ラージニードル
ミユキは藤堂と隣同士に座った。彼女たちの周りは、それぞれでガヤガヤと雑談に花を咲かせている。
ミユキと藤堂もそう頻繁には会うことはないこともあって、早速会話を始めた。
「――椎名さん、今年……夏は出ないの?」
「ええ、私は出ません」
これは、夏の大会「全国高校ABS競技大会」のことだ。
個人戦はなく、五機編成のチームで試合を行う。東高は三人しか部員がおらず、ABSも三機しかない。
トーコは中学生で部員ではないし、基本的にメンテナンス担当でオペレーターではない。このため、出場資格がなかった。
ただ、最近こういう五機揃えられない高校は東高だけではない。それもあって個人戦を導入しては、という話も出てきてはいた。
ただABSというのは、基本的に単騎で戦うものではない。集団で協力し、作戦を遂行するのがABSの基本であり、個人戦を否定する意見も少なくない。
ミユキは優れたオペレーターだった。実は県外でも名前を知られている。そんなオペレーターが、メンバー不足で出場できないなんて、本当に馬鹿げていると藤堂は考えていた。
「そう……あなたほどのオペレーターが出られないなんてね。どうにかならないの?」
「無理ですよ。それにやっぱり私の当面の目標は、真夜中峠の攻略ですから。試合には興味ないです」
「残念ね。でも、そういう考えは私は支持するわ。それが本来だもの」
「はい」
ミユキは笑顔で返事した。
始まってから三十分程度しか経っていないが、随分派手に盛り上がっている人たちがいる。店側から苦情が出ないか心配だ。
「聞いた話だけど――南高の森田くん、真夜中峠のホテルで撃破されたって聞いたわ。あなたたちもいたそうね。何かあったの?」
それは先日の出来事だ。森田は、見下している東高のホームグラウンドともいうべき真夜中峠にやってきて、調子に乗って返り討ちにあった事件だ。どうやら噂になっているようだった。
「慣れてないのに調子に乗って出しゃばってきたら、返り討ちにあったんですよ。いつも試合ばっかりで、ろくにウイルスとの戦い方を研究してないから、ああいうことになるのよね」
「南高は今は試合ばかりで、ワールド探査やウイルス駆除はほとんどやってないものね。もっとも、今年の夏はそれも厳しいかも」
「そうなんですよ。本当に困った人たちだわ」
ミユキはやっぱりそりが合わないようで批判ばっかりだ。
まさに「言わんこっちゃない」事態を目の前でやらかしたものだから、余計になのだろう。
「それで森田くんのクリーガー4、破棄になったそうね。高かったでしょうに、大分へこんでいるらしいわ」
「あの偉そうな態度見てたら、このくらい良い薬ですよ……って、それは冗談ですけど」
ミユキは笑った。
「うふふ、でも噂になってるわよ。南高は二チームが全滅したのに、東高はたった三機で援護して、三機とも無事に帰ってきたって。東高は少数精鋭だって聞いたわ」
「私たちのホームグラウンドですもの。そう簡単にはやられませんよ。数は少なくても、しぶとさならどこにも負けないつもりですし」
藤堂との話もひと段落ついた頃、ホライゾンのメンバー数人がミユキのそばにやってきた。そして、真面目な顔をして一人が口を開いた。
「ねえ、ミユキちゃん。……見たって本当?」
ヌッと顔を近づけてくる。ミユキは苦笑いしながら後ずさった。
「何がです?」
「峠のホテルに、未知のエリアを発見したって話と、そこにラージニードルがいたって話」
「え、ええ……まあ。でも慌てて脱出したから……」
ミユキは以前、ホテルの二階部分に未知のエリアがあるのを発見した。
それも四階から、戦闘中に壁に大きく開いた穴から迷い込み、そこはまだ発見されていないエリアだった。しばらく探索し二階まで繋がっている吹抜けを発見し、ロープを投下して降りた先にあったロックの掛かった扉の先で、あの悪魔のような恐るべきウイルスに遭遇した。
「ニードル」……その形状はハサミのないサソリのようで、前方に突き出た尻尾の先につけられた強力な針が恐ろしいウイルスだ。加えて動きがとても機敏で足も速いため、慣れていないオペレーターにとっては恐怖の対象だった。
種類によって大きさが違い、大中小で、それぞれ「ラージ」「ミドル」「スモール」となっている。
ミユキとイツキが遭遇したのは、ミドルのサイズと比べても明らかに大きく、「ラージ」ニードルであろうことが予想されていた。
「岡山っていうか、日本でまさかラージニードルに遭遇するとは……あれ確か北米とかだよね?」
「いや、昔はそうらしいけど、最近はヨーロッパでも目撃例があるらしいよ」
「マジ? あれ無茶苦茶手強いんじゃなかったっけ。海兵隊のマリーナ十機がかりで、ようやく撃破したって聞いたことあるぜ」
「ちょっとシャレになってないよな」
一緒に話に混じっていた人たちの間で動揺が広がっていく。
スモールでさえ、かなり強力なのに、まさかのラージとは……そんなのに遭遇したらABSがいくつあっても足りない、と口々に言い合っている。
そんな時、ミユキの目がキラリと光る。
「私は勝てないとは思ってませんよ」
ミユキは少し大きく出た。少し調子に乗ってしまったかもしれない。しかし避けては通れないのだ。周りを囲む大人たちは驚きの表情を見せている。
「え? まさか、ミユキちゃん……」
「当然です。私の目標は、真夜中峠のゲートを開くこと。そのためには、ラージニードルがいるからって、尻尾巻いて逃げるわけにはいかないわ」
握り拳を掲げ頼もしい言葉を放つミユキに、一同は皆おののいていた。




