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大戦乱記  作者: バッファローウォーズ
若き英雄
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各々の才能


 ナイトより一千の兵を借り受けたナイツは隊を二手に分け、丘の東西に布陣した。

東側にはナイツ、西側には韓任。それぞれ騎兵五百名、歩兵五百名を率い、バスナ隊五千の左右を固めるとともに、丘の北側で軍の再編成を行うナイト及び敵の捕虜四千に敵が接近する事を防ぐ。


 ナイツ、バスナ、韓任の計七千と対峙する覇攻軍の陣容は、中央最前列に輙軍残党およそ一千、東側右翼に黒染隊一万、中央に覇梁隊一万、西側左翼にウォンデ隊一万の合計三万一千。

五倍近い戦力差ではあるがナイツ達の役目はあくまで時間稼ぎ。無理に敵を支えきらず、一進一退を上手く図れば成し遂げる事は可能。


(……とは言っても敵は覇梁自らが率いるサキヤカナイ。一つでも対処を誤ればそこから一気に崩されるだろう。李洪とメスナがこの場に居てくれたらと何度思っても足りない)


 いざ対峙してみれば不安が消える事はなかった。

圧倒的な戦力差、敵将との経験の差、実力の差。ナイツが若くして強者足り得た存在であっても、相対する敵は彼を優に上回る。

無意識のうちに剣を握る手が強張り、前身に伸し掛かる無言の重圧が見えない鎧となって鈍重を生む。まだ交戦に至っていない状況で息は上がり、視野は狭まり、思考は霞みがかる。これがサキヤカナイかと否が応でも体に染みつく感覚は、得もいえぬ恐怖であった。


「パパ上のダンシングオールターイム!」


「⁉」


 ナイツの右斜め後ろから突如として上がる軍歌(?)の入りの声。目を見開く程に驚き振り返って見れば、そこには後方に居る筈のナイトが方元の軍扇を頭上に掲げ、艶めかしく手首を揺り動かしていた。


「ヘヘイヘイヘイ!お兄ちゃーん、戦の常識を知ってるかーい」


「ノノンノンノン!教えてパパ衛もーん!」


 数名のナイト直下兵が、頭上で焼きたての鳥の骨付き肉を左に右にと動かしながら合いの手を入れる。


 理解し難いナイト達の行動に唖然とするナイツ隊。幾度となくナイトの大将らしからぬ言動を目にしてきたが今度は中々と強烈であり、いかな知力を持ってしても返すべきリアクションが見当たらない。それ以前に見ている側が恥ずかしくなるほどだ。


「戦に挑む将は心を強くー」


 直下兵に教えを請われてパパ衛もんことナイトは音痴を恥じる様子もなく堂々と熱唱。手首の動きは先程より妖艶さを増し、屈強な精鋭すら一瞬で大切なものを奪われかねないほどの色香を放つ。


「兵は常にー体を強くー」


 かと思いきや高名な楽士に負けず劣らぬ美声で後に続くナイト直下兵の面々。もうお前達は兵士を辞めて音楽家にでもなれ。

そんな彼等が骨付き肉を振るう度に野鳥の雄々しきオーラが辺り一面を優しく包み、荒塩が溶け込んだ肉汁もワイルドな輝きを放ちながら飛び散る。


「たもぉぅつー」


 ナイトと兵達の歌声が見事に重なり陳腐な軍歌がクライマックスを迎えた。

骨付き肉は全身全霊をかけて彼等を輝かせる。心の友とでも言いたいのだろうが、この後お前達は喰われるからな。


「おおぅ……!」


 ナイトの魔性の手首ダンスに心惑わされた輝士隊の兵達は何とか最後の一歩を踏みとどまって見せたが、平静の「へ」の字を取り戻す間もなく続く魔声が大いに背を押す。踏み出された彼等を優しく抱きとめるのは愛の筋肉。山野によって育まれ、天空より慈愛を学んだ野鳥の身をもった愛情に、兵達の心は完全に奪われた。


「美漢と野鳥」


 心を揺り動かす漢達と大自然より生まれし愛情が織り成す歌劇は、兵達の口々からやがて人界中に広まるであろう。


「これは正に……人界史に残る芸術! 我々は生き証人となったのだ!」


「ナイト様は大切なものを奪っていきました……我等の心です!」


 無駄なく、騒がず、狂いなくを基本とする輝士隊の精鋭達がいとも簡単に洗脳される中、唯一人正常を保つナイツは目を細めて表情を消し、諦観した眼差しを父に向ける。


「父上……自ら兵達を鼓舞しに来て下さったのは嬉しいですが、質の悪い勧誘じみた事は止めてください」


 周囲の熱狂を別世界と捉えるナイツは、何が視野に入ろうが何が耳に届こうが動じなかった。そう、彼の部下達が鎧を脱いで上半身裸となり、鍛えし肉体を露出して火照った体を冷ます過程で、蝶の様に舞いながら己の塩水を散布する事で周囲の温度を下げ自分だけでなく仲間の為にもなるエコロジー冷却なる儀式をしていようが……関係なかった。


「ふっはは! 兵だけではない。息子よ、お前の為でもある」


 実際の気温に反し体感温度は非常に上がり、冷ややかな空気の中で汗をかくナイトは方元の軍扇である事を忘れたとばかりに扇ぎだす。


「……」


 父の言葉にナイツは返す事ができなかった。

おそらくナイトは丘の頂上で息子と合流した際、言葉を交わさずとも雰囲気のみで察したのだろう。ナイツが未だ体験した事のない敵の殺気に呑まれていると。

それを知っていながら自分からナイツに加兵を行わなかったのは、将達の手前で恥をかきたくないと健気に振る舞っている息子を想ったからだ。あの場でナイツの心境を明かし、兵を回そうとすれば、彼はそれを拒み意地でも自力のみの戦いを行う恐れがあった。


 ナイツは韓任の提案だからこそ素直に従ったのだ。偉大な父の言葉であったらそうはならない。

要するにナイツは反抗期真っ只中。それもナイト以上の才能を持つが故の質の悪い反抗期。

何ら人の事を言えた義理ではないという思いと、純粋に父へ言葉をかけにくいという思いがナイツの口を封じてしまう。


「様子が気になって来てみれば、力士像の様に固まってしまって。いや、揺るぎない自信の表れを見せる力士像の方が断然に上か」


「……何ですかその例えは」


 ナイツは分かるようで分からない例えに不快感を覚える。父との会話は意味が通じるまでに時間がかかり、そこに大きな無駄を感じるのだ。


「あるがまま、視えるがままの姿だ。息子よ、サキヤカナイを甘く見るなとは言わんが、難く見過ぎるな。仮に何かあってもバスナがいれば問題無い故、お前は妙な気を遣わず、いつも通りに戦えばよい。何せバスナはこの地に居る将の中で、最も広い視界と万能の才を持つ男だ」


「万能の才?」


 バスナより戦術等を学ぶナイツにはナイトの言葉の半分は理解できた。

バスナは一介の剣豪に非ず。ファーリムやナイトが過去を語る際、あの男は常に参謀の役を担っていた。今も新手の大軍に動揺一つ見せる事無く迅速に対応し、剣合国軍の智嚢を示している。それを可能としているのは彼自身の知力の高さと大局を見通す軍師並の視野の広さだ。


 ナイトが大将らしからぬ大将ならば、バスナは剣豪らしからぬ剣豪とナイツは思っていた。

故にナイトが評価したバスナの才能に、ナイツは疑問を抱く。


「そうだ。仲間内であいつだけが持つ才能。お前は英雄の才を、ファーリムや方元、メイセイは率いる者の才を持つ」


「……では父上の才は……」


 息子の才能を「英雄」と評した父に、若干の嫉妬に近い感情を覚える。何故この人はこれほど簡単に人の心を動かせられるのだ。私如きを英雄と見るならば偉大な貴方は何なのだと。


「俺か? 俺は……」


 ナイトが自らの才能を語ろうとした時だった。覇攻軍側から雄叫びが上がり、輙之文の先陣部隊が突撃を開始。敗軍とは思えぬ戦意の高さと速さで迫り来る。


「おっと始まったか! では息子よ、頼んだぞ」


 話を中断するナイトは兵達を正気に戻し、颯爽とこの場を立ち去る。と思えば、ふっと振り返り、未だ彼を見ていたナイツの瞳を見つめ返した。

そしてナイトは唇の端を上げ、自信に満ちた晴れ晴れとした表情を浮かべた後に先程の問いに応える。


「俺は人を視る才能を持つ」


「……人を……見る?」


 理解の及ばぬナイツは僅かに首を傾げる。今の彼には人を視ることの重要性が分からず、考える暇もなかった。


 今は、良い。そう言わんばかりに頷くナイトは前を向き直り、去り際に真面目な檄を飛ばす。


「ふっはは! 武運を祈るぞ、皆の者!」


 ナイトの檄に触発された兵達は武器を掲げ、勇壮なる鬨の声を上げた。輙軍の退けぬ思いに劣らぬ闘志の炎が、彼等の中で沸き起こったのだ。


「バスナ将軍、若様の隊が……」


「ああ、聞こえている。ふっ、ファーリムといい大将といい、どこまでも子煩悩な奴等だ。だが、今はそれが大いに利する時。俺達もその波に乗るとしよう」


 丘上よりナイトの檄及び士気の爆発を聞くバスナは即座に便乗する。

自部隊の兵と韓任隊にナイトの御言葉をそのまま伝え、奮起を促したのだ。

鼓舞は見事に成功し、ナイツ隊の熱は全体に伝染する。

ナイトの姿が見えず、本人の肉声でなくとも、彼を慕う兵達には言葉のみで充分であった。それは同時に、それ程までにナイトが信望を極めている証だった。


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