戦の最中に語られる、色々
東側に次いで交戦状態となった北と南の戦線。
北側の江賢隊三千はテンベイの心角兵一万五千と互角以上に渡り合い、良く善戦していた。
では同数の兵でメスナが守る南側はどうか。
「俺の名は扶双! そなたの瞳に、恋をした!」
「はあっ?」
ひとっ飛びに塀を越え、近寄る剣合国兵を二本の槍で討ち果たし、後続兵の突入口を作った扶双。彼は今、迎撃に現れたメスナの目を見ながら己の想いを打ち明けた。
「そなたの瞳に恋をした!」
「二回言わなくても分かるわよ。んで、何の冗談?」
「冗談ではない。俺は本気だ! 本気でそなたに一目惚れした!」
「本気なら尚更質が悪いよっと!」
あまりの事に戦いを忘れるのも束の間、扶双の開いた一点を抉じ開ける武孫兵達に向けて、メスナは多節細剣を伸長させた。
然し、彼女の剣は扶双が左手に持つ槍で即座に弾かれてしまう。
「今は俺に集中してくれ。代わりに俺もそなたに集中する」
(うっざ⁉ こいつうざっ‼)
自己主張の激しい敵に邪魔されたメスナは兵達の手前、怒りを顕にする事だけは控えた。
それでも彼女に於ける扶双の第一印象は最悪と言っていい。
「悪いけど、貴方に構ってる暇はない。私を想うならさっさと兵を退かせてほしいものね」
冷淡な目とともに、今度は多節細剣を扶双へ向けて突き出す。
先程より熱のない言動ながら、剣速はそれ以上の高速であった。
「せぃっ!」
だが当然の様に扶双は防ぐ。
「すまないが……それは無理だ。漢たる者、交えた約定を途中で違える事はできぬ」
そう言って、彼は至極真面目な表情を作る。
キリッとした顔立ちに似合う澄んだ瞳からも、この人物に悪しきものは感じられない。
メスナより頭一つほど背が高く、壮健な体躯と赤茶色に近い頭髪が特徴的な彼の放つ気配は、純粋な好漢のそれであった。
「約定……ね。私が察するに、豪族連合同士のものだけじゃ……ないんでしょっ!」
左前方に深く踏み込む事で前屈みの状態を見せたメスナ。その動作に紛れて右手首を瞬時に捻って伸長させた刃を扶双の足下へ送り出す。
そして扶双が左の槍を動かして防御をする一瞬の間に、左太腿に備え付けられた本命の短剣を抜いて投げつける。
「……ふっ、小手先の技は効かないか」
多節細剣の刃は左の槍で、続け様に投げた短剣は右手の槍で簡単に弾かれた。
「理解の深い女将だ。……如何にも、今回の侵攻は我々が承土軍に靡いたが故のもの。俺はただ、俺を慕う民や兵達の居場所を保持する為に戦うのみ!」
「でも岐源郡の田慌は出陣してないでしょ。彼は中立を示したって訳?」
「またまた如何にもその通り。田慌殿は誰にも靡かぬ姿勢を貫き、承土軍の侵攻要請にもアバチタ山岳軍の援軍要請にも応じなかった」
(ああ、この人便利ね。思ってる事みーんな口にしてくれるわ)
二槍を構え直した扶双は承土軍との裏取引をいとも容易く口にした。
梓州の南に存在したレトナ国の陥落。東のアバチタ山岳軍の敗勢。
上記の二点を吟味した彼等豪族連合は、同時に二つの大国と境を為す事を危惧し、生横郡と心角郡、そして武孫郡が承土軍側についたという。
剣合国に恨みを持つ者が多い豪族連合の事を思えば、彼等の判断は当然でもあった。
「ふふっ! 成る程ね、良くわかったわ。それと嘘が付けない人は嫌いじゃないけど、残念ね。知りたい情報は全部分かったからもう結構よ。さよならバイバイさようなら!」
扶双から侵攻の経緯を聞き出したメスナはそう言って左手をヒラヒラと振る。
右手の多節細剣を構えつつ、彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「………………じまった⁉」
「じまったじゃねぇーー! 話し過ぎでさぁ大将!」
「てっきり考えがあって話したのかと思ったら、考えなんてないかーーい!」
「おいおい大将、あんた馬鹿正直過ぎるよ!」
「じまったって何⁉ しまったじゃないんすか!」
数秒置いてメスナに利用されたと気付いた扶双は、驚愕の形相を作り後頭部に衝撃を走らす。
これには思わず部下の武孫兵達も盛大に呆れ果て、乗り越えられそうだった塀からずっこける者すらいた。
「こっ……これ以上は話さん! 如何に一目惚れした相手でも話さんぞ!」
「ええもう充分だから。それに、これ以上話す内容もないでしょ? もっと言えば如何に一目惚れした相手でも普通は話さないから」
「ぬぐっ! 確かに……!」
(いやいや、確かにってあんたねぇ……)
メスナにまで呆れられる扶双。
彼の裏表無い性格は長所ではあるが、同時に短所でもあった。
(とは言うものの……かなりの数が入り込んじゃった。先ずはこの男を何とかしないと)
然し、状況は何時までもふざけあっている場合ではない。
メスナは気持ちを入れ換えて扶双と彼の後ろで拡大しつつある突破点の対応に移る。
「敵将の相手は私が受け持つ! みんなは敵兵の迎撃に専念! 少し早いけど予備兵も要請! 全員一丸で当たって、逆に流れを呼び込むよ!」
「おおっ‼」
魔力を扱える将の相手は同じく魔力を扱える将が、兵には兵が当たる。
更には司令塔に居る江芳へ援兵を要請し、扶双の周辺にいる敵兵が少ない今の内に彼を討ち取ろうとした。
だが扶双は馬鹿正直なアホだったとしても、彼の実力は本物。
容易に討ち取れる存在ではなく、多節細剣の変則的な攻撃と素早い動きを組み合わせたメスナの戦法をもってしても、特殊な槍捌きで防ぎきってしまう。
(っ……この男、見た目以上に強い! 部下の兵だって、物量なしの勢いだけでも普通に戦える程にやる!)
扶双軍の事を、たかが寄せ集めの雑兵どもと甘く見ていたメスナ。
されどその実像は、張幹軍にもテンベイ軍にも勝る結束を持った好漢どもの一軍だった。
メスナ隊は開いた突破口を埋める所か次第に押され始め、穴は徐々に拡がり、終いには塀の線が敵中に埋まってしまう。
「このままでは若の所にまで敵が……! 絶対に、それだけはできない!」
一層の奮戦を示すメスナであるが、彼女自身も扶双に気がなければ負傷する程に押されていた。




