烈菜集落懐柔
心角郡侵攻二日目の戦果は以下の通りだった。
ナイト軍が帰順させた集落の数、六つ。降伏した兵数は約五千。
方元軍が攻略した集落の数、七つ。降伏した兵数は約七千。
ナイツ・涼周連合軍が攻略した集落の数、四つ。加えて基地を一つ。降伏した兵数は約六千。
ナイト、方元、ナイツと涼周。三つの軍は嘯桂樹海入口にまで兵を進めていた。
「そぅれ! 全軍突撃だぁー!!」
心角郡平定戦の三日目。一番に開戦したのはナイト軍であった。
二日目にナイトが集落を降伏勧告して回った為に、彼の軍は一兵も損ねる事がなければ、疲れてもいなかった。
彼等は日が上ったと同時に鬨の声を上げ、気力充分のままに敵の基地を攻める。
そして攻撃開始から二時間も要さず、基地は陥落。前日と打って変わってナイトの出番はなく、部下達の第一撃だけで攻略した所に、彼等の士気と練度の高さが窺えた。
「皆、気合いが入っているな! 諸君の戦ぶり、正に鬼神の如く!」
「おぅナイト様! 我々の気合い、ミチミチのミチ男にございまする!」
たった一日、されど一日。
冷静沈着で知勇を兼ね備えた淡咲配下の将兵が、その一日でナイトに洗脳されていた。
ナイト軍は基地攻撃の三時間後には樹海内部に侵入。他の二軍に比べて、最も早く且つ苛烈な進撃を行ってテンベイ軍を苦しめる事となる。
ナイト軍の次に開戦したのは方元軍であった。
方元はナイトとは違い、勢いに乗じた攻めを行わず、味方の被害を抑えつつ着実に敵の戦力を削るといった、至って堅実な攻撃を仕掛けた。
「方元様、門が開きました」
「重装騎兵を押し進めよ! 敵の戦列に穴をあけ、続く重装歩兵の道を作るのだ!」
樹海内部の戦闘ではあまり活躍の場がない騎馬隊を初戦で一斉に繰り出し、以降の戦いで主力となる歩兵の損害を軽減させる。
この軍は本来、ナイトが大将で方元が副将となるよう構成されており、それだけに配下の将兵は恐ろしく強く、テンベイ直属の心角兵など相手ではなかった。
方元軍も攻撃開始から二時間程で基地を攻略。ナイト軍に次いで樹海への侵入を果たす。
ナイツ・涼周連合軍は最後に開戦する事となった。
彼等は交橋基地から護送されて来る烈菜集落出身の心角兵を待っていた為に、他の二軍に対して大きく遅れを取る形になっていたのだ。
「おっ、捕虜の心角兵が来たみたいです!」
基地の見張り台に居る飛昭が、下で兵達に混ざって朝食を食べている兄弟に報告した。
「ほら涼周、ちゃんと口拭いて。……こらこら、お願いする為に出迎えるんだからシチューなんて持ってかない。デザートのプリンもまた後だって……蜂蜜もって……いいから行くよっ!」
具沢山シチューを食べていた涼周の手を休ませ、口周りを拭いてあげて、食べ物を持参しようとするのを制止して。ナイツお兄ちゃんは、やはり朝から大変だった。
「……みんな、シチュー持つ。来た人達、それで出迎える」
「ほいさぁ承知ィー! 弟君に続けー!」
「ほいさっさぁ! 承知ー! カイヨー特製シチューの出番でさぁ!」
「お前等まで乗るなーー!!」
輝士兵、カイヨー兵ともに涼周の指示に従い、手付かずのシチューを大量に用意し始める。心なしかどの兵も生き生きと動いている様に映り、完全に悪乗りだと分かった。
「はふふっ! いいじゃないの別に。きっと夜通し護送されてるから、彼等の体は冷えきってるわよ。真剣な話合いをする前に、先ずは腹ごしらえ……てね」
「……はぁ……。分かりました! ほら、蜂蜜もプリンも好きなだけ持ってって良いよ」
「ぅん! にぃに大好き!」
キャンディに諭されたナイツは溜め息をつくと、涼周の好きなようにさせた。
涼周は兵達同様にシチューを持ち、歓迎部隊の先陣を司る。
護送されて来た心角兵七百名の反応だが、とても分かりやすい唖然ぶりであった。
何も知らされずにここへ連れてこられ、着いたと思ったら自分達に降伏を促した幼児が熱々のシチューでもてなしてくる。そんな状況を考えれば、彼等の動揺も当然と言えた。
「あまり時間を掛けたくないから、食いながら聞いてほしい」
もぐもぐ状態となった七百名の捕虜を前に、ナイツは端的に今の状況を説明。無駄な犠牲を避ける為にも烈菜集落を説得してほしいと願い出た。
虜兵達は暫く話し合い、全員の考えが一致した後、ナイツに返答する。
「我々は降伏した後も不遇に扱われる事はありませんでした。……貴方様方を信じて、集落の説得役を引き受けます。部隊長であり、烈菜集落の長・ラジョウと知り合いの私が向かいます」
「おおそうか! では早速で悪いが、宜しく頼まれてくれるか?」
「はい。必ずや説き伏せて参ります」
部隊長は瑪司集落からの逃亡者という名目で、単身烈菜集落に入った。
そして、同地にいる集落の長・ラジョウと面会。事情を説明し、剣合国軍が信頼できる相手である事を実体験を交えて語る。
恩義に厚い性格のラジョウは真摯に耳を傾け、民兵の隊長達も呼び集めてこの事を話す。
捕まって生死不明だった同僚の実体験を聞いた隊長達は即座に賛同を示し、ラジョウを含め烈菜集落の実力者の全てが剣合国軍側に靡いた。
「今この地には、基地からテンベイの兵が一千近く送られている。これを無力化する為にも、中隊長殿を捕らえる必要があるな」
ラジョウは自分達が剣合国軍に寝返った際、剣合国軍よりも先に樹海内の基地に控えているサイゲイの部隊が報復に現れる方が早いと見ていた。
故に彼は、烈菜集落に駐屯しているテンベイ直属軍の中隊長を密かに捕らえ、彼の兵を無力化した所で剣合国軍を呼び込もうと考えた。
策は直ちに実行に移され、剣合国軍への対処について相談したいと呼び出された直属軍の中隊長以下側近達は、ラジョウ邸に入ってすぐ捕縛される。
ラジョウを説得した虜兵の部隊長は事の成功を報告する為、密かに集落を脱し、基地から出陣していた連合軍の許へ駆け付けた。
「良くやってくれた。これで後は集落に迫るだけだ」
ナイツは連合軍に進撃を命じた。
連合軍二万が大挙して烈菜集落に姿を現すと、テンベイ直属軍の兵は慌てに慌てた。何せ、自分達の指揮官が一人として見当たらないのだから。
「テンベイの兵どもよ、よく聞け! お前達の隊長どもは一足先に樹海へと逃げていった! 守るべき民を見捨てた奴等に愛想を尽かした我等は、全員が剣合国軍に降伏する事に決めた! お前達はどうする! 我等は既に剣合国軍と話がついているが、お前達はまだ敵といった認識だ! 今すぐに武器を捨てて降伏を表明するならば、私が剣合国軍に取りなしてお前達の助命を嘆願しよう!」
長として永い間、烈菜集落を纏めていた人物なだけに、ラジョウの弁舌は絶妙だった。
彼は魔力が使えなくとも、末端の兵士一人一人にまで響く声音を持っており、それこそが長としての最大の武器と言えるだろう。
「ナイツ様、涼周様。全面降伏の旗が上がりました」
部隊長の言葉にナイツは大きく頷き、涼周も手を振って喜ぶ。
こうして連合軍は一滴の血を流す事もなく、樹海入口の集落を攻略した。
捕虜となっていた心角兵も直ちに解放され、彼等は家族との再開に涙を流す。
「ナイツ様、涼周様! 我々も従軍いたします!」
中には連合軍への同行を願い出る兵もいた。
「だめ。家族と一緒、居る」
それらの声は兵の命同様に、家族を大事に想う涼周によって一蹴されるものの、それが却って民兵達の心を惹き付ける結果となってしまう。
最終的にはヤグゥの提案で、地理に明るい者を二十名ばかし連れていく事に決まる。
そしてナイツの頼みによって、ヤグゥ本人が投降したテンベイ直属軍の兵士五千名を指揮して従軍する事となった。




