転校生
東高一年四組の教室は、いつもよりざわついていた。それもそのはず、今日は転校生がやってくるのだ。
数日前に担任教師が予告していた。どうやら男子だという。クラスの女子は、どんな子がやってくるのか、イケメンだったらいいな、などと親しいもの同士で盛り上がっていた。
一方、男子はまったく気にしていなかった。やっぱり、女子でないならどうでもいい、という考えに至っているようだ。
そんな賑やかな雰囲気の教室で、窓際の目立たない席に座って、雑誌を読んでいる少年がいる。まだあどけなさが残るこの少年は、そんな騒ついた教室の様子などまったく意に介さず、ただ楽しそうに雑誌を眺め、そしてページをめくった。そんな様子に気がついて、彼のクラスメートが近寄ってきた。
「なあ、イツキ。また読んでんのか? その「月刊ABS」とかいう雑誌」
「そうだよ。毎月の楽しみなんだ」
それを聞いたクラスメートの少年は、少々呆れ気味につぶやいた。
「お前も好きだよなあ、ABSってそんなに楽しいのか?」
「楽しいよ。とってもね」
イツキは満面の笑みで、友人に宣言した。
「はぁい、みんなぁ。先日も予告したけど、今日このクラスに転校生がやって来ました!」
一年四組の担任、鈴原エミは、いつもの軽い調子で転校生のことを話し始めた。鈴原エミは、まだ高校教師になって二年目の若い女性教師だ。明るい性格で、なかなかの美人であることもあって、生徒の人気は高い。だが少々、ちゃらんぽらんなところがあるのが欠点だ。
「さあ、入ってらっしゃい」
鈴原が教室の外に向かって言うと、転校生が入ってきた。しかしイツキにとって、そんなことは興味の外にあるようで、雑誌の内容を頭の中に思い浮かべながら、色々と想像してニヤニヤしていた。
ふと視線が教壇の方を向いた時、転校生を見たイツキは驚いた。
「ああっ!」
思わず大きな声を出してしまった。それもそのはず、転校生は駅でぶつかった、あの少年だったのだ。一斉に教室中の視線を集めた。そのことに気がついて、慌てて口をつぐんだ。そして、恥ずかしくなって視線を落とした。
そんなイツキの様子を不思議そうに見ていた転校生――大河は少し間を置いた後、駅でのことを思い出した。
「うん? あ、お前は――駅のアイツじゃないか」
「あら、葛城くんと霧島くんは、お知り合い?」
お互いの顔を交互に見ながら言った。
「この間、駅でぶつかっちゃってさ。あいつ、随分急いでいたけど……」
大河はその場で、駅でのことを説明した。ふん、ふん、と興味深そうに聞いていたが、すぐに別段大した話ではないと判断したらしく、
「あら、そうなの。まあいいわ、それはそうとして、きみの席はあそこよ。さあ、席についてホームルーム始めましょ」
と言って、すぐにきりあげてしまった。
ホームルームが終わり、一時間目まで少し時間がある。大河は早速イツキの前にやってきた。
その様子に、イツキがやっぱり何かしたんじゃないかと、周囲のクラスメートたちに緊張が走った。また、イツキも何事かと心配したようだ。
しかしそんな周りの思惑などお構いなく、大河はニコニコしながらイツキに声をかける。
「ようっ! えっと――なんてったっけ?」
「き、霧島イツキだよ。……あの、この前はごめん。急いでいたんだ」
「そうそう、霧島だった。駅のは別に気にしてないし、どうでもいいぜ。よろしくな。俺は葛城大河だ。大河でいいぜ!」
「あ、うん。僕もイツキでいいよ」
イツキは、大河が意外と友好的な人物だったので安心した。もし粗暴ですぐに手が出るような輩だったら、高校生活も地獄と化すに違いないとハラハラしていたのだ。
そう言っていたところでチャイムが鳴った。ガヤガヤと騒がしかった教室は、あっという間に静かになった。
その後、大河はイツキと親しくなった。温厚なイツキは色々と学校のことを教えてくれた。また、昼休みに隣のクラスの真奈美がやってきて、放課後に夕飯の買い物を手伝って欲しいと言ってきた。「任せろ!」と自信を持って答えた。
そして放課後。
「なあ、イツキ。お前、部活はどこに入ってんの?」
この東高は、部活動はそこそこ盛んな学校だ。運動部から文化部まで様々あり、生徒の八割以上が何らかの部活動をやっている。大河もどれかに入部するつもりでいる。
「僕? 僕は……情報技術部だけど」
イツキは答えた。あまり聞きなれない名前のクラブに、大河は首を傾げた。
「情報技術部、って……なんだそれ?」
「うぅん、名前だけ聞いたら、なんだろうって思うかもしれないけど、要するにコンピュータ関係のクラブなんだ。南高なんかだと、コンピュータ研究部っていう名前だったと思うけど、活動内容は同じなんだ。昔は単にパソコンをいじって、それで――」
「いや、ますますわかんねえ――てか、ちょっと待った」
饒舌に喋りはじめるイツキに、少し焦って待ったをかけた。
「ああ、ゴメン。……大河くん、『ワールド』ってわかるよね?」
「ああ、もちろんだ。それを知らないわけがないだろ——」
ワールドは、この世界にとって、避けては通れないものだ。ネットワークは今やワールドに置き換えられており、ネットワークを利用するには、ワールド内においてアクセスポイントを確保しておかなくてはならない。
これがあまりできていない大河の住んでいた備前市などは、まともに使うことができず、非常に不便な状態にあった。
「――もしかして、イツキは『ABS』を操縦してんのか?」
それを聞いたイツキは得意そうに満面の笑みを作ると、
「そうだよ。それが僕らの活動内容でもあるんだ。ABSで、ワールド内の探査や、ウイルスを退治したりね」
と嬉しそうに語った。
「へえ、そりゃすげぇな。なあ、俺もちょっと見に行ってもいいか?」
大河は何だか興味が湧いてきたようだった。そういえば、真奈美もABSのプログラムか何かをやっていた。それも関係したのかもしれない。
「うん、もちろんいいよ。入部までしてくれたら、もっといいんだけど」
「入部かぁ……まあ、それはちょっと見てからじゃないとな」