幼馴染との再会
「え? あ、ああ――俺の方こそよく見てなくて……」
意外な声に狼狽した大河は、なぜか少し恐縮して声の方を見ると、そこにはまた自分と同じくらいの年齢であろう少女が慌てた様子でこちらを見ていた。
しかし少女は、大河の姿をみるなり「あっ」と少し驚いた様子でいる。
「……え? どうしたんだ?」
大河は、少女の様子がちょっと違うことに気がついた。
「……あの、葛城大河……くん?」
少女はこちらの様子を伺うような表情で、控えめな声で尋ねた。少女の長く艶やかな髪が風に揺れた。その瞬間、大河の時間が止まったような気がした。
「……あ、ああ。そうだけど――あれ? なんで俺の名前を知ってんの? ……まさか」
「うん。私――高村真奈美です。大河くんを迎えに来たの」
真奈美と名乗った少女は、嬉しさと照れくささが入り混じった複雑な表情で微笑んでいる。大河は驚き、一瞬声がでなかった。
ひと呼吸置いて、確認を取るかのようにゆっくりと声を出した。
「迎えに? 高村って……修平おじさんの? まさか真奈美って、あの真奈美?」
「――うん。大河くん、久しぶりだね」
高村真奈美――大河の幼馴染だった。
実は大河は、小学校低学年くらいまでの小さい頃、この辺りに住んでいた。その後、父の仕事の事情で備前市に引っ越したが、大河はまた懐かしい街で、真奈美の家に厄介になることになった。
大河は一歩前に出ると、やはり照れくさそうに答えた。
「ほんと、久しぶりだよな。正直、あんまり覚えていないけどさ、懐かしい感じするよ」
「小学二年生の時だったよね。七年か八年くらい前だったかな」
「そうだったと思う。あははっ、いやあ懐かしいな!」
大河はおもむろに手を差し出した。真奈美はその手を握って、久しぶりの再会を握手で祝った。
大河と真奈美が家に向かおうと歩き出したその時、真奈美がふと足元をみて急にしゃがみこむと、そこに落ちていた小さなカードを手に取った。
「あ、それは――」
大河はそう言って、ポケットの中に手を突っ込んで、入っているはずのメモリーカードを探した。しかし、予想通りなかった。
「これは大河くんのカード?」
「ああ、親父が残してたんだ。何が入っているのか全然わからないんだけどな。真奈美は中を見れるか?」
「うぅん……どうだろう? 多分プロテクトがかかっているのだろうし、ベースデータは閲覧できても――家に帰ってじゃないと無理かもしれないわ」
真奈美はそう言いながら、自身のスマートフォンに備えられたセンサーにメモリーカードを近づけた。スマートフォンが反応し、すぐに画面に何かのデータが表示された。
この頃のスマートフォンには、カメラとセットになった複合センサーが備わっており、様々なものの読み取りセンサーとしての機能がある。例えばこのメモリーカードだと、特に保護されていない基礎情報はカードを接続することなく、こういったスマートフォンのセンサーに読ませるだけで、自由に読み取ることができる。
「KENYA KATSURAGI——おじさまの名前ね。パスワードが設定してあるね」
真奈美は、自分のスマートフォンの画面を大河に見せながら言った。
「ああ、そうなんだ。それなんだけどさ、まったくわかんねえんだよな。母ちゃんも試して見たらしいんだけど……まあ、忙しいからな」
「そうなの……。でも、とにかくこれは、おじさまの形見なのね」
「まあ、そういうこったな」
このメモリーカードは、大河の父である葛城賢也が、病気が悪化しもう長くないと悟った後、「大河にやってくれ」と言って妻である葛城美奈子に渡されたものだった。
葛城賢也は、ネットワークに関する技術において、著名かつ優れた研究者だった。プライベートなものらしいので、仕事の関連するものは入っているわけはないだろうが、一体何のデータが入っているのかは不明だった。
何十年か前から、データのやり取りはクラウドや無線通信の受け渡しが当たり前になっていた。
が、それでもこう言ったデータ用カードは消えなかった。
やはり、いくらデータとはいえ、手に取れる形でのやりとりは必要と考える人は多かった。マザーの反乱により、ネットワークが不安定になったのもかなり大きい。メモリーカードによるデータのやり取りだと、ネットは関係ないからだ。
大河は真奈美からメモリーカードを渡されると、それをポケットに仕舞った。
「大事なものでしょ。もう落とさないでね。——それじゃあ、行きましょ」
大河は「おう!」と意気揚々と答えると、足取りも軽やかに歩き出した。
大河の父、葛城賢也は去年の秋に亡くなっていた。
以前は岡山市内に住んでいたが、勤め先の国立科学技術研究所の岡山研究室が、岡山県東部の備前市に作られたのをきっかけに、そちらに引っ越した。
葛城賢也はワールドやウイルスに関する研究をしている、情報工学の博士だ。この分野において知名度は高く、テレビや新聞にも何度か出てきたことがある。
母、美奈子もネットワーク関連の研究機関に所属する研究者で、彼女も優れた研究者として知られていた。
以前から海外の機関から誘いを受けることが多かったが、二、三年前に夫が体調を崩して以降は研究から遠ざかっていた。しかし今年の初めにアメリカの研究機関から誘われて、三月から単身赴任している。
夫の死後、春に高校生になる息子をどうするかで色々考えた末、古くからの友人宅で大河を預かってもらうことになった。
それで、その友人の家のあるこの街にやって来たのだ。