葛城大河
西暦二〇八七年五月五日
乗客もまばらなリニアモーターカーの車内は、騒がしい人もおらず平穏に包まれていた。
日曜日の午後。高校生になったばかりの少年は、窓の外を眺めながら、これから向かう目的地へ思いを馳せていた。
彼の名は葛城大河という。住んでいた岡山県備前市からリニアに乗って、目的地の最寄駅である岡山市内の原尾島駅に向かっていた。
何となく、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出すとホームボタンを押して時刻を確認した。そして、時計の隣に表示された周辺の電波状況を見た。十段階でレベル六の表示になっている。この辺りの電波が割と良好であることを示していた。
「へえ、やっぱ街は違うな。安定してる」
大河はつい嬉しくなって一人にやけていると、少し安心してきたのか眠気が彼を襲った。ついウトウトし始めるが、実は目的の駅は次だった。今眠ってはまずい。そう思いつつも、油断をすれば意識が飛んでしまう。
おもむろに、ばちんっと両手で両頬を叩いた。ちょっと眠気が収まったような気がする。しかしまた、油断すると眠気が……。
「原尾島、原尾島――」
ふいにアナウンスが鳴り響き、大河の意識が急に現実に戻された。窓の外は変わっていない。つまり動いていない。そして窓の向こうに見える表示には、ここが目的の駅であることを示していた。
「うわっ、やべぇ!」
大河は慌てて、足元の荷物を乱暴に持つと、搭乗口に走っていった。車内にいた老婆が、何事かと少し驚いた様子で大河の背中を見ていた。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
目の前の搭乗口の上にもう閉まる旨の表示が出てきた。大河は飛び込む勢いで搭乗口から外に出た。出たそのすぐ後にドアが閉まっていく。ギリギリで間に合ったようだ。
「や、やばかった……」
大河はプラットホームにへたり込んだまま、背後でゆっくりと動き出すリニアなど気にもせず大きくため息をついた。
「ここか」
大河は空を見上げた。よく晴れた五月の青空の眩しさに、思わず手で遮った。
ふと気がつくと近くにいた何人かの人がジロジロとこちらを見ている。中学生くらいかと思われる少女数人が固まって、こちらを見ながらクスクスと笑っているのに気がついた。
大河はなんだか恥ずかしくなってすぐに立ち上がった。そして荷物を手に持つと、改札口に向かって歩いていった。
改札口を出て、駅の外に出てみようと思って、すぐに外に向かった。大河はこれから両親の友人宅に向かう。それで、その両親の友人が迎えに来てくれる話になっていた。
大河はふたたびスマートフォンを取り出すと、待ち合わせの時間を確認した。午後二時二十六分に、この原尾島駅に到着するから、それに合わせて来てくれるということだ。
時間は今、二時三十分になった。もう来ていてもいいはずだ。
大河は早足で外に出た。――が、その時、突然体に軽い衝撃が走った。ふいをつかれたせいか、バランスを崩して尻餅をついた。
「いってぇ……一体、何なんだ?」
キョロキョロと周囲を見回そうとした矢先、
「ご、ごめんなさい!」
と声が聞こえた。少年の声だった。
「何なんだよ……お前、誰だ?」
大河が声の方を見ると、慌てふためいた顔でこちらを見ている少年がいた。少年は大河と同じくらいの年頃のようだった。眼鏡をかけた、大人しそうな少年だった。
「よ、よく見てなくて……あの、大丈夫?」
「ああ、別に大したこと……」
大河は起き上がると、「まあ、俺もよく見ずに飛び出したから――」と言いかけた時、少年は「あぁっ!」と変な声をあげた。
「時間に遅れる! あ、あの、ごめん! 僕、電車に乗るんだ。悪いけど行くね!」
少年はそれだけ言って、慌てて駅舎の中に駆けていった。大河はそれを呆然と見送り、「何だあいつ……」とつぶやいた。
「まあいいか。そんなもん、気にしてても――」
大河は行ってしまった少年のことなど、さっぱり忘れて迎えを待つことにした。とりあえず、いつ頃来るだろうかと振り向いた時、またも誰かとぶつかった。
「一体なんだよ! またか、このやろう!」
「ごめんなさい、私――」
今度は少女の声だった。とても透き通った綺麗な声だった。