シミュレーター対戦
「いいわ、やりましょ」
ミユキは、自信に満ちた表情で大河を見据えた。よほど自信があるのだろう、その声からも余裕が感じられた。
「ふん、いくら先輩だからって容赦はしねえぜ!」
大河は間違いなく、勝ちにいくつもりのようだ。しかし、完全に素人といってもいい大河と違い、ミユキは明らかにABSを使い慣れている。
どう考えても、大河には勝ち目はないと思うが、この大河の自信はどこから出てくるのだろう。褒められたのが相当効いているのだろうか。それとも、根っからの楽天家なのか。
「それじゃシミュレーターを準備しますね」
イツキは早速準備に取り掛かった。
「そういえば――ABSはどうするんですか?」
真奈美はこの対戦において、かなり重要なことを思い出した。
大河はABSを持っていない。なので、そもそも誰かに借りるかしないと戦うことはできない。先ほど大河が操縦していたABSは、部の備品で少し古い機体だった。見たところなんのカスタムもしていないフルノーマル仕様だ。
これではもう、その時点で不利だった。
「先輩相手にこれじゃあ、どう考えても無理ですよ。別のABSを……」イツキが言った。
「イツキ、別にさっきのヤツでいいぜ」
大河は、ディスプレイに映る、先ほど練習に使ったABS「エトワール」を指差した。
「もうちょっといいのにしなさい。『ド』素人なんだし」
ミユキが言うと、大河は「何を!」と憤慨した。
「大河くん。だったら、これを使ってみる?」
そう言って真奈美は、自分のスマートフォンを部室のパソコンに接続した。そして、パソコンのディスプレイに一機のABSを表示させた。
「あ、サジタリウス3だ。わぁ、すごいなあ」
イツキが目を輝かせて言った。
米国の大手メーカー「ブラウン&バーネット」のABS「サジタリウス」。
スマートな外観と、それに違わぬ高性能さが売りのABSだ。高級モデルとしても有名である。ブラウン&バーネット――略して「B&B」は民間だけでなく米軍にも納入しており、このサジタリウスも、最新バージョンが陸軍などのABS部隊で実際に運用されている。
この真奈美が用意してくれたサジタリウスは「Ver3・8」というモデルだった。、サジタリウスの三代目、八回目のマイナーチェンジモデルということになる。最新版はVer5・3だ。このサジタリウスから第三世代のABSとなり、近年少し古さを感じるようになった第二世代ABSとは、比較にならないくらい高性能なモデルだ。
「サジタリウス3なんて、いいABS持ってるのねえ」
ミユキは、意外そうに真奈美に尋ねた。
「お父さんの、仕事で使っているABSの一つなんです。シュミレーターなら、自由に使っても問題ないだろうから……」
真奈美の父、修平はフリーのプログラマーだ。ABSに関連するものも多い。なので、そのために複数のABSを所有していた。
「そうね、このくらいでちょうどいいかも。――わたしはこれよ」
ミユキのABSは、国内最大手メーカー「カガヤ」の「エトワール」だ。
第二世代ABSで、発売は十年以上前になる。ちなみに、最新のABSは第四世代に突入しており、それから見ると、このエトワールはもう二世代前の旧型だ。
安価な上に一時代を築いた人気ABSだったこともあり、エントリーモデルとしてまだ販売されているものの、古さは隠せない。実はこれ、先ほど大河が練習で使っていたABSで、部の備品でもある。
それを見た真奈美は、「先輩は本当にそれでいいのですか?」と言った。第二世代と第三世代は、割と性能に違いがある。ただの撃ち合いだと、それほど差を感じないように思うが、パワーの差など、細かい部分でこの性能差が効いてくる。
「もちろん。ハンデを考えると、初心者には丁度いいわ」
ミユキの表情には、相当な自信が現れていた。
対戦方法は、シミュレーションモードで対戦、武装はハンドガン一丁と格闘用のコンバットナイフのみ。お互いに撃ちあったり格闘戦に持ち込んで、相手を撃破したら勝ちとなる。撃破の判定は、シミュレーターが判断してくれる。
「そのテング鼻をへし折ってやるわ!」
「ま、できるもんならやってみな!」
二人の刺さるような視線が火花を散らす。