俺の忘れっぽい所は性分さ。
この世界で、死んだら泡になり海へと解けてゆく。
それは、人もモンスターも……魔王ですら一滴として残らない。
これは、誰もが知っている。
子供の頃から皆に伝えられる物語にもなっている。
いや、物語では語弊があるかもしれない。本当にあった話なの。
それも、私しか知らないことだけどね。
むかしむかしのお話に……もうなるのかな。その世界には魔法が溢れ、勿論魔女もいた。それはそれはうつくしく。その微笑みは誰もが惚れ込んだ。まさに、魔性の魔女。
まさに、世界と魔女は上手くいっていたのだ。
しかし、それも終わりが来た。
ある日、魔女が世界の【生】を恨み。怒り。妬み。怨み。嘆き。
そして、強い呪いをひとつだけ掛けた。
「あの人のように世界が泡で消えますように。」
この話は哀しみの色に滲み、そこで終わっている。それなら、此処から救われる話をしよう。彼は、私が選んだのだ。きっと、楽しい話にしてくれるだろう。この期待をどうか裏切らないでくれよ。
深夜。窓の外は土砂降りで外へ行く気力が何処へやらと流していく。そんな俺、露木虎太朗は長時間の立ち読みを余儀なくしていた。そろそろ店員の目もキツイ。しかし、だからと言って都合良く雨が止むわけでもなく俺はコンビニで買い物を済ませる事にした。
「おい、あんた!」
「はい?」
店員が商品を袋に詰め、それを受け取り、愉快な音を鳴らしながら自動ドアが開いた所で俺はハゲ散らかしたおっちゃんに呼び止められた。頭部の荒野が長時間の労働だったのか、バーコードは照明を反射している。
「会計忘れてるよ!そんな堂々と万引きするんじゃないよ!」
「え?……ああ」
俺の手元には袋に入る分厚い漫画とコーラだけ。そう言えば、物は受け取ったけれど、代金は払ってなかったっけ。
「えっと……あれ、財布がない」
「あんたの財布はここに置きっぱだよ」
バーコードはご丁寧にレジに置かれる物を指差している。バーコードと俺の間で何とも言えない空気が流れる。他に客がいないことが唯一の救いだ。
「……ども」
のろのろと財布を手に入れ、中身を見る。10円足りない。
「……」
「……」
少しだけ温くなったコーラは諦めることにした。もう二度とこのコンビニで立ち読みすることは出来ないだろう。少しだけ苦い気持ちになったのであった。そんなモノローグを語ってはいるが、一向に雨は止みそうにない。それよか、強まっている様にも見える。しかし、残酷な事に傘立てに入れてあった傘は無くなっていた。盗んでもバレなさそうなビニール傘だったからなのか俺のだけが無くなっている。店にも、もう傘の予備は無かった。
「……傘」
名残惜しい訳じゃない。俺は、買ったばかりの漫画が濡れるのが嫌なのだ。誰であってもそうだろう。買ったばかりの漫画を眺めながら帰り道はウキウキして帰る筈だ。それは雨の日だって変わらない。だが、俺は既に立ち読みをして内容を知っている。
「帰るか」
ジャージの下に漫画を仕込むと、俺は雨の中を果敢に突っ込んでいった。ジャージに染み込む水が漫画に付かないように強く抱え込み、水溜まりを上手く避けていく。すると、道の真ん中を大きな水溜まりをが目の前を塞ぐ。しかし、俺は止まらない。敢えて、避けない。そして、勢い良く助走を付け、飛脚を……決める!
そのまま道路に飛び出した。横を見ると、甲高いブレーキ音が目の前に迫って来ている。駄目だ。これは、助からない。水溜まりなんか避けてけば良かった。立ち読みしなければ死なずに済んだ。これも、俺が調子に乗ったから。それからそれから。
あ、終わった。そう俺は確信した。何て言ったって、方向転換するにも俺はまだ道路に足を付けてない。避けられない。それに、俺運動音痴だから、足付いても関係ないや。俺は、超人なんかじゃないんだから。トラックのあんちゃんもごめんよ。滅茶苦茶焦ってるのが見える。
「もう、ぶつか……ごぼっ」
足が付いくと、そのまま俺は水溜まりの中へと落ちていった。そこだけ、落とし穴かプールがあったのかなんの抵抗も無く、どぷんと飲み込まれた。どっきりだったなら、3カメ位繰り返されていることだろう。いやいや、道路の真ん中に落とし穴って性格悪すぎだろ。
「ごぼごぼごぼごぼっ」
もがけども水面(道路)には戻ることが出来ず息も吸えない。本当にここは水の中のようだ。俺は、どんどんと底へと沈んでいく。事故死ルートは免れたが、水溜まりで溺死ルートに突入してしまっている。何を間違えれば。そんなショボいバットエンドに行くと言うのだ。心のつっこみをしながら、俺の意識は段々と薄らいでいく。今度こそ本当に死ぬようだ。せめて、死ぬ前に可愛い子とちょっといい思いをしたかったぜ。意識が薄れ行く中、水面からは光が差し込んでいるのが見えた。畜生、今になって晴れやがった。