風来坊とトーマス
「それじゃ出発よ」
ミユキの号令で、フェンリルなど三機のABSを乗せた東高キャリアは走り出す。
「先輩、今日はどの辺に向かうんですか?」
イツキは聞いた。いつも同じところへ向かうとは限らない。大河に経験を積ませるためにあちこちをローテーションでまわっている。真夜中峠ばかりではない。西へ東へ、北へ南へ。
「今日はホテルよ。二階のあの通路の先を行きましょ」
「二階の……って、あの通路ですか?」
イツキは意外に思った。ミユキの言う「あの通路」と言うのは、あの化け物が現れて慌てて退却した、自分たちが発見したエリアのことだ。
奥部がどうなっているか、ウイルスはどのくらいいるのか、情報がない上に自分たちの三機しかない戦力では、とても難しいと考えていた。
「そう。久しく行っていないけど、どこもまだ攻略したという話はないわ。もっともラージニードルがいるってわかってたら、そう簡単には近づかないでしょうけど」
ミユキの声は沈んでいる。それほどにラージニードルというウイルスは危険だった。
以前はいきなり遭遇したが、注意していれば避けながら奥を調べられるかもしれない。大河も大分慣れてきたし、安全面に注意して慎重に進められれば、そろそろいいかもしれないと考えていた。
「へえ、そのラージニードルってやつは強いのか?」
大河はなんだか興味が湧いてきたようだ。
「強いなんてものじゃないよ。正直なところ僕たちだけじゃ歯が立たないし、何もできずに逃げるのがオチになりそう」
「そんなにかよ、ラージニードルとか言うのは」
イツキの言葉に驚き、相当に手強いウイルスだと感じたようだ。
しかし見たこともないウイルスなど想像しても、いまいちピンとこない。
「ま、どんな相手だろうが、俺とフェンリルのコンビの前には敵じゃねえって」
調子に乗ったことを言う大河に、ミユキは、――ちょっとこれは問題か。早まったか……と感じ始めていた。
いつもの道を通って、今日もホテルにやって来た。
相変わらず空は青いのに、自分たちの周辺は薄暗い鬱蒼とした場所だ。建屋のあちこちが壊れ、まるで廃墟のようなこのホテルは、今日も変わらず不気味な雰囲気を漂わせていた。
「先客がいるよ。なんだか、結構いるね」
トーコはディスプレイを見て言った。
ホテルの建屋から少し離れたところに二台のキャリアが止まっており、その周囲に七、八機ほどのABSが見える。
「どこのやつらだ? また南高のやつらじゃねえだろうな」
大河もあれ以来、相当に南高を毛嫌いしているようだ。
「あれは学生じゃないと思う。どこだろう? ホライゾンとか?」
イツキが言った。しかし、ミユキはそれぞれのキャリアに見覚えがあったので、どのチームがわかったようだ。
「違うわね、あれは……風来坊じゃないの。それにトーマスがいるわ」
『チーム風来坊』と『チーム・トーマス』。どちらも岡山県でワールド探索をやっている民間チームだ。
チーム風来坊。このチームは岡山市内を拠点に県内外を問わず、あちこちのワールドに突然やってくる気まぐれなチームだった。
チームリーダーの田沢俊樹も、気まぐれで行き当たりばったりをモットーに、メンバーとともに今日は南へ明日は西へ、来週は北へ翌週は東へ、という、まさに風来坊というチーム名の通りに活動している。
戦うことも探索することも大して実績のない趣味のチームではあるが、田沢はとても顔が広く多くの知人をもっている。
なので、他では聞けない情報を持ってたりして、意外と他所からも一目置かれている。
「どうも、田沢さん。こんにちは」
ミユキは、キャリアが側までやって来たのをきっかけに声をかけた。田沢は少々厳つく見える容姿とは裏腹に、普段通りの気の抜けた口調で返事した。
「いやあ、ミユキちゃかい。久しぶりだねえ。元気してたぁ?」
「ええ、一応部員も増えましたし、まだまだこれからですよ」
「へぇ、じゃあ今は……三人かい? おっと、トーコちゃんがいるから四人だったねぇ」
「私は部員じゃないよ。田沢のおっちゃん」
「あはは、トーコちゃん。僕はまだ二十代だぜ、おっちゃんはキッツいなぁ」
「ごめんね、おっちゃん」
しかし、トーコは呼び方を変えるつもりはないようだ。ミユキは苦笑いした。
そこへ、チーム・トーマスの武井斗真が割り込んできた。
「バカ話はそこまでにして……東高の期待のルーキーは、その見慣れないABSかい?」
武井は、東高のキャリアに見たことがないABSが搭載されているのに気がついたようだ。それはもちろん、大河のフェンリルだ。
「俺、葛城大河っていうんだ。よろしく!」
大河は、画面に向かってピースサインとともに自己紹介した。
「こいつは元気のいい新人だな。葛城くんというのか。よろしく、僕はチーム・トーマスの武井だ」
武井の自己紹介に続いて、田沢も名乗る。
「僕はチーム風来坊の田沢だよん」
続いてチームメンバーの自己紹介が始まって、それから各自談笑が始まった。
「それにしても君、珍しいABSだねえ」
田沢は、大河のフェンリルを見ている。田沢の知りうる範囲には該当するモデルは思い浮かばない。
「これは、フェンリルっていうんだ。父さんが作ったんだぜ」
「へぇ、そりゃ驚いた。オリジナルかい? 君のお父さんは相当なプログラマーだねえ」
一般的にオリジナルというのは珍しい。
ABSは非常に精密なプログラムで完成している。カスタム程度は簡単だし誰でもやることだが、機体そのものをオリジナルを作り上げるのは、かなり専門の技術や知識が必要で、誰でもできるものではない。それに時間もかかるだろう。
田沢はフェンリルのオープンデータを興味深く眺めながら、大河に色々と質問している。それを武井が「いい加減にして、さっさと行こうぜ」と急かした。




