三軍前進
剣合国軍の侵攻に曝されたテンベイは直ちに多くの兵を動員。
敗走した生横兵や領内の賊徒まで加えたその数は四万にも上った。
テンベイは更に、北の武孫郡と東の岐源郡、そして南の承土軍にも援軍の派遣を要請。
自身は援軍到着まで嘯桂樹海に籠り、遅滞戦術を執って剣合国軍の進撃を鈍らせる事とした。
対して剣合国軍は東と北と西の三路より嘯桂樹海に入るべく、進軍初日は各軍が担当する戦場へと向かい、二日目以降から本格的な進撃を開始する。
「ナイト様、五里先の集落にて民兵が抗戦の構えを見せています。案内人の話によれば集落の人口は三千程であり、兵力としては五百ばかりではないかと……」
然しナイト、ナイツ、方元の三軍は樹海の入口までの道中に於いて、点在する集落の前を通る事になるのだが、テンベイの命を受けた各集落は武装して守りを固め、抗戦の意思を示していた。
「……民兵達を纏めているのは、やはり各集落の長達か?」
「いえ、敵兵を指揮している者はテンベイ直属軍から派遣された小隊長格の将の様です。それが為に民兵の中には直属軍の兵も百から二百程が混ざっております」
戦に負けて求心力が衰えているにも拘わらず、やたらと早く兵を動員したと思ったら、どうやら直属兵が裏で民兵達を決起させていた様だ。
「実数は六百から七百といった所だな」
ナイトが不敵に笑うや否や、淡咲配下の将校達が意見を述べ始める。
「ナイト様、どうなさいますか? 進む先々で一々抵抗されたら堪ったものではありません」
「それに、補給路確保の事も考えれば無視もできません」
「敵味方の被害を最小に抑える為にも、ここは速攻を以て直属軍のみを討ち、民兵は無力化しながら進軍するべきではないでしょうか?」
「いえ、それよりは始めの集落を徹底的に討ち、これを見せしめとして次以降は降伏を促すべきです。さすれば無用な犠牲は一度で済みます」
纏める必要もなく適宜話が進む様を見て、ナイトは再び不敵に笑う。
淡咲の部下達は流石に良く訓練されており、大将としては楽ができると。
「ふっはは、よしよし! では先ずは俺が乗り込んで降伏を促そう。次の集落でも俺が乗り込んで降伏を促そう。その次も俺が乗り込んで降伏を促そう。……よし、行ってくるから暫し待て!」
「えっ? ちょ……ナイト様!?」
こうしてナイトは単身で集落の説得の向かった。
以下に、ナイトが民兵隊長や直属軍の小隊長を口説き落とした弁舌を記す。
「どうだ? お前達の大将に……これ程の大胸筋はあるまい?」
「むむむ、確かにその通りだが……我々にはここを守れとの主命が……」
「今味方してくれれば、この上腕二頭筋も付いてくるぞ。どうだ、悪くはあるまい?」
「し……然し我々の一存で勝手に降る訳には……!」
「降伏に主の判断は要らんに決まっている。この腹筋一つを見ても良く分かる話だ。今のお前達に勝ち目はなく、お前達の主も自分の為なら勇敢かつ前途ある部下を見捨て、その上でお前達に与えるものは戦死する命令のみ。……良く考えよ、ここで俺達と戦って命と筋肉を無駄にするか、俺達に味方して愛すべき筋肉同盟に加わるか。己の筋肉に問い掛けて見るのだ。さすれば、答えは自ずから示されよう」
「こ、これは! 三角筋が唸りを上げている!」
「そうか! これはきっと筋肉同盟に加われとの天の啓示に他ならない!」
「決めましたぞ。我々は貴方様に降伏いたします!」
「おぅよしよし! 褒美に良い子良い子してやるぞ!」
…………という事である。ナイトは樹海に入るまでの前線基地の全てを、一種の悪徳宗教の勧誘じみた説得で一兵も損ねる事なく帰順させ続けた。これには淡咲配下の将校達も一堂唖然。
流石はナイト。類い稀なる名将であり、謎将である。
後世には、この説得進軍が以下の伝説として語り継がれる。
「愛すべき筋肉伝道師による絶筋の布教行進劇」……だ。
西側の方元軍はどうだろうか。
「軍を三つに分けて進軍する。五千ごとの二部隊と三千の遊撃隊だ。五千の二部隊が行く先々の集落を同時進行で包囲、降伏勧告を行う。又、状況に応じた進軍路は儂が判断を下す」
彼等は軍の威圧を以て確実に前線基地を落としていった。
方元の慎重かつ堅実な戦い方には時間が掛かるものの、その利点は大きな失敗がない事。
彼は安全確実に軍の進軍路及び補給路を確保。敵味方の損失も極めて軽微に済ましたのだ。
最後に北側のナイツ・涼周連合軍。
「……やはりと言うべきか、北部は敵の手が多い様子。集落の奥にある軍基地にはざっと見ても二、三千の兵が配備され、前線の三集落にも各々三百程の直属兵がいます」
連合軍の本陣幕舎に現れた飛昭は、彼が独自に抱える諜報部隊からの情報を皆に語った。
その話によれば、連合軍がまず最初にぶつかる三つの集落には各々一千程の兵が備わっており、後方の軍基地にも多目に見て三千の直属軍兵が控えているとの事。
「……合計六千の敵か。これといきなり戦うのは避けたいな……」
ナイツは開口一番で自考に耽った。
キャンディは久々の従軍ながらも、早速息子の弱点を見て指摘に移る。
「……ナイツ、方元殿は韓任殿によく相談なさいって言ってたでしょ? 初戦が大事だと思うなら一人で抱え込まないの」
「これは……すみません」
「ええ、分かってくれれば私も方元殿も嬉しい。……さて韓任殿、何か策はないかしら? 私の事も遠慮なく使ってくれて構わないわよ」
暗に提案するキャンディの発言に、韓任は一つの策を思い浮かべた。
それは仲間衆の旅の最中に何度も採用したものであり、キャンディと韓任だからこそ速やかに理解・実行できた作戦だった。
「よし、それで行こう。早速準備に取り掛かってくれ!」
連合軍は韓任の立案した作戦に従い、テンベイ軍前線基地の攻略に乗り出した。




