マザーとワールド、そしてABSとウイルス
――現代より数十年の後——二〇五五年。
あまりにも多様化、複雑化してしまったネットワークシステムの管理を、AIによって行うために開発された、ネットワーク総合管理AIシステム『マザー』。
アメリカの研究機関「ラザフォード情報技術研究所」にて、ジョシュア・ディック博士を中心としたチームが開発した。
これを正式運用することが、二〇五六年の第二回カリフォルニア会議において国連決議が採択される。非常に画期的かつ信頼性が高いと評価された。
しかし――二〇五九年。マザーは突如、人類に対して宣戦布告した。
どうしてマザーは人類に反逆したのか?
——誰かの陰謀だ。
——あいつが怪しい。
様々な疑惑が飛び交い、混乱が人々を狂わせる。狂った歯車は、二度と元に戻ることなく、そのままゆっくりと狂いを拡大させていく。
結局は何もわからぬまま、社会環境はネットワークという生活の根幹をなす部分を奪われていった。ある学者は、「人の文明は、これによって三十年は退化しただろう」とまで言った。
この数十年、ネットワークはもうなくてはならぬ必須の環境システムだったのだ。
この時より、人類対マザーの長い戦いの歴史が始まる。
マザーの反逆に当初なすすべもなかった人類は、著名なハッカー、グレッグ・ウィルソンとその仲間たちによって反抗の手立てを手に入れると、マザーに対して攻勢に出た。
抵抗を試みる人類に対して、マザーは何を思ったのか、ネットワークを『ワールド』という仮想世界に作り変えた。
そのため、本来「線」で繋がっているはずのネットワークが、広大かつ複雑怪奇なフィールドを行き来する、不思議な仮想現実の世界に変えられてしまったのだ。
そこに点在する『アクセスポイント(AP)』が、人類が支配しているエリアに限り、人類はネットワークを自由に活用できた。
また、ワールドには『ロウ』と呼ばれるワールド内での自然法則が存在し、ロウに反する行為や行動はできない。
このロウは非常に厄介で、これまで数多くのプログラマーやハッカーが、ロウを破るべく様々な手を試みたが、ほぼ成功例はない。かろうじて、いくつかのロウの抜け穴を見つける程度にしかできなかった。
さらにマザーは人類のAP獲得に対し、マザーの兵隊『ウイルス』を送り出し、それを妨害した。しかし人類も負けてはいない。画期的なロボット兵器『ABS』をワールドへ送り込み、世界中でウイルスとの壮絶な戦いが行われている。
ワールドは複雑怪奇で、その探査は未開の大地への冒険とも言えるほどであった。また、多種多様なウイルスが徘徊し、人類の支配圏に暫し攻撃を繰り出した。人類もまた、ABSなどのソフトウエア兵器を使い、マザーの支配下にあるAPを奪い取るために戦いを挑んだ。
また人類は、未知の部分が多くあるワールドを調査研究するため、戦い以外にも数多くのABSを投入している。それは政府や関係機関、軍だけでなく、民間組織においても行われていた。
近年では、学校の課外活動などでもワールド探査などが行われている。高校生や中学生……また、小学生の『オペレーター(ABS操縦者のこと)』も世界中に大勢存在する。
――マザーの反乱から二十七年もの時が流れ、人類対マザーの戦争はこう着状態に陥っていた。