交橋東基地、防衛本戦開始
「攻撃開始! 一気呵成に攻め落とせ!」
東側にてナイツと相対した張幹が号令を発し、曇天の下に戦の火蓋が切られた。
「俺達も続け! 先の敗戦の仇をそそげ!」
「……よし、始めるぞ。先ずは塀を越えて基地内に侵入だ!」
張幹の率いる生横兵が猛然と突撃する姿を見た後に、次いでテンベイが、更に次いで扶双が突撃号令を下す。
真っ先に交戦状態となったのはナイツ隊三千と張幹軍二万五千の東側戦線。
だが、攻め手を差し置いて第一刃を入れた者は守備側のナイツだった。
「来るなら来い! 一人残らず切り伏せてやる!」
彼は塀の上に姿を現し、魔力を込めた剣を振るって水平な光の刃を放つ。
その刃は迫り来る生横兵に逆に迫り、前衛の兵士を三十人ばかし両断した。
「うおっ⁉ ふざけんな、何だ今のは!」
「あんなのが敵に居るなんて聞いてねぇぞ!」
前情報になかったナイツの参戦に多くの生横兵が動揺する。
「……メスナとキャンディの姿がある事からして、もしやとは思ったが……ジオ・ゼアイ・ナイツめ、やはり居たか。
――兵どもよ怯むな! 味方の骸を越えてでも塀に張り付け! さすれば必ず勝つ!」
簡易高台にあって様子をつぶさに確認した張幹が、声を張り上げて味方に助言を与える。
生横兵達はその声に従い、全力で東塀へと駆け出した。
「撃て撃て! 撃ちまくれ!」
生横兵が射程圏内に入ったと同時に、ナイツ隊の銃兵が迎撃射撃を開始する。
狙いを定める必要もない程に密集した戦列を為している生横兵達は、その銃撃により正規軍以上の陣形の乱れを生じさせてしまう。
「次の銃を持て! 二の者は弾を装填しろ!」
光の刃を続けて二発放ち敵の一角を崩しつつ、ナイツは部下達への指示を怠らない。
この時、銃兵五百に対して銃の数は三倍たる千五百丁もあった。
内訳は義仁城より持参した物に加えて西基地に備蓄してある物や、果ては道中の集落基地からも急遽運ばせている。兎に角、有るだけの銃と弾丸をかき集めていた。
「敵が物量ならこっちも数で勝負だ! 撃って撃って撃ちまくれ!」
ナイツの激励とも言える号令に、彼の部下達は絶え間ない銃弾の雨を浴びせる。
「弓兵! 斉射!」
弾込めが間に合わなくなった時、今度は弓矢による一斉射撃号令を下す。
銃兵の穴を埋める様に控えていた三百の弓兵は既に矢を番えており、基地の内側から生横兵達に向かって矢の雨を降らせる。
「今だ! 戦列交代! 急げ!」
最後の迎撃射撃たる矢の雨を行うや否や、ナイツは銃兵を下げる。
そして先程まで弾込め作業等で銃兵の右後ろに控えていた白兵部隊に、槍や剣を握り直させて即座に配置換えを行う。
この頃には、張幹軍の前衛はズタズタに損耗した状態にあり、死者は優に一千を超え、負傷した者も同数に近かった。
「若様! 若様ももう降りてください!」
「ああ、分かってる」
小隊長の嘆願に似た声を聞いたナイツは最後にもう一発だけ光の刃を飛ばし、二十名ほどの生横兵を吹き飛ばした後に塀から飛び降りた。
彼が着地した数秒後に塀が強く振動する。張幹軍は目と鼻の先まで来ていたのだ。
「銃兵は高台へ移り、そこから援護射撃だ! 弓兵は引き続きその場に留まり矢の雨を降らせ、白兵部隊は負傷次第、二の者へ代われ!」
ナイツの迅速な指揮の下、淡咲によって鍛えられた精鋭兵は敵を迎撃する。
「攻めろ攻めろ! 中に入って門を開けた者には十倍の恩賞を与えるぞ! 民兵ならばその者が所属する村の税も十年に亘り免除する‼」
対して張幹もやられているだけではない。
重き恩賞を約束するとともに、民兵が七割を占める自軍を最大に奮わす特典まで付ける。
「税を十年免除⁉」
「恩賞だって十倍だ! これはやるしかねぇ!」
「どきやがれお前等! 恩賞と税免除は俺の村だ!」
重税に苦しめられ、未納分返上の為に従軍する民兵の奮起は殊更大きかった。
彼等は味方を押し退けてまで塀を越えようと躍起になり、良い意味で味方争いを始める。
「……馬鹿が。そんな口約束、信じられる根拠があるのか」
張幹を含め当たるべからざる勢いを放つ生横郡の者達に、ナイツは軽蔑の眼差しを向けた。
だがそれだけではない。彼は高台に登り、張幹の嘘に踊らされている生横兵へ真言を放つ。
「重き恩賞⁉ 税の免除⁉ 馬鹿馬鹿しいにも程があるぞ張幹‼ 生横郡の民兵達よ、その言葉がどれだけ信用できる! 散々お前達を苦しめた挙げ句に戦に駆り出している張幹のどこに、根拠となる姿があると言うんだ! お前達は張幹の下らない欲望の為だけに死にに来ているに過ぎない!」
ナイツの言葉は的を射ていた。戦闘中の生横兵が気を取られ、盾で跳ね返される程に。
「直ちに立ち去るか、我等に寝返るか! どちらかを選べ! 我等に寝返るならば相応の待遇を以て迎える! アーカイ州、特に交橋を渡った先の梅朝は虐げられた者達の移転地だ! ここならば必ずやお前達の生活は安定し、平穏無事に暮らせるぞ!」
真言を交えたナイツの扇動は功を奏しかけた。
生横兵は手を止め体を止めて聞き入り、心に大きな迷いを持ったのだ。
然し、力による恐怖支配に慣れきっている彼等は、あろうことか張幹による恐怖の一言で邪念を捨ててしまう。
「敵に寝返った者の村は即座に皆殺しだ! 詰まらぬ事を考えずにさっさと攻めろ!」
「…………下衆が!」
遺棄された腐敗物を見るかの如く、ナイツは張幹の方を睨み付ける。
せっかく傾いていた生横兵の心が鬼畜に勝る一言だけで元通りとなった事に、彼は大きな憎しみを抱いた。あんな大将がいるからいつまでも戦乱が終息しないのだと。
「……仕方ない。ナイツ隊の全兵に告ぐ! 一切の遠慮なく切り伏せろ! 力の違いを見せてやれ!」
「オオッ‼」
剣を突き出し檄を兼ねた号令を下すナイツ。
高台を降りて自らも戦列に加わり、次から次へと現れる生横兵を討ち取っていく。
彼等が味方となるのを拒み、敢えて苦しみの道に残る事を望むなら、いっそのこと楽にしてやる。
そんな殺生的な優しさが彼の心中にはあり、屈強そうな傭兵から貧相な民兵まで、一切の区別なく同一の敵と見て剣を振るっていた。




