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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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六華将の恐威


 バスナに次いでファーリムが本陣を出た頃。


 二百騎を率いて黒染隊に切り込んだナイツは順調に敵将との距離を縮めていた。

全体に視野を広げていたバスナと違い、開戦当初より黒染率いる敵左翼のみと相対し、その動きを監視していたナイツ隊は黒染本体の動きを逸早く捉えていたのだ。

そして敵の狙いが輙軍への加勢に見立てた中央集中攻撃からの一点突破にあると読む。


「見えたぞ。六華将の一人、黒染だ。奴を討てば俺達は決定的優位を得る!」


 先頭を駆けるナイツは、バスナ隊の兵達と交戦中にある敵将の姿を視認。

黒染直下の精鋭兵に苦戦する後続の部下達を勇気づけるべく、軽い檄を飛ばす。


 ねちっこく、それでいて俊敏な抵抗に気勢を削がれていた輝士隊の騎兵達は、その一言で標的に近付いたことを実感。鋭気を取り戻し、将共々に闘志を滾らせた。


 然し、ナイツ達の目に映った黒染の実態は想像に増して気色悪いものだった。

恍惚とした表情を浮かべる黒染は地上にあって軟体動物を連想させる奇々怪々な動きと共に、得物の鉤槍で敵兵の体を滑らかに切り欠き、切られた兵士が発する悲鳴を掻き消す様にそれ以上の奇声を上げて身を捩る。


(気持ちの悪い奴だ。噂以上の変態か)


 誰にとっても理解できない彼の姿が生理的に受け付けず、せっかく再燃させた闘志も一瞬で不快な思いに変えられた。

遠目に見ても一目瞭然な程に目立つ黒染の奇行を蔑んだナイツは、真面目者を好むバスナが奴を毛嫌いする理由が十分に理解できた。


 奴は戦を馬鹿にしている。戦場で敵兵の撫で切り舞を披露する自分に酔いしれ、更には美しいとさえ思っているのだろう。そうでなければ汚らしく涎を飛ばしなどしない。


(気違いが、身の程を知れ)


 迫り来るナイツが眼中にないと言わんばかりに己の世界に魅入られている黒染は、部下達の忠告が耳に入っていない様だった。依然として不快極まりない舞を演じている。


 ナイツは黒染の護衛兵を易々と切り倒し、バスナ隊の兵と共に挟撃を狙った。


 だが、この窮地に及んで黒染は一瞬だけ意志のこもった妖しい笑みを見せる。

ほんの一瞬なれど先程までの惚けた顔が妖狐のそれに豹変し、近寄るナイツを人間ではなく、好物の生き肝として捉えたかと思わせるほどに格別な涎を垂らした。


(いや、駄目だ!)


 黒染が無自覚のうちに見せた笑みを見逃さなかったナイツは、その一瞬で黒染の得体の知れない恐ろしさ、底知れない闇、実力の差を悟る。

一変して黒染を恐れたナイツは本能のままに手綱を引き、愛馬の苦しむ様を無視してでも足を止めた。


 相対する敵将の背丈はナイツの百六十五と大差なく、歴戦の強者としてはあまりに小柄だ。腕や足に至ってはナイツより僅かに細く、筋骨も新兵並。それでいて防具の類を一切身に着けておらず、ただ一本の細身の鉤槍を持つだけ。

列国に名を轟かす六華将には到底見えない貧相な形と歪んだ性癖は、一見して討つに易く生かすに難い存在である事が分かる。


 だが、その姿に惑わされたバスナ兵は片っ端から返り討ちに遭い、ナイツも間合いに入る寸前までは彼等と同じように侮っていた。

姿巧みに敵を惑わし、如何に優れた将でも油断させる。性不純にして知勇兼ね備えた黒染ならではの戦い方であった。


「ふふふ……逃がしませんよ」


 術中を脱した得物に一層の仕留め甲斐を感じた黒染は漆黒の眼に宿る光を大きくさせる。

同時に元々細かった眼を更に細め、鋭く吊り上げた人外に該当する様を示す。


(これが黒染か……敵の死に快楽を覚え、至高の喜びに鳴き喚く。……不用意に近づくのは間違いだった)


 黒染の本質を見抜き、その戦法を看破したナイツは自ら攻める事は避け、馬首を返して一定の距離をとる。これは受け身を得意とする黒染に対しては有効な対処であった。


(無理に戦わず、付かず離れずを保ちながら牽制を仕掛けている方が得策だ。ここで黒染の動きの殆どを封じていれば、後はバスナがその隙を突いて戦況を好転させてくれる筈)


 ナイツが黒染から目を逸らせられないのは当然ながら、黒染もナイツを完全に無視する訳にはいかない。互いに睨み合うことで、間接的にバスナの援護を行おうと考えたのだ。


 然し、この判断は大いに間違っていた。

六華将に数えられる黒染は良くも悪くも強者の中の強者。ファーリムやバスナが命を懸けて戦うべき相手であり、ナイツはその実力、容赦のなさを未だに見誤っていたのだ。


「あっ⁉ ナイツ様、後ろ……!」


 滅多に動じる事のない輝士兵が声を荒げてナイツの危機を叫ぶ。

ナイツは全てを聞かずとも部下の声音だけで大体の事態を把握し、黒染一人に向けていた十分の注意のうち、半分を解いて視野と感覚を広範囲に広げた。

この一連の動作を一瞬の間に行うナイツは流石であり、彼でなければ次の一瞬で間違いなく死んでいただろう。


「壊れろ‼」


 死角となっている右斜め後ろに突如現れた禍々しい魔力の気配。今まで感じた事のない威圧はそれだけで戦場を席巻できる程に強大過ぎたものだった。


「ぐぅ⁉」


 命の危険を感じたナイツは本能的に意識と神経の全てを使い切り、多量の魔力を込めた一太刀を振り向き様に繰り出す。

新手の姿を捉えるより先に衝突した魔力が突発的な地響きと衝撃波を生み、周囲の者を後退らせた。


「やるではないかナイトの小倅。壊し甲斐があるというものだ!」


 ナイツの初動に感心する新手の敵将は、振りかざした剣に更に魔力を込めた。

数多の血肉を吸って尚、満たされない渇きと飢えを示すように赤黒く光る剣は、主の魔力に反応するとその輝きを増す。


「何……だ、この光……」


 目と鼻の先で赤黒い光を浴びたナイツは全身を襲う虚脱感に困惑する。

だがその程度で済むのは「百万人に一人の魔人」と言われる程に少なく厳しい魔力の才を、十五歳に満たずして(一般的に魔力が扱える体質となるのは一部の例外を除いて十五歳以上)開花させたナイツだからこそ。

魔力に耐性が無い兵達は敵味方を問わず、見ただけで生気を奪われ、茫然自失となって武器を落とす有様だった。


(こいつは……もう一人の六華将……ウォンデ!)


 周囲の消沈に反して力を増す将軍、底気味の悪い光を放つ魔剣。

この二つから新手の敵将を特定したナイツは、直感的に自身が置かれた状況を理解する。


「砕け死ね‼」


 魔剣を防ぐだけで精一杯なナイツには打開策を講じる余裕すらなかった。

何重にも魔力を帯びたウォンデの魔剣は圧殺するに等しい一撃となってナイツを馬上から叩き落とす。

その刃は騎乗主に直接的な外傷を与える事はなかったが、振り下ろされた先にあった馬体は人為的とは思えぬ切断面を見せて両断された。


 愛馬の悲鳴が、作られた静寂の中に響き渡る。支えを失った二つの胴体は先に地に落ちたナイツの上に被さり、彼の動きを封じてしまった。


(まずい! 殺られる⁉)


 落馬したナイツの視線の先には、純悪な子供の様に歪んだ笑顔を浮かべて駆け寄る黒染の姿があった。

黒染は愛馬の血肉にまみれて動けなくなったナイツを美味しそうな美味しそうな御馳走と捉えて最大限の愛情と感謝を示す。


「頂きますぅ!」


 常軌を逸した黒染の狂喜にナイツは恐怖した。ただでさえ無気力な状態に陥り、馬体を動かす事さえ厳しいと言うのに、それにも増して次は全身が畏縮する。

頼みの輝士兵も上の空で、上官の危機に気付く素振りも無い。完全な手詰まりであった。


(くそっ‼)


 言葉を発する事さえできない自分の無力を恨みながら死を覚悟する。

何が英雄の才だ、とんだ阿呆ではないか。黒染の事を勘違い野郎と辟易していた先程までの自分の方が勘違い野郎だったのだ。


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