよ。酸味が利いてて、疲れた体に丁度良いかと」
もっちゃもっちゃと食べ始めた。本陣に構える屈強な将達が、花柄の食糧袋を手に木苺を一様に頬張る図。何とも可憐で一目惚れしそうである。
ナイツは怪我をしてまで採取に勤しんでくれた涼周を想い、嫌いな木苺を頑張って食べていく。
「……ところで、楽荘はどこいったんだ? 涼周と一緒じゃないのか?」
辺りを見渡せば韓任以上の巨漢である楽荘がいない。
因みに彼は涼周とペアで動いている為、木苺狩りにも同行していた。
「楽荘殿は少しの間だけ涼周殿を私に任せ、妹に会う為、木苺一杯の袋を携えて烈菜集落へ向かいました。もう直に戻ってくると思われます」
「ふははっ。離れていても必ず妹に会いに行くなんて、あいつは本当に兄馬鹿だな!」
言って、ナイツは豪快に笑う。人形の様に小さく白い、涼周の手を強く握りながら。
韓任は頷きはするが、目の前にその言葉が似合う人物が居る事に心の中で突っ込んだ。
彼等は幕舎の中に入り、韓任配下の隊長達も交えた軍議に移る。
ホゥロ城戦線の戦況は以下の通りであった。
ナイツ離脱後、韓任隊と涼周隊は城内の七割程を制圧したが、本丸に籠るサイゲイが予想外の奮戦を以て耐え凌ぎ、カイヨー兵すらも攻めあぐねていた。
ホゥロ城西側に布陣している飛昭も、多樹集落等から派遣されて来る敵増援に対処せざるを得ず、城攻めに加わる事が難しい状況にあるという。
「驚いたな。敵にはまだ、そんな戦力があったのか」
「飛昭殿の部隊と広域に拡散しているカイヨー兵が粘り強く抑えていますが、あまり長引くと全軍の士気に関わってきます」
連合軍は優勢ではあるものの、敵地にて挟撃される形にある事に変わりはない。
急いでホゥロ城を陥落させ、そこを拠点に腰を据えない限り、時間の経過とともに兵達は不安がってしまうだろう。
「強攻するにしても本丸の守りは固く、被害が増すだけか……」
「城に火矢を撃ち込んで炎上させる手もありますが、今後の利用や敵地懐柔を思うなら避けるべきでしょう。……ヤグゥ殿から城兵へ降伏勧告をさせてみるのは、如何でしょう?」
「それも考えたんだが、サイゲイと彼の下にある部下はテンベイを信じて疑わない忠臣だと言う。そんな彼等に降伏を促しても聞く耳持たないだろうし、却って怒らせ、士気を高める可能性もある」
サイゲイは元々、梓州の南隣に位置するレトナ国内で山賊活動をしていた頭領だった。
レトナ国軍に討伐されて命からがら心角郡に逃げ込み、テンベイに厚く迎えられた事で彼に恩義を感じ、追い剥ぎの頭領にしては珍しくも忠誠を誓ったのだ。
そういった経緯があればこそ、レトナ国と友好な関係にあった剣合国軍の降伏勧告に、素直に従う者達とは思えない。
ナイツ達は額を集めるものの、良策が思い付かない。
(やはり今日明日で城を落とすのは無理があるか。然し兵糧攻めに移れば時間が掛かりすぎる。……非情の手段だが、やはり火を放つしかないのか?)
自問自答するナイツは頭の中に幾つもの策を浮かべていた。
だが前述したように中々よいと思うものがなく、徒に時間を費やすだけであった。
「飛昭、ご免する。韓任殿は居られるか?」
そんな中、突然飛昭が幕舎に姿を現した。
「おお、ナイツ殿まで居られたか。これは好都合」
彼はナイツの姿を見るや笑みを浮かべ、一つの朗報をもたらす。
「俺の手の者が秘密の地下道を見付けた。数人が斥候として入っていったら、位置的にはホゥロ城の本丸に繋がる場所まで進んだそうだ」
「なに! それは本当か!」
正に渡りに船、正に樹海に地下道であった。
「ああ、ホゥロ城の真南で、二股口広場から城に続く街道の途中にある岩屋の影が入口だ」
「そんな所に避難経路が……それにしても、良く見付けられたな」
韓任が感嘆の声を上げると、飛昭は自嘲気味に答える。
「俺達飛刀香神衆の山城にも脱出用の地下道があってな……残念ながらカイヨー陥落の際は、裏切り者の手際が良かったせいで使う暇がなく、結果として親父達は殺されたみたいだが……。サイゲイという奴が山賊と聞いて、俺達と同じ事を考えているんじゃないかと思ったんだ。そこで索敵がてら、その道の玄人を使って探してみればなんとやらだ」
「そうなのか……いや、有り難う飛昭。危うく城に火を放つ所だったよ」
「あの城は焼き払うより、そのまま手に入れた方が良い。それと時間も惜しいから、今すぐにでも作戦に移りたい。……本丸に潜入し内部から撹乱する役は俺が引き受ける故、輝士隊の方々と涼周様は部隊を動員して攻める姿勢を見せて敵を引き付けてほしい」
「存分に任せてくれ! 盛大に振る舞って敵の目を引き付けよう! 涼周、城の前でおへそ披露だ! 奴等はきっと食いつくぞ!」
飛昭の提案にナイツは即座に乗った。
冗談なのか、考え過ぎた故の本気なのかは分からない策を披露して。
「……ぅふぁ~………………ぃや」
然し当の涼周は、欠伸混じりに兄の作戦を一蹴。幕舎内は沈黙に包まれた。
飛昭がカイヨー兵を率いて地下道へ向かう間に、気持ちを入れ換えたナイツは準備を整え、陣営に戻ってきた楽荘も加えて夜戦の構えを形作る。
「サイゲイ様、敵が攻めの配置についています。我々も全ての兵を備えにつかせましょう!」
「うむ、何度攻めてもこの城が落ちぬ事、剣合国軍に知らしめてくれる!」
地下道の存在は城代であるサイゲイしか知らなかった。
故に彼が率先して陣頭に立てば、本丸の一角にある隠された入口は、自ずから忘れ去られる存在となってしまうのだった。




