4話 Change The World
「……は?」
何言ってるんだこいつ。まぁ知識として、男性を好きになる男性がいるのは知っている。俺はまだそのような人々に会ったことがないためイマイチよくわからないのだが、それにしてもこれはおかしいだろ。初対面でまだ名前さえ知らないような人に、朝の挨拶みたいな感じて告白してきやがった。
「いや〜、ごめんね。今ちょっとしたゲームしてるんだけどそれで貧乏くじ引いちゃって、次来た人に告白するってやつ」
「……」
それで俺に「俺の彼女になってください」なんて言ったのか。なんか嫌だな。その言葉は面白半分で口に出しちゃダメでしょうに。
「ほんとは俺も嫌だったんだけどさ、なんか成り行きでそうなっちゃったんだよ。あ、そうだ! 君も一緒にどう? 名前なんだっけ?」
あぁ、嫌悪感しかない。黙らないかな、こいつ。
「俺の名前は刻紋静貴です。だけどそのゲームには参加しないでおこうかな、俺は君みたいに勇気ないからね」
丁寧に接する、と決めたけどこういうやつには丁寧じゃ無くても良いかもしれないな、そう思いながらも、今の自分の返事にも嫌気がさす。
こいつが持っている勇気は仮初めのものだ。しかしそのこじれた虚栄心の産物を、俺は丁寧に対応しようとすべく「勇気」と表現してしまった。いくら丁寧に対応することの積み重ねで人間関係ができあがるとしても、人に合わせるだけじゃ孤高になんかなれやしない。
はぁ、前途多難だなこれは。
そう思いながら窓際の1番後ろの席に座る。なぜその席なのかって? 決まってるだろ、雰囲気だよ雰囲気。だいたいお話の主人公はこの席に座ってることが多いだろ? しかも今俺は偶然にもアンニュイな感じだ。ちょっと落ち込んでる感じの男の子が窓際の席でため息を吐いている、なんてありがちなシチュエーションに束の間だけど浸ろうと考えたって良いじゃ無いか。なにより、まず何かを始める時に形から入るとうまく行くと聞いたことがあるしな。
「あ、あの……」
さらにこの席は晴れになると授業中にも関わらず日向ぼっこが出来るんだ。高校の授業で今のところは寝るつもりはないが、昼休みなんかに日光にあたりながら寝るなんて出来たら最高じゃないか。
「おーい、おーい」
もっと言ってしまうと……ってまた誰かが話しかけてきているな。まだまだ窓際1番後ろの席の素晴らしさについて語りきれていないのだが、ここはちゃんと対応しないと。でも内容はなんだろうな。座席順が事前に決まってる、なんていう初歩的かつありがちなミスは俺は犯さない。しっかりと確認済みだ。あと考えられるのはさっきのゲームの勧誘なのだが、いくらどんなに可愛い女の子だったとしても、絶対に参加しない。さっき決意を固めたばかりだ。
「ん? どうしたの?」
そう言いながら初めて、話しかけてきた声の主を見る。
プラチナブランドの髪に黒が混ざったような青い眼、そしてその間に通る美しい鼻筋と形の整った鼻があり、桃色の唇がそれらに対して絶妙な距離で付いている。
スウェーデン系とかデンマーク系とかの人なのかな、日本じゃ絶対に見ないような顔だ。もちろん創作物を除いて。
……それにしてもめちゃくちゃかわいい、というかもはや美しいな。彼女となら一緒にゲームしても全く問題ないぞ。
「あなたの名前は刻紋静貴?」
「うん」
「そっか」
「そうだよ」
そして彼女はニコリと微笑んで満足そうに立ち去っていった。
――それだけを言いにきたの? え? どうして? なんで?
彼女、結局俺の名前だけ聞いて教室を出て行った。目的は不明。俺の名前を聞いた理由も不明。彼女の出自も不明。なにもかも不明。なにこれ意味わからねぇ。
あれ、こんな感じで訳わかんない現象、今朝にもなかったっけ? まぁいいっか。
可愛い子とお近づきになれなかったのはすごく残念だけど、あのレベルの美人さんならもう俺なんかより、身も心もカッコいい彼氏がいるんだろうな。高嶺の花は眺めるだけで満足だ。
そうしてようやく俺は一息をつけた。モブ男からのゲームの勧誘は無くなったし謎の美少女はまるで嵐のように過ぎ去った。まぁ心配しなくとも彼女がどこのクラスに配属されたのか、そう時間も経たないうちに噂になるだろうし今はまだ焦る時じゃ無いな。
そしてふと外を見る。まだ寒さが抜けきれてない中、それでも草木は芽吹き新学期特有の匂いを乗せた風が吹く。ビルは倒壊し窓ガラスは割れ、ドミノ倒しのように他の建物にも被害が及ぶ。街の中には新入生らしい艶やかなランドセルや新品同然の制服、スーツをぎこちなく着て街中をせわしなく歩き回り、またあるところではもうすっかり荒廃した都市みたいな場所で他に何を壊そうとしているのか、所々で爆発のような衝撃が断続的に続いている。秩序などない、まさに混沌とした光景。
どうやら疲れているようだ、というこの便利なフレーズもそろそろ飽きるくらい使った。そろそろ認めた方がいいかもな
――世界の何かが変わっているということに――
まばたきの度に世界が変わっている。平和な、清々しい朝を迎えている今まで見てきたような光景と、戦闘と殺戮、破壊を繰り返してきたかのような、まさに「世紀末」と呼べる光景が交互に俺の目に飛び込んでくる。
目を閉じよう。
そうすればまばたきなんかする必要もなくなるからな、後は眼科なり精神科なりに行って診てもらえばいいんだ。入学初日に早退なんて馬鹿にされるかもしれないがそれしかない。そう簡単に世界が変わってたまるかよ。
目を閉じて暗闇を見る。すぐ近くで今まで経験したことの無いような爆発音と振動がした。未だに世紀末のようだ。
目を開ける。大きなビルがこっちに向かって勢いよく転がってくるのが見えた。
いや、これどういう状況だよ。ビルたるものそう簡単に転がっちゃあいかんでしょう、というかビルが転がってきて避けれる訳ないっての。早く元の世界に視界を戻さないと死んじゃうな。
まばたきをする。あれ、変わんないじゃん。
じゃあもう一回。あれ、変わんない。
もう一回、もう一回、もう一回……
「なんで目をパチパチしてるの?」
「いや、僕が元いた世界に戻ろうと思って」
「元いた世界ってここじゃないの?」
「違う違う、ここよりも空気が美味しくて平和に暮らせて、安心できるところだよ」
「じゃあなんでここにいるんだろうね」
「それは僕が知りたいよ」
――高嶺の花子さん。
世紀末の世界から抜けられず、転がっているビルの下敷きになるまでもう少し、って時に先ほどの美女がまた声をかけてきた。普通なら彼女がいきなり視界に現れたら驚くのだろうけど、不思議なほど全然驚かなかった。それにもう死ぬってわかってるからなのかな、自分は絶対に潰されるのに全く怖く無い。よく言うと死を受け入れ、悪く言うと生を諦めた。普通に会話ができてしまう。
「なんで君はここにいるの?」
高嶺の花子さんに聞く。
「あなたがここにいるから」
「でもここにいると死んじゃうよ」
「私はここにいても死なないわ」
「そっか。じゃあね」
よく「1分後に世界が滅びるとします、あなたは何をしますか? ちなみに滅びるまでの1分間ではなんでも出来ると仮定してください」なんて言うくだらない質問をされることがある。大体の人は犯罪を犯したい、貯めた貯金を全部使いたい、美味しい食事を食べたい、家族と一緒にいたいなどという答えを出すのだが、俺の答えはちょっと変わったものだった。「死ぬのを覚悟の上で思い切った事をしたい」というもの。
どうせ死ぬんだ。だったら普段なら出来ない事をしちゃおうぜ。
ビルが、死という結果が、もうすぐそこまできている。彼女はここにいても死なないらしい。ならすることは一つだな。
俺はおもむろにビルに向かって手を伸ばし、そしてこう叫んだ。まるで超能力で敵をなぎ倒すような内容の本に出てくるような、公共の場でこんな事を言ったら通報されてしまうようなイタいセリフで、昔どこかで見たような戦隊モノの変身ポーズを加えながら。
「Change The World!」
イタいセリフかもしれないけど、一度は言ってみたいですよね
……ですよね?