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アクセラレート・システム

 ――まったく、何をしようっての?

 ミユキは何か不気味な予感がしていた。何せ既存のABSではないのだ。先ほどの真奈美の言葉が引っかかった。

 真奈美が解析した結果、何か特別な機能が実装されているのかもしれない。いや多分――その可能性は高い。

 そんな不穏な気分を振り切るように叫んだ。

「ほら、どうしたの! かかって来なさい!」

「このやろう! やってやらぁ!」

 大河はフェンリルを走らせた。撃たれる前に近づいて――思い切りこのナイフを突き刺してやる!

 そう思って、言われた通りAのキーを一度押して、クラムを強く前に突き出した途端、正面のディスプレイの様子がおかしくなった。突然、エトワールの顔がどアップで映し出されたのだ。

「うわぁあ! な、なんだ!」

 叫んだ次の瞬間、大きな衝突音とともに、画面にはエクレールの顔だけが映ったままだ。

「うわぁっ! な、何が起こったんだ?」

 突然のことに、状況が把握できていない大河は、画面を見ながらクラムやキーボードを弄っている。

「ど、どういうこと……なんなの?」

 ミユキは、すぐには把握できていないようだが、すぐに、エトワールにフェンリルが体当たりされて、そのままエクレールの上にのしかかっているのだと気がついた。

「――いい加減、退きなさい!」

 エトワールはフェンリルを力一杯押しのけた。そして、フェンリルより先に立ち上がると、素早い動作でハンドガンを構えた。ミユキが叫ぶ。

「もらった!」

「うおぉぉっ!」

 大河が、クラムをまた力一杯引き戻すと、またディスプレイが変わった。

 今度はいつの間にか、エトワールが小さく見える。距離のイメージからしたら、二、三十メートルくらい離れている印象だ。

 あまりのことにミユキは唖然とした。目を丸くし、ディスプレイの向こうで小さく映っているフェンリルを凝視している。信じられないという表情だ。

 すぐに正気を取り戻すと、大きな声で叫んだ。

「嘘でしょ? どうなってんのよ!」

「大河くん! 今よっ、さっきと同じように――」

「こ、こうかっ? うぉりゃぁぁあ!」

 大河はクラムを思い切り前に突き出した。フェンリルは、ナイフを突き出したまま、ロケットの如く凄まじいスピードでエトワールめがけて突っ込んだ。

 それは目視できるレベルを超えていた。

 まったく反応できなかったミユキは、当然回避できるはずもなく、エトワールはフェンリルの構えたナイフに胴体を貫かれた。

「なっ!」

 ミユキには信じられなかった。いくら俊足の突撃などと言っても、アニメのロボットとは違う。ABSの俊敏性など、実物の人間の動きと大して変わりはない。ましてや十メートル以上離れたところから走ってくるのに、反応できないわけがない。

 しかし――できなかった。気がついたら、ディスプレイにはフェンリルが大映しになり、画面上部に赤い警告表示が出ていた。コアを貫かれた。それは、エトワール――ミユキの敗北を意味するのだった。



「た、高村さんっ! さ、さ、さ、さっきのはっ? さっきのはなんですかっ!」

 イツキは真奈美のそばにやって来て、興奮した様子で矢継ぎ早に質問を投げかけている。

「あ、あの――霧島くん、落ち着いて」

「は、はい! 落ち着きますっ! それでっ――」

 しかしイツキの顔は興奮しっぱなしの様子だ。

「全然、落ち着いてないでしょ。ちょっと座りなさい」

 ミユキがイツキの肩を掴んで、そばにあった椅子に座らせた。それと同時に、大河が口を開いた。

「なあ、本当に……あれ、一体何なんだ?」

「『アクセラレート』ね」

 ミユキが言った。

「アクセラレート? なんだそりゃ?」

 不思議そうな顔をする大河など御構い無しに、イツキは叫んだ。

「アクセラレートッ! アクセラレート・システムなんですか!」


 アクセラレート・システム――五、六年ほど前にアメリカで発明された技術だ。

 特定のプログラムを組み込むことで、通常では考えられない速度で移動することができる技術だ。まるでテレポーテーションでもしたかのように、一瞬で移動できる。

 ワールド内における常識の範囲を超えた動きであるが、機能するということは、なんらかの形でロウを回避しているはずである。

 この技術がどうやってロウをすり抜けられたか、多くの研究者が答えを求めたが、いまだに解明したという話は聞かない。

 欠点は、エネルギー浪費と、ジェネレーターの出力によって左右される移動距離だ。現存する最高出力のジェネレーターでは、一回につき百メートル程度が限界といわれている。ちなみにフェンリルは……真奈美がスペックを確認した限りでは、数十メートル程度だと予想される。

 また、このアクセラレートの動きにオペレーターも対応できなければならない。本当に瞬間移動するかのように動くので、通常はあまりにも突飛すぎてついていけない。扱いづらいのだ。

 また、ヘッドユニットから得られる臨場感が変に作用し、オペレーターは酔ったような症状を起こす。これが大問題だった。

 しかし、ごく一部の人に、これに対応できる人――通称「適合者」と呼ばれる人がいる。米軍など各国の軍でアクセラレートを活用しようとしたらしいが、この使いづらさが足枷となり今では使われていない。「適合者」は多くないのだ。


「まさか大河くんが適合者だったとは! すごいよ!」

 イツキはまだ興奮冷めやらぬようで、大河にぶつかりそうなくらいに近づく。近すぎて大河が引いてしまってるくらいだ。

「ま、待て待て――ちょっと落ち着け!」

「ご、ごめん。……いやはや、すごいよ。大河くん!」

 子供のようにはしゃぐイツキを黙らせると、ミユキが口を開いた。

「でも、アンタがアクセラレートに適合しているのは確実よ」

「どうして?」

「アンタはアクセラレートを使いこなしたのよ。それは誰にでもできる訳じゃないわ」

 ミユキはそう言って、これはとんでもないヤツが現れたと思い、少し気分が高まるのを感じた。同時に、このお調子者が図に乗らないように気を付けねばと気を引き締めた。

「なんかさ、イマイチ実感が湧かねえな」

「まあいいんじゃないかな。それから……大河くん。実はね、大事なことを忘れているのよ」

 真奈美は微笑んでいるが、急に真剣な顔つきになる。

「何だ?」

「晩ご飯の買い物まだしてないの。お父さん、お腹すかしているかも……」

「げっ、そういや買い物手伝うはずだった!」

 こうして、とんでもない一日は終わっていった。

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