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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
心角郡平定戦
112/448

反撃の出陣


「交橋防衛戦の後、剣合国軍は討つべき敵を再度見定めた。

そして、先ずは心角郡のテンベイに矛先が向く。


この件に関して、あの御方は記録中の私にこんな感想を述べた。

「今だからこそ思うよ。俺と義兄上とナイト殿とキャンディ様、即ち一家総出の討伐戦だったんだけど。あれは……正直に言ってやりすぎだよね」

私と彼の傍に控える姫は思わず笑ってしまった」



交橋東基地 仮司令室


 交橋防衛戦の二日後の午前。

豪族連合を撃退した剣合国軍は追撃を行わず、破壊された東基地の補修作業や守備兵の再配備、梓州の情報の集積等に当たっていた。


 当然、その間を利用して軍勢の集結も行う。

内訳は飛昭と侶喧が指揮する涼周軍一万五千、淡咲が派遣しナイトが指揮する梅朝守備兵一万七千、李洪に代わって韓任が引き連れて来た輝士隊八千、更にはナイトの後続として着陣した方元率いる一万三千。合計五万三千の精鋭軍だった。


「俺に奥に息子兄弟。そして方元、韓任、飛昭、メスナ、江芳。うむ、役者は揃ったな」


 主要な諸将が仮の司令室に集まり、軍議が始まる。

最初に切り出したのはメスナだった。彼女は防衛戦の最中、扶双との会話で得た豪族連合と承土軍の裏取引についてを、後から来た方元や韓任、飛昭に説明する。


「……大殿。軍師殿の予見、見事に的中致しましたな」


「ああ、これでトーチュー騎軍の侵攻も奴等の手引きだと半ば確信がついた」


 遜康防衛戦以降、停戦関係にある承土軍は自軍が傷付かず、且つ剣合国軍との直接的な戦闘を避ける為に周辺勢力を利用していた。

彼等の汚いやり方に限り無い失望を見せるナイトは、承土軍を優先して討つべき敵と捉える。


「然し、今承土軍を攻めるには状況的に厳しい。故に軍師から出された方針は後顧の憂いを絶つ……だ。先ずは心角郡のテンベイを討ち、かの地を無力化する。心角郡が落ちれば北の武孫郡は承土軍との連携が途絶え、扶双は動きを鎮める他ない」


 梓州は北東の生横郡を張幹、南東の岐源郡を田慌、北西の武孫郡を扶双、南西の心角郡をテンベイが治めている。

田慌は剣合国軍と承土軍の中立を示し、張幹は戦死して残軍は軍隊の体を為していない。


 東側の勢力が動かない今、脅威足り得るのは西側の勢力。特に扶双と武孫兵は要注意な存在だった。

彼等は元々非交戦派に属していたが、今戦を経た結果、開戦後は容赦がない者達だと分かる。


 だが武孫郡からもたらされた情報によれば、彼等は再度の侵攻もとい出兵行為を停止し、以前のような攻められない限り戦わないといった姿勢を見せているとの事。

一方のテンベイや心角兵達は、多大な犠牲に合わない戦利品の量に不満を抱いており、敗走した生横兵を自軍に加えて戦力回復を狙っていた。


 故に、現状に於いて明確な敵と思える敵はテンベイであり、彼を討ち心角郡を押さえる事で承土軍と扶双の接触を阻まんとしたのだ。


「でしたら、この戦で何としてもテンベイを討ち取る必要がありますね」


「うむ。奴を生かす事は火種を山中に残すも同じ。幸い心角兵の捕虜は多く、地理に明るい者もいる筈だ。彼等を道案内に立てて嘯桂(ショウケイ)樹海に攻め入り、確実にテンベイを討つ」


 東側の張幹と田慌が山を本拠とするならば、西側の扶双とテンベイは樹海を本拠としていた。

かの要害が、先代率いる剣合国軍の侵攻から豪族連合を守ったと言っても過言ではない。


 然し、今回は前哨戦で捕虜とした心角兵が八百名近くおり、彼等の中から道案内を出して進軍すれば、地理に不慣れな状況は緩和できる。


「されば大殿、軍を広範囲に展開して嘯桂樹海を囲う様に進軍なされては如何でしょう?」


「ふむ……では三手に別れよう。俺は東に回る。方元は西から、輝士隊と飛刀香神衆は北から攻めてくれ。奥も涼周に付いてやってくれ」


「……俺達の北側に戦力を固めすぎではないですか?」


「ああ、息子兄弟がこの討伐軍の主攻。存在の目立つ俺は助攻。本人の視野が広く、指揮する軍兵もこの中では最強の方元は承土軍への備えを兼ねて西側だ」


 北側にはナイツ、韓任、メスナの輝士隊と涼周、飛昭、侶喧、キャンディの飛刀香神衆。

合計兵数も二万三千と多く、ナイトや方元を差し置いた主攻として期待される事となる。

そうなると北面軍の大将たるナイツには重責がのし掛かり、彼は自分の判断が良くも悪くも戦局を左右する可能性があると一抹の不安を抱いた。


「若君、そう重く捉われなさるな。何事も韓任殿と奥方様に御相談なさられよ。さすれば万事上手くゆきます。それと、有事があった際には儂か大殿に遣いを出してくだされ。大殿は元より、儂も直ちに駆け付けます故」


 ナイツの顔色から内情を悟った方元が、すかさず気遣いの言葉を掛ける。

ナイトも目を見て静かに頷き、ナイツを勇気づけた。


「……分かった、皆と良く相談しながら軍を動かすよ。ありがとう、方元」


 老練な将軍のフォローによって気を楽にしたナイツは、微笑を交えた感謝を述べた。


 ナイト、方元、ナイツ。各現場の大将が万全の気構えを作った後に、彼等は心角郡平定の細かな作戦を協議する。

そして軍議を終えたナイトが出陣に先立った激励儀式を行うのだが、彼が鼓舞したのは己の直属軍のみだった。


「涼周、次はお前がカイヨーの兵達を励ます番だ。彼等もそれも望んでいる」


「ぅん!」


 ナイトは涼周が檄を飛ばす事が筋であると思い、カイヨー兵を奮わせる役を任せる。


「よぅし涼周! 頑張るんだぞ!」


 父に促され、兄に肩車された涼周は旧飛刀香神衆、もとい現涼周軍に向き合った。


 一万五千のカイヨー兵は高台上でナイツに肩車された大将を一様に注視する。

ナイトの言葉通り、カイヨー兵はナイト以上に涼周の檄を心待ちにしていた。


「おお! 涼周様だ! 我等の大将だ!」


「御言葉を下さる様だぞ! 皆、静かにするのだ!」


 彼等は目を輝かせ、意識を集中し、主と仰ぐ幼き大将の一挙一動に機敏に反応した。

一方のナイツは、涼周にとって初めての激励儀式である事に気を揉んだが、結論を先に言うならば兄の心配は杞憂に終わる。

涼周は魔性とも言える天性の魅力を持ち、いとも簡単に人の心を揺り動かしてしまうのだ。


「メスナ言った! テンベイは仲間ごとメスナを撃ったって! 張幹も突撃させる為に仲間を殺した! そういう人、涼周大っ嫌い!」


 魔力を込めた事で、涼周の甘く高めの声がカイヨー兵を含む全軍に響き渡り、先にナイトの激励を受けて士気を高めた剣合国軍兵も一緒になって聞き入ってしまう。


「にぃに言ってた! 張幹もテンベイも、自分の都合でみんなを殺し合わせたって! 涼周、それも大っ嫌い! だから、殺し合い止めさせる為にテンベイ倒す! だから、みんなの力欲しいっ!!」


「おおおぉ!!」


 全てのカイヨー兵が大気を揺らす咆哮をあげる。


「一番頑張った人、いの一番にたくさん撫で撫で良い子良い子してあげる!」


「うおおおぉっ!! やったるぜェーー!!」


 御褒美を聞いた剣合国軍兵とカイヨー兵の全てが、天に轟く破声をあげた。


 だが、その御褒美と激励の仕方に既視感を感じたナイトは反対に唸り声をあげる。


「むっ……むむむ、以前俺がやった時とは全く反応が違う」(第二章の沛国防衛戦参照)


「何がむむむよ。当たり前の事じゃない。無精髭生やしたおっさんにされるより、可愛い子からしてもらった方が良いって李恢出来ない?」


「……奥方様、その語源は横山三ご……」


「あらあら方元殿、何か言ったかしら?」


 禁忌を指摘した方元に対して笑顔を向けるキャンディ。


「……失言でありました。何でも御座いません」


 目を瞑って謝罪した方元は一滴の冷や汗を流した後に押し黙ってしまう。


(よっわ! 剣合国軍の長老弱っ!)


「…………っ!」


 ナイト達の後ろで彼等のやり取りを見聞きしていたメスナが心の中で叫び、ナイトとは違う既視感を感じた韓任も思い出した恐怖に身震いを起こす。


 何はともあれ、剣合国軍は士気極頂の状態で交橋基地を出陣。

テンベイが籠る心角郡の嘯桂樹海へと兵を進めた。


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