南高
岡山みなみストリートは、岡山駅東口から南に市役所までの通りを大掛かりに改修したものだ。
過去には大きな商業施設も点在していたが、かなり長期的な計画を立て、それから何十年か経つ間に少しづつ今のような一体感のある複合施設が並ぶ大通りへと作り変えていった。
去年、近畿圏を中心に店舗を増やしている大型商業施設「ウエストマーケット」が岡山県に初出店し人気を博している。
イツキは、このウエストマーケットに「グレイストア」が出店しているので、それが目当てのようだ。
このグレイストアは、ワールド及びABSなどに関連する商品を取り扱っているアメリカに本店を持つ店で、この種の店では最も規模が大きい。ちなみに、オンラインショップで最も規模が大きいのもグレイストアで、世界最大の規模を誇る。
イツキの欲しいというクラムも、もちろん置いているし、それ以外も山ほどある。
実際に行って見比べてみることができるので、特にクラムのようなハードウェアを求めて実店舗に足を運ぶ人もかなり多い。
「いやあ、たくさんあるなあ。あっ、これはすごい!」
イツキはもはや大河たちのことなど、記憶の片隅に追いやってしまったかのように、所狭しと並べられた様々な製品を見て回っている。その姿を呆然を見つめる大河と真奈美。
しかし大量にある商品を見て、大河も少し興味が出てきたようだ。
「なあ、イツキが欲しいって言ってたやつはどれなんだ?」
「ええとね、ポラリスのレッドラインだから――」
「霧島くん、レッドラインを買うの? 随分高いのを……」
真奈美は驚いた。そのモデルは基本的に高級モデルで、実際に店舗の値札を見ても、最も機能を限定した安価なもので、約二万円となっている。
こういう一般ユーザー向けのクラムでは、一万円を超えると完全に高級モデルであり、それを高校生が購入することを考えると、真奈美が驚くのも無理もない。
「いやぁ、やっぱりポラリスならレッドかなあと――ちょっと高いけど……」
真奈美が指差した、そのレッドラインというクラムの値札を、大河が見て硬直した。
「――お前、金持ってんのか? これすごい値段がついてるぞ……」
「もちろんだよ。でも、やっぱり使うからには最高のものがいいと思うんだ。ポラリスなら、フラグシップのレッドラインだと思うんだよ」
イツキは少々興奮気味だ。しかし真奈美は、ちょっと控えめに意見した。
「高いものを選ぶのは自由だけど、これくらいだと椎名先輩くらいでないと……」
「……言いたいことは、わかってるんだ。それはわかってる。でも、やっぱり憧れるんだ。だってレッドラインだしっ」
イツキは、真奈美が「イツキのレベルでは明らかにオーバースペックだ」と言いたいのは理解している。しかし、やはり憧れはある。
イツキはレッドラインの最も低機能のモデルを手に取った。レッドラインで一番安い一万九千八百円だ。
これだけ高額にも関わらず人気があるのか、よくみると最後の一つだった。
「よかった、買えるよ」
「まあ、よく買うよなあ。俺からしたら、これで十分だけどな。何がどう違うのか全然わからんけど」
大河は三千円ほどの国内メーカーのクラムを手に取った。
そんな時、向こうから五、六人の高校生くらいの団体が大河たちの方にやってきた。ガヤガヤと楽しそうに雑談をしながら。
「やっぱ、レッドだよな。俺からしたら、ポラリスだったらレッド以下はゴミだぜ。はははっ!」
その少年たちが、大河たちのそばにやってくると、目的の商品の前にいる大河たちを邪魔くさそうに睨んだ。ちょっとガラの悪そうな連中だった。
「ちょっとどいてくれない? 俺たちレッド買いに来たし」
「あっ、ご、ごめん」
イツキは、申し訳なさそうに、大河たちとともに避けた。
「あれ? レッドのR4がねえじゃん。マジかよ」
レッドのR4というのは、先ほど最後の一つをイツキが買おうとしているモデルだ。このポラリスというメーカーの、レッドラインというモデルは、四つのグレードがあり、一番高機能なものがR1、最も低機能なのがR4となっている。
どうも彼らも同じものを買いに来たらしい。
少年の一人がイツキが手に持っているものを見つけて言った。
「あ、こいつR4持ってやがる」
少年たちが一斉にイツキを見た。そしてその中の一人がイツキを見下すように声をかけた。
「おい、お前。俺さ、R4買うのに来たわけよ。だからそれ、譲ってくれねぇ?」
「え? で、でも……」
イツキは困惑した。
「お前何? そのショボそうなツラでオペレーターとか言ってんじゃねえだろうな? つぅか、お前どこの高校だよ?」
「ひ、東高だけど……」
「ぷっ、東高だってよ! 大会も出れねえあの『弱小』東高かよ! あっはっはっ!」
一斉に笑い出す少年たち。イツキはそれに反論もできず、うつむいていた。
「てめえ、何様だぁ!」
大河は怒鳴った。あんまりの態度に大河は頭にきていた。
「あぁ? なんだコイツ。俺たちは南高のコンピ研だ」
「み、南高……」
イツキはたじろいだ。
岡山県立南高等学校――岡山県岡山市には通称「四校」と呼ばれる県立高校がある。それぞれ方角が校名についており、北高、南高、東高、西高という。
岡山県の各高校では、ABSを使ったワールド探査及びウイルス駆除を活動内容としたクラブが、大抵の高校で存在する。
ABSの操縦技術を競う全国大会もあり、岡山県でも毎年二校が全国で競っている。特に北高と南高はこの常連であり、部員数も桁違いだった。ちなみにこの二校では北高がとても強い。
彼らは南高のコンピュータ研究部の部員だと名乗った。
南高コンピュータ研究部の部員は四十六名おり、うち二十名がオペレーターをやっている。残りの二十六名は何をしているかといえば、オペレーターのバックアップやメンテナンスなどサポート的な役目をしている。これらも重要なことで、オペレーターだけが部活動ではない。
「南高がどうしたってんだ! こんなの早いもん勝ちに決まってんだろ! 他所で買えっての。シッシッ!」
「んだと! まさか、お前も東高の情技部じゃねえだろうな」
「だったらどうすんだ!」
大河は怒鳴った。近くにいた客が何事かとこちらを見ている。そこに上から目線で大河を見下す南高の生徒。
「はっ! あの弱小連中が何を偉そうにしてんだ、コラッ!」
「偉そうなのはお前らだろ! 何様だ、このやろう!」
大河は負けていない。しかし、凄みのある南高の男子たちと、何事かとこちらを伺うような店員が、こちらを見ていることに気付いたイツキが引き下がる決意をしたようだ。
「た、大河くん……もういいよ。もういいから、僕やっぱり別のにしようかと」
そう言って、キョロキョロと周辺の不穏な空気を心配しているようだった。
「はぁ? 何言ってんだ。あんな奴ら構うな。先に取ったのはイツキだろ。だったらイツキが買うのが当たり前じゃないか!」
「いや、もういいんだ……どのみちこれ買ったらもう小遣い全部使っちゃうし……」
「いや、だからな、そんな問題じゃねえって――おいっ、イツキ!」
一度手に取った商品を再び陳列棚に戻すイツキを、大河はやめろと言っている。南高の生徒は戻された商品を乱暴に掴み取ると、「まったく、弱小どもが調子に乗るんじゃねえぞ」と捨てセリフを残して行った。掴みかかろうとする大河を、イツキと真奈美で必死に抑える。
南高の連中が去った後、大河は納得がいかない顔でイツキに詰め寄った。
「おい! イツキ、お前そんなに根性ねえのかよ! やられっぱなしで何考えてんだ!」
大河は怒りが収まらない。しかし、イツキは苦笑いしながら言った。
「いいんだ。そこまでしなくても……」




