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あいつだ!

「おいっ! まだか! まだ来れないのかっ!」

 大森は、近くでABSを操縦する一年生に向かって怒鳴った。

 しかし一年の部員は、応援部隊がどうなっているのかなど、自分になんてわかるわけがないのに、と黙ったまま理不尽に怒りをぶつけられていることに耐えていた。

 ふいに大きな衝撃音が断続的に鳴り響いた。

 大森と一年二人のABSが立てこもる部屋のドアが、その度に小さく変形し、ウイルスが何らかのダメージを与えてドアを破壊しようとしている。

「ち、ちくしょうっ……!」

 まだものの五、六分しか経っていないにもかかわらず、待ち時間はとても長く感じられた。



「ミユキ、モニター見て」

 ずっと待機していたトーコが、いきなり声をかけた。ミユキはすぐに壁のモニターを見た。そこには、このホテルへ一台のトラックが近づいてくるのが見えた。

「あれは? どこのキャリア?」

 少ししてモニターには大きくそのトラック型キャリアの姿が映し出されている。それを見たミユキは、キャリアのデータにアクセスするまでもなく、キャリアの側面に書かれた文字で理解した。

「南高のキャリアだわ」

「南高の? まだいるのか?」

 大河もモニターを見て言った。

「何で今頃やってきたんですかね?」

 イツキも不思議に思った。その時、その南高のキャリアから、こちらの東高のキャリアに通信が届いた。メインディスプレイに、南高の生徒の顔が映し出される。

「おい、お前たちは東高か? 何してやがる!」

 開口一番、偉そうな言い方である。大河たちは、やはりこいつも南高だ、と感じた。

「こちらは東高情報技術部。ABS三機がホテル内で行動している」

 トーコはいつもの無感情な言い方で答えた。

「けっ、東のボンクラが調子に乗ってんじゃねえぞ。邪魔だ、どけ!」

「あのやろう!」

 大河は身を乗り出して、思わずメインディスプレイに映る南高の男子生徒を殴りつけようとした。それをイツキが慌てて抑えた。

「揉めてもしょうがないわ……トーコ」

「わかった」

 トーコはキャリアをバックさせて、車体を避けた。

 南高のキャリアは、そこに滑り込むとすぐに五、六機のABSが降りてくる。トーコは、メインディスプレイにそれぞれのABSのデータを表示させた。

「二年の……中野のチームね。まさか増援に来たわけ?」

 ミユキはつぶやいた。

「ああっ! あいつは!」

 そう叫んだのは大河だ。また、イツキも微妙に表情が変わったのに、ミユキは気がついた。

「先輩、あいつだ! この間、イツキが買おうとしたのを横から奪ったやろうだ!」

「ああ、あの。……なるほど、中野か。偉そうなやつだし、まあ——わかるわね」

「一発ぶん殴ってやる!」

 大河はそういうと、すぐにフェンリルを操作して、シュトラールとイェーガー2から離れていった。

「こらっ! 待ちなさい!」

 慌てて止めようとするが、それで止まるような聞き分けのいい人間ではないことはよく知っている。あっという間に来た道を引き返して行くフェンリル。

「せ、先輩……」

「やれやれ、しょうがないわね。追うわよ」

 ミユキとイツキもすぐに大河のフェンリルを追った。



 一階に降りてきたフェンリルは、すぐに玄関の方へ向かって駆けて行く……はずだった。

 まだあまり詳しくない大河は、どちらが正面玄関の方かわからなくなっていた。

「ええと……どっちだったっけ?」

 大河は、焦ってキョロキョロし、最後にはミユキの顔を見た。

「あんたねぇ……ちょっとそこで待ってなさい。動かないのよ。すぐに行くから」


「フェンリルだ。先輩、いました!」

 十分ほど後、イツキがフェンリルの姿を見つけた。ミユキは正面にいる大河の顔を、呆れ顔で睨んだ。

「まったく世話の焼ける……」

「いやぁ、はは。わけわかんねえところに来ちまった」

 大河は、一階に降りて来て、どこかで道を間違えたようだった。シュトラールとイェーガー2が一階に降りても姿が見えないので、あちこち周辺を探し回ってようやく発見した。

「やっぱりマーカーを用意するべきだったわね」


 マーカーとは、ある場所に印をつけるツールだ。厚みのある小さな皿のような円形をしていて、これを置いて作動させると、こちら側の地図などでそのマーカーの位置を常時表示させることができる。

 また、ABSに着けられるものもあって、それだと、地図上にABSの位置がリアルタイムで表示させることができるのだ。

 そんなに高額なものではないが、東高は三機だけなので、二手に分かれて行動することなど滅多にない。なので大して必要性がないと判断して用意していなかった。こういうものは、数が多いときに非常に便利になるものなのだ。

「うん? あっ、先輩!」

 イツキが、今居る通路のもう少し奥に割と新しいABSの残骸を見つけた。もっと近づいてデータを参照してみると、それは南高所属のABSだった。

「データを見るに、大森のチームの一年ね。やられたんだわ」

 ミユキは少し悲しそうにABSの残骸を見ている。

「イツキ、向こうにもあるぞ。あっ、あそこもだ」

 少し奥にいたフェンリルは、他の通路に横たわるABSを見つけた。

「これも南高ですね。先輩、これ結構やばいんじゃないですか……?」

「これだけじゃわからないわね。大した経験のない一年だもの。クラッシャーみたいな中型相手なら、余裕で蹴散らされるわね。普段ウイルスを相手にしてないし、小型相手でも厳しいかも」

「クラッシャーなんかに遭遇したら、僕も同じ運命かも」

 イツキは青い顔でつぶやいた。イツキは中学生の時からオペレーターをやっているので、いくらか慣れてはいるものの、強力なウイルスに襲撃されると冷静に対応できる自信はない。

「でも、これ全部じゃねえよな。他の奴らは?」

「引き返したわけじゃないみたいだし、多分奥に逃げたんでしょ。まったく、一年生にいいとこ見せようと調子に乗ってしくじったんじゃないかしら。やりそうなことだわ」

「ざまあねえ。――そうだ、あいつだ。援軍の中にあのやろうがいたんだ。先輩、奴らは奥なのか?」

 大河は鼻息荒く、対面に座るミユキに身を乗り出して言った。

「多分ね。しょうがないわ――私たちも助っ人に行きましょ」

「え? お、おい先輩! 助っ人って――冗談だろ!」

 大河は信じられないという表情だ。

「冗談じゃないわよ。救援を求めている可能性がある以上、我々オペレーターはその求めに応じる義務があるわ」

「そんなもん、ワールドじゃ別にあいつらが死んだり怪我したりするわけじゃねえだろ。何で……」

「私たちはゲームで遊んでいるんじゃないのよ。本気でネットワークを守るために戦っているの。オペレーターはすべて助け合う義務がある」

 ミユキは真剣な目つきで、オペレーターとしてのモラルを説いた。ABSオペレーターは、マザー及びウイルスという共通の敵がいる。大小様々な組織がABSを運用しており、それぞれ利害があって、時には敵対する時もある。が、本来はみんな協力して立ち向かわねばならない。

「ちぇ、やる気でねえな……」

 ミユキの言わんとすることは理解できるものの、大河のような感情が先行する気質の人間は、どうしても気乗りしない。

「オペレーターである以上は建前でもやらないと。私だってあんな連中なんか……」

 ミユキもああ言ってはいるが、嫌な奴を助けに行くのはやっぱり気が進まないらしい。

「先輩、じゃあ行きましょう」

 イツキはイェーガー2にライフルを構えさせたまま、二機に先行して奥に進み始めた。

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