先客
「先客がいるようね……うん? まさか、南高!」
ミユキは思わず立ち上がり叫んだ。
二台停まっていた大型輸送車タイプのキャリアの側面には、「岡山南高校コンピュータ研究部」とあった。
間違いなく南高の連中のようだ。
「南高の奴らなのか!」
大河が恨めしそうな顔を、部室のメインディスプレイの向こうに見えるABSに向けた。東高のキャリアも正面玄関前に向かう。
すると南高のABSたちがこちらに気がついたのか、一斉に視線をこちらに向けた。
「嫌な連中にばったり会ったものだわね」
ミユキは不機嫌な顔をしている。毛嫌いしているのがよくわかる。
「あのムカつくヤロウはどこだ?」
大河はフェンリルを起動させ、キャリアの荷台から飛び降りた。そしてすぐに南高のABSに近づいていって、
「おい! 俺は東高の葛城大河だ! この前のヤロウ、出てこい! 忘れたとは言わせねえぞ!」
と叫んだ。
皆、何事かと戸惑っている。しかし、そんな中から一機のABSがフェンリルの前に進み出て来て、
「失礼なやつだな。お前なんか知るか! バカバカしい!」
と怒鳴った。大河のディスプレイに、この南高のオペレーターの怒り顔が表示されている。
ABS同士は近くにいると、そのABSやオペレーターの情報を見ることができる。ディスプレイにはカメラが内蔵されているので、オペレーター同士はテレビ電話する感覚で会話できる。
「なんだと!」
大河も負けていない。掴みかかりそうな勢いで吠えている。
「ちょっと落ち着きなさい!」
ミユキのシュトラールがフェンリルの背後にやって来て、ミユキが叫んだ。それを見た南高のオペレーターは、今度はミユキに向かって怒鳴った。
「おい、椎名ミユキ。誰だこいつは! お前の後輩か? この無礼な野良犬、ギャアギャア喚いてうるさいんだよ! ちゃんと手綱で縛っとけ!」
「それは失礼したわね。よく言い聞かせておくわ。ほら大河。さっさと来なさい」
「くそっ、先輩! だってあいつが――」
「いいから来なさい!」
大河のフェンリルは、強引にミユキのシュトラールに引き離された。
「大河くんって、喧嘩っ早いね……」
イツキは呆れ顔だった。それもそうだ。常識で考えて、あそこまでストレートに突っ込んでいく人などそうそういない。
「だけどよ、この前のやつがいるはずだろ。文句言ってやろうかと思ったんだ」
「大河。あんたが南高の誰かに腹が立ったとしても、ああいうのは今後はやめなさい。迷惑千万よ」
「で、でもよ!」
少し頭が冷めてきたのか、大河は少し声が小さくなった。そんなところへ、先ほどのABSが近づいてきた。
「よう、東高の諸君……おや、三機だけか? 相変わらず少数精鋭だねえ」
ミユキのディスプレイにこのABSのオペレーター――南高コンピューター研究部の二年生、大森秀次の顔が表示されている。
ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべ、完全にミユキたちを見下していた。
この大森は南高コンピュータ研究部の副部長であり、ミユキにとっては、同部部長とともに嫌いな人物だった。礼儀正しそうに見せつつ、いつも偉そうに他人を見下す態度が隠せない、その面持ちが嫌な人間だった。
「それはどうも。でも珍しいわねえ。こんなところに何しに来たの? いつも試合しかしてないのに。大丈夫?」
ミユキはすまし顔で答えた。少し棘のある言い方だった。
「ふん、今日は君たちのホームグラウンドにお邪魔して見ようと思ってねえ。ちょっとうちの一年たちを連れてきたのさ」
「あらそう? それは珍しいわねえ。いつもこんなとこに出てくる様子はないから、てっきりウイルスが怖いのかと思ったわ」
「な、なにぃ! 誰がウイルスが怖いっていうんだ! たたがウイルスごときに!」
ミユキの挑発に、簡単に激昂する大森。あまり冷静沈着な人物ではないようだ。
「そうだったの? ごめんなさい。でも気をつけてね。ここは奥では『大型』が出てくるわよ」
大型というのはウイルスの大きさだ。ABSより二回り以上は大きいサイズのウイルスを指す。全長で十メートル前後あるものが多く、それをはるかに超える超大型もあるが、一般的にはそれも大型に含まれる。
大型はABS一機のみでは手強い。大抵の場合、五、六機以上で対抗するのが主だ。
「お、大型……いやいやっ、そんなもの問題ない! うちは七機だぞ! それに後から二年も遅れて来るしな。……ふふん、それよりも君らの方が心配だろう」
大森は強がっているが顔が青い。それはそうだ、自分以外は入部して間もない一年生だし、ここは実際のワールド内だ。トレーニングモードと違ってウイルスから攻撃を受けると、本当に損害を受けてしまう。
やられてしまうと、ABSは修復しない限り元には戻らない。とても面倒なペナルティが課せられる。
「私たちはいつも通りだし、何の心配もないわよ。南高の新人君たちも気をつけてね。ここ、クラッシャーが出るから」
「ク、クラッシャー! お、おい! 冗談じゃないぞ!」
大森は血の気が引いている。また、一年生たちの間でも同様が広がっているようだ。
『クラッシャー』と呼ばれるウイルスは、あまり大きくなはいが素早い上に大きく強力な角を持っている、中型ウイルスだ。この角を回転させながら突撃されると、一撃で軽々とコアを貫かれることも多々あり、非常に危険なウイルスだった。比較的機敏なこともあって倒しにくいウイルスでもある。
ミユキもこれまでに何度もクラッシャーの突撃にやられたABSを見ている。日本の各ワールドでも、割合遭遇率の高いウイルスなので、よく知られていた。
「なら尻尾巻いておウチに帰ったら? こんなところでその自慢のABSを撃破されたくないでしょ。クリーガー3後期型なんて高級機、民間ではそう簡単には買えないでしょう。うらやましいわね、ふふふ」
「うぐぐ……」
大森は、言い返すこともできず、悔しそうに顔を歪めた。
ちなみに大森のABSは、メスナー&リュッカー社の主力ABS「クリーガー3」だ。数年前までドイツ軍の中核を担っていた強力な機体で、現在の民間市場においては、ミユキのシュトラールよりも新しく高額な機体だ。そのため高校生どころか、社会人でもなかなか手が出ないABSである。
しかし彼の家は資産家であり、そんなところも彼の嫌味で傲慢な性格に一役買っているのかもしれない。
「イツキ、大河。さあ行くわよ」
ミユキは、呆然と見送るだけの南高のABSたちを尻目に、意気揚々とホテル内に入っていった。




