降将・ヤグゥ
最前線に位置する三つの集落が陥落した事は、後方の基地を守る敵将へつぶさに知らされた。
その将が戦々恐々になりながら守備に徹していると、三集落の防衛を任せた隊長達、即ち彼の部下達が基地に帰って来たとの報告が入る。
これはナイツが三人を解放した為であり、別に逃げられても痛くないと判断の上だった。
三人の隊長は上官に事の顛末を伝え、彼に投降を勧める。
隊長の内の二人は同程度の兵数でナイツ達に敗れ、圧倒的な兵力差で攻められては完全に勝ち目が無い事を理解しているだけに、言葉一つ一つが説得力のあるものだった。
反面、キャンディに恐れをなしたが故に降伏した隊長は、頭を垂れる他なかったという。
やがて連合軍が大挙して現れると、敵将は連合軍の降伏勧告まで受ける事になった。
「若、門が開きましたよ。中から隊長さん達も出てきます」
基地の守将は降伏を決断。三千の守兵とともに武器を捨てた。
連合軍が基地に兵を入れたのはその日の夕方。
ナイツは降伏した敵将も交えて軍議を開き、以後の侵攻について協議する。
「樹海までには五つの集落があり、その内の二つは樹海の入口に当たります。そこ以外から進むとなると、劣悪な環境の湿地帯や深い沼、大木等が生い茂った道となります。近隣の住民でさえ通る事はありません」
降伏した敵将のヤグゥが、連合軍の将達に周辺状況の説明をしていた。
「そして樹海に入れば丘を利用した小城があります。守将の名はサイゲイ、兵力は五千。ただ、五つの集落それぞれに三百名ずつ兵を配属し、遊撃兵力も五百ほど備えていますので、実際の守備兵数は三千程度となります。入口以外の三つの集落には民兵が約千名。入口となる多樹、烈菜の二つは交通の要所ともあって人口が多く、三千程の民兵が守っていました」
「守っていました……とは?」
「はい。烈菜集落の方ですが、先の戦に千名程が動員され、その殆どが帰って来ませんでした。帰って来た兵の話によれば……深夜に交橋基地の北側を攻め、撤退の折りに塀の踏み台となる形で多くの者が取り残されたとか……」
この男、軍人としては気が弱くおおよそ武将には向かないものの、自軍領の地理に明るい上に様々な情報まで頭に入っていた。
前線の守将というよりは参謀に向いている人材だろう。
「……その兵達ってまさか……」
当日、交橋基地の南側で戦っていたメスナが涼周を見て呟く。
「ぅん、捕まえた」
間違いない。江賢が怒号で黙らせ、涼周が降伏を促した心角兵達だった。
メスナは言葉足らずな涼周に代わって事情を説明する。
「もし弟君が助けた者達が本当に烈菜の兵ならば、彼等をここへ呼んで集落を説き伏せてみては如何でしょう? 烈菜集落の長はラジョウという話の分かる人物で、彼は恩義にも厚いと評判です。必ずや味方になるでしょう。それに嘯桂樹海への侵攻も、後の事を考えるならば烈菜を突破した方が楽です」
「と言うと?」
「烈菜を突破した後の道は、多樹の道より広いのです。烈菜が兵を動員させられた理由も、大物を扱う行商人が多く通る事で得られる収入が多く、宿場町として栄えている為に軍資金諸々の捻出が容易であったと聞いています」
「……では、もしかすると烈菜の長や民はテンベイの事を恨んでいるのか?」
ナイツの問いに、ヤグゥは強く首肯する。
「敗戦が知らされた日、実際に徴兵を行ったサイゲイへの暴動が起きていました。その場はラジョウの説得で収まりましたが、烈菜の民がサイゲイ並びにテンベイを恨んでいるとしても不思議ではないかと」
ヤグゥの言葉に嘘はなさそうだった。
ナイツは早速、交橋基地に居る江芳へ使者を出し、烈菜集落出身の捕虜を護送するように頼んだ。
それと同時に、交橋基地の軍議で定めた進軍経路の一部を変更。集落を突破して少し離れた先に基地がある多樹より、集落の近くに基地がある烈菜を攻略する事とした。
「よし、進軍路はこれで良いだろう。次は烈菜以外に攻略する集落だが、これも変更する」
西側入口である多樹攻略ルートでは、多樹の北西と真北に位置する集落を落とす予定だった。
然し東側入口となる烈菜に攻略対象を変えた事で、烈菜の北東の集落が攻略対象となる。
「瑪司集落は戦略的にも重要視されていない所です。その為、周囲を囲う塀は所々崩れたままで補修されていません。集落周辺にも障害となる地形はありませんので、夜襲でも仕掛ければ簡単に落ちるでしょう」
ヤグゥは地図を逐一示しながら的確な進言をしていく。
「……皆様、どうなされました?」
彼の言動があまりにも従順すぎて、涼周を除いたほぼ全員が言葉を失っていた。
「いやいや……そのね、ヤグゥ殿がやけに協力的だなぁー……って思っちゃって」
「本当に先程まで敵だったのかを疑うぐらいにな」
メスナと飛昭の指摘にナイツ、韓任、侶喧達も頷いて同意を示す。
眠くなり始めた涼周を気張らせているキャンディも、涼周の頭を三回縦に振らせている事からして、他の者と同じ考えだと分かる。
「……成る程。本来味方であるテンベイ軍の情報をベラベラ話す故に、信頼できぬと」
「……まぁ、真剣に考えてくれてるヤグゥには悪いんだけど……言ってしまえば、そんな所かな?」
ナイツは申し訳ないとは思いつつも、彼本人も疑念を晴らせていない事を告げた。
ヤグゥは別段嫌そうな顔をするでもなく、若干の苦笑いを混ぜた表情を見せて返答する。
「……こうも正直に言うことが逆に疑念を抱かせるのは分かっていますが、それでも正直に言うならば……テンベイ様は主と仰ぐに足らぬ存在。私が武器を捨てて帰順を表明した一因も、テンベイ様を半ば見限っていた事です」
ヤグゥはそれ以上語らなかった。降伏した事実を恥だと思っているからだろう。
ナイツも、強いて言えば瞼を閉じかけている涼周も、この男に偽心は無しと見た。
連合軍は結局、この日の夜にヤグゥの進言に従って瑪司集落を夜襲。見事に陥落せしめ、烈菜集落攻略の為の足場を得る事に成功した。




