日常生活
大河は朝に弱い。前の学校でもそうだが、いつもギリギリまで寝てしまい慌てて学校に駆け込んでいた。
それはこちらに来ても変わっておらず、目覚まし時計がうるさく鳴り響くにも関わらず、平然と熟睡していた。
「大河くん。ねえ大河くん、朝だよ」
ドアの向こうから真奈美の声が聞こえる。まどろみの中でも大河の耳には届いてはいたが、それがどういう言葉なのか、まだ理解できていないようだ。
それから三十分くらいベッドから出ることができなかった。
「ふぁぁ……」
ようやく寝ぼけ気味ながら起きた大河は、そばにある目覚まし時計を手にとって驚いた。
「――げっ! もうこんな時間じゃねえか!」
飛び起きるとすぐに、椅子の背もたれに掛けてあった高校の制服に着替えて部屋を飛び出した。飛び出してすぐ、リビングの方から出て来た真奈美に出会った。
「おはよう、大河くん。朝食できてるよ」
「お、おう! おはよう。って朝飯なんて食ってるヒマないって! もう八時だぜ!」
「うちは学校まで十分くらいだから、まだ大丈夫よ。ご飯食べる間はあるわ」
「へ? あ、そうだっけ。……そういやそうだった」
東高は八時四十分までに登校し朝礼、九時から一時間目だ。家から歩いて十分くらいなので、二十分くらいに家を出ても間に合う。
大河の前の高校では、電車通学だったこともあって、寝坊すると乗り遅れることもあり、それで遅刻することもあった。なにせ田舎は本数が少ない。一時間に一本しかこないことなんて、別に不思議ではないのだ。
「さあ、食べましょ。大河くん」
「ああ……ふわぁぁ……」
大河は大あくびをしながら、ヨタヨタした足つきでリビングに向かった。
トーストとパンとコーヒー。ごく一般的な朝食で、普通ならなんの感情も湧きそうにないものだが、大河はこれが久し振りなのだ。
二年ほど前に父親の病気が悪化し、アメリカの研究所に単身赴任していた母が家に帰って来てしばらく一緒に暮らしていたが、昨年秋頃に父が亡くなった。
それから年が明けた二月頃に、母はアメリカの研究所に復帰することが決まり、大河が中学校を卒業した後の三月半ば、再び渡米した。
それから一ヶ月ほどなるが、その間の食事は自分で用意していた。その料理の内容はもう、大河の性格からしたら大抵の人が、手に取るようにわかるような有様だった。
「このパンうまいな。俺ならこんなちゃんとしたコーヒーじゃなくて、よくて缶コーヒーだろうしな。パンだって適当にアンパンでも……」
「……それは、あまりよくないわ。でも、これからは私が作るから心配しないでね」
「真奈美はすげえな、料理までできるし――そういや、おじさんは?」
ふと、修平の姿が見えないのに気がついた。
「お父さんは、起きるのが遅いのよ。大抵は九時か十時くらいまで寝てるみたい」
「ふぅん。……そういえばさ、おじさんって何やってんの?」
「お父さんは、在宅でソフトの開発なんかをやってるのよ。ABSの関係のものが主だって。詳しいから、わからないことがあったら、お父さんに聞くのもいいかも。フェンリルのことだってもしかしたら、何か知っているかもしれないわ」
「そうだな。学校から帰ったら聞いてみよう」
そう言ってゆで卵に塩を振りかけて、一口で頬張った。
高村家のあるマンションから学校までは近い。まだ八時半にもなっていない。普通に歩いていって余裕で間に合うだろう。
まだ少し眠いが、真奈美と他愛ないことを喋りながら歩いていると、後ろから声を書けられた。
「おはよう、大河くん」
声の主はイツキだった。先ほど大河たちの後ろ姿を見かけて、追ってきたらしい。大河は少し眠そう目でイツキを見ると、挨拶を返した。
「おはよう、イツキ――ふわぁぁ……」
やはりまだ完全に目が覚めていないようで、あくびが出た。
「うふふ、いい加減に目を覚ましておかないと、授業に身が入らないよ」
真奈美は大河のあくびを可笑しそうに眺めている。さらにイツキがとんでもない情報を口にした。
「今日の国語は多分テストするよ」
「げっ? マジかよ!」
大河の眠気は一瞬で吹き飛んだようだ。今テストなんてやったら、どんな惨状が繰り広げられるかわかったものじゃない。
「この前、予告してたからね。国語の西岡先生はテスト好きだからなあ……」
「そうだよね。うちのクラスも昨日そうだったし」
真奈美もそれに同意した。どうやら有名らしい。
「マジか! 俺そんなん言われても……勉強なんかしてねえし!」
大河は頭を抱えて叫んだ。
放課後。大河は授業中の不満をイツキにぶつけていた。数学の授業の時、大河が居眠りしていたのに腹を立てたのか何度も当てて、わからないとグチグチ言った。
「はぁ……何なんだよ、あの先公。ちょっとわかんなかったくらいで、俺ばっかりに……」
「あはは、まあ……もう今日はこれから放課後だから。部室に行こうよ」
「おう! こうなったらガンガンやって憂さ晴らしだ!」