ピンチ
「ちくしょう!」
大森秀次は、次から次へと現れるウイルスに手を焼き、危機に陥っていた。調子に乗って奥に侵入したが、予想以上に手強かったのだ。彼らは大河たちとは別の通路を進んでいた。
事前に入手できるホテルのマップを確認し、怪しいであろう区画を狙って移動していたが、突然ウイルスの集団に襲撃されて乱戦になっていた。
小型が十体、中型が二体。そして南高は……大森以外まだ経験も能力も乏しい一年生七人。通常、中型に対してはABS三機以上で対応するのが基本だ。非常に不利だった。
「うわぁぁ!」
「どうした! おいっ!」
一年生部員の一人が、自機の胸部を撃ち抜かれて撃破されていた。中型ウイルスに、近距離からライフル弾をボディアーマーの隙間に撃たれ、そのままコアを貫かれていた。
「田上がやられた! あっ!」
そう叫んだ一年生が、同じように目の前のディスプレイに自機撃破を意味する赤い警告表示が出た。
彼は仲間が撃破されたのに気を取られていた隙に、別のウイルスに突撃され、同じようにコアに強烈な衝撃を受けて撃破された。
部室内は阿鼻叫喚が渦巻いていた。
不意打ちを食らったような状態の南高のABSは、完全に混乱しまともに戦える状態にない。迂闊にも、不用意に奥に侵入し、どうやらウイルスの多発エリアに足を踏み入れてしまったようだ。
彼らは、非常にまずい状態にあった。
囲まれた挙句混乱し、体勢を整えるためにこの場から退こうとして、逆により奥に進んでしまい、まずます退却が難しい事態になっていた。
完全に失敗だった。
大森の額に薄っすらと汗が滲んだ。こんなことって……にわかには信じられない事態に、これが夢であって欲しいとすら願った。
しかし、南高コンピュータ研究部の副部長であり、次期部長を狙っている大森は、ここでやられるがままであってはならない。時期部長の座は同じ二年の川島浩と争っていた。現部長である三年の平野良雄は後継部長の任命権を持っている。平野に悪い印象を持たれるとまずいのだ。
大森はスマートフォンを手に取ると、すぐに別室の、二年生の部隊長に電話した。南高コンピ研は部室を複数持っており、複数のチームを持っているようだ。
「おい、中野! 応援来てくれ!」
『何があった、大森?』
「予想以上に一年が苦戦している。もう三人やられた! こいつらまったく使えねえ!」
『おいおい、マジかよ! すぐ行く!』
すぐに電話は切れた。
大森はひとまず安堵したが、こことは別の方面に出ていた中野隊が、このホテルまでやって来るのにどのくらい時間がかかるか……少なくとも三十分はかかるだろう。そう考えると、だんだんと血の気が引いてきた。
大森たちはとりあえず近くの部屋に逃げ込み、そこに立て篭もった。
ふいにガァンと大きな音がする。ウイルスが部屋のドアを攻撃したのだ。幸いにもかなり丈夫なドアのようで、先ほどの大きな音がするような衝撃でもびくともしていない。
大森は現状を確認した。
――自分以外は、一年の残りは二機……に、二機っ? ご、五機も撃破されたのか……。
不安そうに指示を待つ一年に向かって、この事態の八つ当たりをするかのように、大声で一年に言い放った。
「おい、ここで援軍を待つ! ドアから侵入されないように抑えておけ!」
「――なあ、結構な音がしてたけど、戦闘でもあったんかな?」
大河は、先ほど静かだったホテル内に大きな音が響いていたのが気になった。銃声も聞こえていたので、どこかで戦闘があったのは間違いない。
「多分、南高の連中ね。ウイルスと遭遇したんでしょ。まあ一階だったら、弱いのしか出ないし、あいつの得意げな顔が浮かんで鬱陶しいわね」
ミユキは、大森のことが相当に嫌いなようだ。その時、ミユキの見ている前方に何か動くものを感じた。
「構え!」と叫んで、すぐにシュトラールを前方に向けてライフルを構えた。
続いてイェーガー2とフェンリルも同じく自分のABSに構えさせる。それと同時に、動くものの正体が判明した。ウイルスだ。
三体の小型ウイルスがこちらに気がついて、攻撃態勢に入った。
その三体のウイルスは「シューター」と呼ばれる、ABSのアサルトライフル並みの威力を持つ銃撃能力を持つウイルスだ。
動きは鈍いが射程が長く、うっかりすると気がつく前に撃たれる場合もある。
「シューターよ! 身を隠して!」
ミユキの声に、フェンリルとイェーガー2はすぐにABSを通路の脇に転がっていた瓦礫の影に隠れた。同時にシューターは一発射撃する。
シュトラールはそばの壊れた壁の反対に飛び込み、そこから射撃で対抗する。
ライフルのドットサイトで狙いを定めると、すぐに引き金を引いた。すぐに一体のシューターが撃ち抜かれ倒れ込む。イツキのイェーガー2も瓦礫の影からウイルスに狙いを定めた。そして撃ったものの、残念ながら外れた。
悔しがることなく、すぐに二発目を狙い撃った。今度は命中した。
「やりぃ!」
大河は思わずガッツポーズした。それを横目で見たイツキも安堵した表情で微笑んだ。
残ったウイルスは一体は不利と判断したのか、 攻撃をやめて後方に退いていく。
「逃がさないわ!」
シュトラールは、狙いを定めて射撃した。そのウイルスは見事に撃ち抜かれ、そのまま倒れ込んで動かなくなった。
「やったぜ! さすが先輩」
大河は思わずイツキと肩を組んでガッツポーズをした。イツキはバランスを崩して椅子から転げそうになった。
「あんたたち、何やってんの? ほら、行くわよ」
ミユキはそれだけ言って、シュトラールを通路の先へと進ませた。それに慌ててついて行く大河のフェンリルとイツキのイェーガー2。




