情報技術部
イツキは大河を連れて「情報技術部」にやってきた。
部室は、二列並ぶ校舎の北側三階にあるネットワーク管理室の隣にある。東高のITシステムの中枢といってもいい、システム制御管理室もすぐ近くにある。この部室は、元はネットワーク管理室の準備室を転用したものだ。
学校や役所などの公共施設には、必ずネットワーク管理員という人がいる。
この人たちがその施設のネットワークを制御監視している。東高にもネットワーク管理室に常時二人の管理員がいるのだが、管理員は様々な人がやっている。
例えば、今の時間に業務についてるのは、岡山県が派遣している専門の職員だが、十七時以降は、民間業者からの派遣や地元の技術者などがパートタイマーで、日替わりで業務についている。
大河が世話になっている、高村修平も時々バイトでやっていたりするのだ。
「ここだよ。――失礼します」
イツキはそう言って、ガラガラと音のする部屋の引き戸を開けた。
こういった教室の出入り口は、近年は自動ドアの学校が増えている。しかし県立高校であり、そもそも校舎自体が大分古い東高は、まだ自動ドアは一部しかない。そもそも学校側は、「ハッキング技術が進んでいる今日では、こういうアナログな設備の方が、いざという時にかえって信頼できる」という、無茶な理由で後回しにされていた。まあ、言わんとすることは理解できなくもないが……。
お金をかければいくらでもセキュリティは高くなる。しかし、税金から予算が出されるこの東高は、私立学校に比べてお金をかけられないのだ。実際、東高より一、二キロ北の方に成明学園という私立高校があるが、ここは科学技術関連に力を入れていることもあって、校舎も未来的で最新技術を惜しみなく投入している。こんな高校が近くにあるのだから、余計に東高がボロく見える。
静かな中でごく小さな機械音が唸っている室内に、一人の少女がいた。机の上に鎮座するパソコン画面の前で、気難しい顔つきで向き合っている。少女は同級生――いや、雰囲気は明らかに年上……先輩だ。その二年生か三年生と思われる少女が、横目でチラリとイツキの顔を見るなり、
「来たわね、イツキ。昨日の続き行くわよ」
と無愛想な表情で言った。
「あ、はい。――あの、先輩」
「何?」
「あの、僕のクラスに転校生が来たんですけど……部活を見学したいって」
イツキはそう言って、後ろにいた大河を紹介しようとした。
「えっ、そうなの? 誰、どんな子? 初めまして、ようこそ我が情報技術部へ!」
イツキが見学者を連れて来たと聞くなり、席を立ってイツキたちの方を向いた。先ほどの表情が嘘のように明るくなって、歓迎する少女。
「私が部長の椎名ミユキよ」
椎名ミユキと名乗った少女は、満面の笑みだ。
大河は、イツキを後ろから押しのけるように、勢いよく前に出てきた。
「俺、葛城大河です! よろしく!」
「葛城くんね。――それで、ねえ、葛城くん。ABSは操縦したことある?」
「いや、ないっす」
即答する大河。ミユキは、少し残念そうな顔をしたような気もしたが、そんなことを気にしてもしょうがないとも考えているようだ。
「そう。でも操縦は慣れたら簡単よ。そうしたら、ワールドの中を思うがままに冒険できるの。それに、備品でもABSはあるから、今すぐに用意しなくても問題ないわ」
「ABSで冒険するんですか? 俺、あんまりよくわかんなくって……」
「そうよ。ワールドってわかっていない部分が多いの。そんな未知の世界を探検するのよ。楽しそうでしょ」
部員を増やしたいのであろう、ミユキは楽しそうな部分を強調して勧誘……いや、説明している。
「へぇ、なんかすごそうだな」
大河は少し乗り気のようだ。確かに「未知の世界を冒険する」などと言われると、TVゲームのRPGみたいでワクワクするものがある。
ふいにイツキが横から声をかけた。
「実際、楽しいよ。ABSの操作は難しくても、それが楽しいんだ」
「ABSって難しいのか? それはちょっとなぁ……」
大河が難色を示すと、すかさずミユキが、「イツキ! あんたは余計なことを言わないの!」とたしなめた。素人に「難しい」など御法度でしょうが! ということのようだ。
「す、すいません……」
イツキは慌てて口をつぐんだ。
「すぐ慣れるわ。というか、難しく考える必要なんてないわよ。感覚で操作するようなものだし。やろうと思えば小学生でも自由自在に操れるものよ。それに、細かいことはAIがしてくれるわ。結果的には簡単なものなの」
ミユキの言うことは都合がよすぎる気がするが、実際には、あながち間違ってもいなかった。ABSは人と同じような動きをするため、複雑な動きを制御するのは難しそうに感じるが、操作系機器の使い方を覚えていれば、細かい部分はAIが補完してくれる。AIは操縦の癖などを学習し、慣れれば慣れるほど思い通りに直感的かつ無意識に操れる。
「よかったら、ちょっとやってみる? きっと楽しいわよ」
「そうかな……じゃ、ちょっとやってみようかな」
そこまで言われて、段々とやってみたくなったようだ。