メスナ対テンベイ
深夜二時頃。勢いの強まった雨で音を消し、夜の暗闇に姿を消しながら、ヒタヒタと交橋へ向かう一軍の姿が梓州心角郡にあった。
豪族連合軍の先手を承ったテンベイ率いる一万三千である。
「……見えたぞ、剣合国軍の基地だ。全兵に突撃指示を下せ。一気に攻め破るぞ」
半里先に基地の姿を捉えたテンベイは兵達へ鬨の声を上げさせる。
それが深夜の国境に轟いた開戦の合図であった。
「敵襲! 敵襲! 豪族軍の夜襲だっ!」
四方の物見台にいる兵が叫びを上げ、基地内の兵達は持ち場につく。
江芳は直ぐさま司令塔に移り、メスナも前衛に留まって単身での参戦を決めようとした。
「メスナ将軍。我が部隊は江芳将軍より、メスナ将軍の指示に従う様に命じられました。我々をお使いください!」
「江芳将軍……感謝いたします」
五千名の内の一千を回されたメスナは、司令塔へ向かって一礼する。
「じゃあ皆、宜しく頼むよ!」
メスナの檄に応えた一千の兵達は喚声を上げ、基地正面にて敵を待ち受けた。
「一斉射撃開始! 撃ちまくれ!」
司令塔から響き渡る江芳の射撃号令が戦の機先を制し、猛然と走り寄る心角兵の前衛を僅かに崩す。
「撃てぇ! 撃ち返せぇ! 白兵部隊は塀を越えて門を開けろ!」
陣形や戦術に疎いテンベイの軍勢は物量を頼りにした勢い攻めを行う。
だが部隊ごとの連携は乏しく、兵種や装備による隊列もあってない様なものであり、鍛えられた正規兵から見れば、それが雑兵による稚拙な反乱に映りもする。
剣合国軍の銃兵隊は高所と軒下の利を用いた精密射撃を行って敵を撃ち抜き、白兵戦担当の兵は高さ三メートルの塀を乗り越えようとする敵兵を確実に討ち落とす。
メスナも愛用の多節細剣に魔力を込めて伸長・湾曲させ、迫り来る心角兵を人一倍討ち払っていた。
「つ……強ぇ! あれは間違いない。魔力使いだ!」
「でも基地には魔力を扱える奴は居ないって話だぞ! どういうこった⁉」
前情報と違う敵を前にして、心角兵は動揺の色を見せる。
塀の上に登ったメスナはここぞとばかりに伸長させた多節剣をしならせ、外に広がる敵戦列を横薙ぎに払う。
鞭の様なしなやかさに加え、変幻自在の伸縮性と剣本来の切れ味を併せ持つ彼女の多節細剣。巧みに振るうメスナの技量もさることながら、その特殊さが敵味方の注目を集めた。
(……ここで父さんなら「見たか俺の愛剣! ナイスボンテージソォードの威力を! 拝見料払え!」……って言うんだけど……。父さんごめん、私にその趣味はないし、その気持ちもないの)
「不良騎士」を自称する父・マノトの形見たる「ナイスボンテージソォード」。
名付け親は当然マノトであり、命名の切っ掛けは彼の妻がふざけて……その手の格好をした際に、マノトが普段の妻とのギャップに心臓をズッキュンされた事だとか。
因みにメスナの母であり、多節細剣に可哀想な名前を付ける切っ掛けを与えてしまったマノトの妻は、現在も元気に生きている。中枢大陸南方に存在する戀桜国独立戦争で独立軍の最先頭に立ち、壮絶な戦死を遂げたマノトを英雄と讃える同国で、国の庇護を受ける事なく持ち前の料理特技を活かしたお菓子屋さんを営んでいる。
(よくよく思うと父さんと大殿って凄い似てるのよね。顔は父さんが残念イケメンなのに対して、大殿がガッツリゴリラってぐらいに違うのに……)
メスナは過去の記憶を呼び戻し、似た者同士の容姿を比べて薄ら笑う。
その間にも多節細剣を振るい、片手間で十数人の心角兵を討ち取っている。
故に、敵を殺しながら見せた彼女の何気無い表情の変化に、敵味方が恐れを抱いたという。
メスナの参戦もあって、基地の東側正面は優勢だった。
然し、北と南を守る味方部隊は敵の物量に押され始めていた。
「メスナ将軍! 南側の塀が越えられ、そこへ敵が殺到しています! 我等からも援軍を派遣なさるべきでは!」
既に江芳が予備兵を当てて対処に乗り出していたものの、続々と基地内に乗り込む心角兵の群れを見るに、一目で防衛戦力が不足していると断定できた。
「二百名を連れて私が向かう! ここの指揮は任せたよ!」
「はっ! お任せください! 将軍も御気を付けて!」
メスナはこの場の指揮を本来の部隊長に委ね、白兵戦担当の兵士を二百ばかり引き連れて南側の救援に駆けつける。
「援軍だ! メスナ将軍が来てくれたぞ!」
「あと少し耐えれば、西基地から更なる援軍が来る! それまでみんな頑張って!」
塀を越えようとする心角兵をメスナが横一文字に薙ぎ払った事で、南守備隊は彼女の援軍を認識。続く檄にも触発され、戦況は一気に盛り返した。
「あの女野郎……東から移動してきやがった。せっかく東側を避けたって言うのによ」
根性論を語りながら陣頭指揮を執っていたテンベイは、メスナの登場に眉をひそめた。
主将級の存在が交橋基地に居ないからこそ、豪族連合の先陣を買って出たというのに、これでは単純な潰れ役だった。
「……おい銃兵、あの女に集中射撃をしろ」
「それでは味方にも当たりませんか?」
「構うな。撃っちまえ。どうせ被弾しようがしまいが、数秒後には死ぬ奴等だ」
「へへっ! 了解です!」
テンベイは塀から奥を見渡せる簡易高台上にて自身の直下兵達へ指示を出し、命を帯びた兵達は塀から頭と銃身だけを出してメスナを狙った。
その照準先の周辺には、徴兵された味方の民兵や傭兵が必死に戦っており、数撃てば当たる戦法を採る程に射撃性能の低いテンベイ直下の銃兵達の腕では、先述した味方の心角兵に被弾する恐れが充分あった。
だがテンベイも銃兵達も気にしなかった。彼等は味方に対してもその程度の意識しかなく、所詮は寄せ集め連合軍の中級雑兵という表現が正しいと言える。
「っぐぅ⁉」
二十数発の狙撃弾の内、二発がメスナに被弾した。
一発は彼女の左肩に、もう一発は右胸下辺りの側面を掠める。
だが腕の悪い銃兵達の弾は、メスナ以上の被害を味方に出していた。
「あんのクソども……! 仲間ごと撃ったな!」
背後からの銃弾で絶命したり重傷を負う心角兵を横目で見て、メスナは憤る。
幸いにして彼女の利き手は右であり、片手での戦闘を想定した戦い方も習得していた。
「死んどけバカどもっ!」
鋭さを増したメスナの目が、塀から頭を出す二十数名の銃兵を捉えた次の瞬間。彼女は多節細剣を連続して突き出し、彼女曰くクソバカどもの眉間を寸分の狂いも無く貫いた。
その間僅か二秒、距離にしてざっと五十メートル程度。
負傷した状態であっても、メスナの剣技はこれ程までに優れていたのだ。
然し、上級指揮官たる彼女が負傷した事も事実。
テンベイはその報告を受けるや否や、直下の強兵部隊に号令を下して突撃を行わせた。
「あらまぁ調子に乗っちゃって……! 下がるに下がれなくなったでしょうが」
凄んだ目のままに笑みを浮かべたメスナは、塀を乗り越えてきた新手部隊を睨む。
「将軍は一旦お下がりを! ここは我々が食い止めます!」
将の負傷を以てしても著しい士気の低下が見られない江芳配下の兵達。
実に優秀な彼等は強兵が現れた今こそ奮起する時だと、メスナの檄がなくとも自ずから士気を高めていた。
(……そうでなくとも、仲間を見捨てる訳にはいかないわよね……!)
総数で見れば敵軍は自軍の二倍以上。
だが敵戦力の集中しているこの局所では実に三倍以上の戦力差があった。
この差を前にしては如何に優秀な江芳兵であっても長く続かず、メスナが離脱すればその劣勢はより顕著に顕れるだろう。
そうなってしまえば、この場の兵達は全滅を免れない。
「それに……奥方様と童ちゃんを任された私が、そう簡単に退くもんですかっ!」
メスナも自分自身に奮起を促し、前方に壁を作る江芳兵達の指揮を執り直す。
「私の守りは薄くていい。それよりも決壊しそうな場所を重点的に固めるぞ!」
予備兵を再分配して長期戦の構えを形作るメスナ。
歩兵戦を得意とする彼女と真面目な江芳兵の連携は美しいと思える程の精彩さだった。
江芳兵達は再び戦列に加わったメスナの勇姿に触発され、一層の奮戦を見せて敵を弾き返し、メスナは他部隊の兵とは思わせない見事な指揮を示す。
今の彼女には、力の源と言える守るべき存在が多くあった。
それが為に、大きな危険を孕んだ無茶な戦いを続ける事ができたのだ。




