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ABS

「真奈美――」

 大河が部屋のドアをノックすると、中から「はぁい、どうぞ」と返事が帰ってきた。ドアを開けて中に入ると、奥にある机で真奈美が何かをやっていた。よく見るとパソコンを使っているようだ。

「どうしたの?」

「ああ、俺のスマートフォンさ、バッテリー切れ寸前で……充電器、もしかしたら持ってくるの忘れたかもしれないんだ。悪いけど貸してくれない?」

「そうなの? ――ちょうどいいわ、古いの持ってるの。これでよかったら持っていっていいよ」

 真奈美はそう言って、机の引き出しから充電器を取り出して、大河に渡した。手のひらサイズの四角い薄い板だ。それにケーブルとコンセントが付いている。四角い板の上にスマートフォンを置いて充電する、非接触型のいわゆるワイヤレス給電のごく一般的なものだ。もうケーブルを直接挿して充電やデータのやり取りをするものは滅多に見かけない。

「いやぁ、ありがとな。……そういや、何やってんだ? 随分真剣にやってたみたいだけど」

 充電器を手に取った時、ふと真奈美が使っているパソコンの画面が見えた。

「これ? ――これはね、『ABS』よ」

 真奈美はそう言ってパソコンの前から体をかわすと、大河に画面に映し出された人型ロボットを見せた。

 ――ABS――『アドバンスド・ビットソルジャー』という。ネットワーク総合管理AIシステム「マザー」によって、世界のネットワークが作り変えられた世界『ワールド』内にて、人類のネット利用を妨害しようとするウイルスと激しい戦闘を続けている、人型形状の多目的ロボットだ。

 これはもちろんデータであり、実際に触れるものではない。しかし人類は、ワールドの中においては、このABSなしにはウイルスに対抗することなどできないし、そもそも活動すること自体ができない。

「ABS? って、ああ、あれか……ワールドでウイルスと戦っている……って、真奈美はABSを使えるのか?」

「ううん、私はABSのオペレーターじゃないわ。操縦はしないの。プログラムの改良や、カスタムをやっているだけ」

「へぇ、すげえな。真奈美ってそんなことまでできるのか」

 大河は素直に感心した。悪者たる『ウイルス』と戦う、正義の味方『ABS』に少なからず関わっているということは、大河にとって、とてもすごいことだった。

 大河はABSにほとんど関わったことがない。父はネット関連やABSに関係する研究の仕事をしていたのだが、大河は小さい頃からコンピュータに向き合うよりは、外で走り回る方が好きな性格だったので、ABSはもちろんのことコンピュータだのネットだのといったこと自体にあまり関心がなかった。

 小さい時に父に教えてもらって、ABSを操作したこともあったが、前述のこともあって、すぐに興味は薄れていった。

「そんなことないよ。こんなの、やろうと思ったら誰でもできるのよ。――お父さんがね、プログラマーをやっているでしょ。だから私も将来、プログラマーなんてできたらなあって思って」

 真奈美の父、修平はフリーのプログラマーだが、基本的にABS関連のものを仕事にしていた。

 ちなみにこの高村修平もかなり名の知れたプログラマーで、これまでに数多くのものを生み出し、世界的に知られている人物だ。

 真奈美は大河とは反対に、そんな父の姿を見て、いつの間にか興味を持っていたようだ。

「やっぱり真奈美はすごいな。ちゃんと目標とかあるんだ」

「そんな大げさなものじゃないの。でもね、お父さんの仕事に憧れもあるんだ」

 真奈美はそう言って、少し照れ臭そうに微笑んだ。


 ――ABSか。

 自室に戻った大河は、荷物を放ったままベッドに転がると、先ほどの真奈美のパソコン画面を思い出していた。

 ――あれは、なんていうABSなんだろうか。

 大河はABSには詳しくない。現在、世界中のメーカーから、多数のABSが開発され、そして販売されている。日本にも複数のメーカーがある。ABS本体だけではなく、武器やオプションなども含めたら、数えきれないくらいあるのだ。

「ま、いっか……」

 大河は目を瞑って、しばらく無心になった。同時に疲れもあったのだろう。すぐに深い眠りに落ちていった。



「だぁあぁぁ! やっべぇ!」

 大慌てで部屋を飛び出すと、服もまともに着ていないのに駆け出した。

 今日から学校だ。初日だし、絶対遅刻しないようにと心に決めて、目覚ましを修平から二つも借りてセットしていたにも関わらず、不味い時間に起きてしまった。いや、正確には起こされたと行ったほうがいい。

 起きる予定の時間に、真奈美が起こしに来てくれたにも関わらず、どんなにしても起きないし、真奈美は父を呼んできて一緒に起こそうと様々にやってみたが、結局起きない。どうしようもなく、「もう諦めようか」と言った修平に真奈美がそれに反対した、その時にようやく起きたのだった。

「大河くん、走って!」

 早朝の住宅街を駆けていく真奈美は、すぐ後ろを走る大河に急ぐように言った。マンションは学校から近く、歩いて十分程度だ。真奈美はいつも自転車を使わず、徒歩で通学している。

「ま、待って――くれぇ!」

 元々体力には自信がある大河だが、朝一番からいきなり全力で走って登校は結構辛い。それにしても、前を走る真奈美は大して辛そうでもない。頭ではどう考えても負けそうだが、まさか体力でも……と思うと少し悲しくなった。しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「急げばまだ間に合うわ。早く!」

 真奈美はどうやら、まだ余裕のようだ。


 岡山県岡山市中区。ここに「岡山県立東高等学校」という高校がある。大河が通うことになった学校だ。岡山県東部の備前市にある県立備前高校から、この東高の一年四組に転校してきた。

 この東高は、岡山市の中心部から見て東側の、旭川の向こう側にある。

 二、三十年前にこれまでの内部はコンクリート製の美術館だった天守閣が展示品がよそに移り、現役当時の木造天守閣を再現した、立派な城が戻ってきた岡山城が近い場所にあり、都市部とはいえ少し歩けば緑のある土地だ。

「大丈夫、間に合ったわ!」

 一足先に校門に到着した真奈美は、少し遅れて到着した大河に笑顔で声をかけた。

「――まさか、転校して第一日目から全速力で走らされようとは……」

 肩で息をしている大河の手をとって「さあ、早く。間に合ったっていっても、ここでのんびりしてたら結局遅刻しちゃうわ」と言って微笑んだ。

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