ABSって難しい?
「だぁぁっ! ど、どうなってんだっ!」
大河は、手元とディスプレイを交互に眺めながら、ABSの操作に四苦八苦している。
ABSは基本的な動きに『クラム』と呼ばれるパソコンのマウスに似た機器を使う。実際にそっくりだが、マウスと違って本体の下に台座のようなパーツがついている。これによって、グリグリとマウスにはできない三次元的な操作が可能になっている。
「基本的には、マウスみたいに手の平を乗せて動かすんだよ。そうすると上の本体だけ動くでしょ」
焦って、わけが分からなくなっている大河と裏腹に、落ち着いてアドバイスするイツキ。
「そうは言ってもなあ。あれ? おっかしいなあ――」
クラムは手の平を本体に置いた状態だと、ベースにストッパーが働いて、上の本体だけがグリグリと動く。これで視点や腕の動きを制御する。
「ゆっくりでいいからさ。手の平を浮かすような感じで動かしてみてよ。それで歩行するんだ」
クラムを指で持ち上げるかのように、力をかけないでクラムを動かすと、ベースごと動く。こうすることで、ABSを歩かせたり、走らせたり、後ずさったり、横移動したりできる。要するに、本体だけで上半身を動かし、ベースごとで下半身を動かせる、ということだ。
また、クラム本体は、かなり立体的に動く。頷かせるように前部を倒したり、反対に起き上がらせるような動作もする。
さらに複雑な動作も、AIのサポートがあるので可能だ。AIの学習が進むと、本当に思い通りの動きをしてくれる。
イツキはクラムをあれこれ動かして、ABSに様々なポーズをとらせてみた。別のモニターに映る、イツキの操るABSの動きと、イツキ自身のクラム操作の動きを見比べて、大河は「なるほど――こうやったら、こう動くのか」と、自分もクラムを持ってあれこれ動かしてみている。
しばらく使っているうち、大河が段々と基本的な動きが思い通りにできるようになっていくので、イツキは嬉しそうに声をあげた。
「――結構うまいね。大河くん、才能あるんじゃないかなあ」
ミユキも、「なかなか筋がいいわね」と言って褒めた。
「マジ? いやぁ、もしかして俺って天才?」
おだてられて調子が出てきた大河は、勢いでいろんなポーズをとらせて遊んでいる。
一時間くらい操作していたが、基本的な動作はできるようになってきたようだ。これはなかなかに大したものだ。
ロボットを操縦して戦うといいつつ、データ上の物事でしかないためにいくら戦っても「人体に危害の及ぶことのない」ABSを、にも関わらずABSを操縦する「オペレーター」が大して多くないのも、操作の難しさが一番の理由だった。
これでウンザリして止めてしまうのだ。向き不向きもあるので、大河は向いている――いわゆる才能があったのだろう。
そんな時、部室のドアをノックする音がした。
「はぁい」
ミユキがそれに反応して返事すると、ゆっくり部室の引き戸が空いた。
「失礼します」
部室に入ってきたのは真奈美だった。ミユキはすぐにそれに気がついて、声をかけた。
「あ、真奈美ちゃん。できた?」
「はい、これでどうかなって思って」
少し照れ臭そうに話す真奈美は、部室に入ってミユキの元に行った。大河はその声に気がついて、振り返ると真奈美がいたので驚いた。
「あれ? 真奈美じゃないか」
「あら、大河くん?」
真奈美も驚いたようだ。どちらもまったく想定していない場所で会ってしまった。
「へえ、あなたたち知り合い?」
「ええ。大河くんは、うちに住んでいるんです」
「ええ? 真奈美ちゃんの家に? ちょっとそれ、どういうこと?」
ミユキが興味津々で真奈美に顔を近づける。
「別になんでもないです……あの、せ、先輩。顔が近いです……」
真奈美は苦笑いしている。
「そうだ、何考えてんだよ。先輩」
大河も、明らかに何か誤解してそうなミユキに弁明している。
「ふぅん、葛城くんって結構大変だったのねえ」
一通りの事情を聞いたミユキは、大河に対して少し同情的になっていた。そのせいか、少し部室の雰囲気が重たくなっていた。
イツキは、そんな雰囲気をちょっと和ませようと考えたのか、大河の操縦のことを口にした。
「高村さん、大河くんってABSの操縦うまいんだよ」
「そうなの? わぁ、大河くんすごい」
真奈美の表情がパッと明るくなった。
「普通は、最低でも一週間は一生懸命練習しないと、なかなか思い通りには操れないものだしねえ」
ミユキが言うと、大河は満面の笑みで言い放つ。
「まあ——俺にかかりゃあ、ABSなんざチョロいもんだぜ。へへん!」
「キミ、ちょっと調子に乗りやすい性格のようね」
ミユキは少し呆れ顔で言った。しかし大河はそんな様子など気にもしていない。さらに調子に乗った言葉を吐いた。
「んなもん楽勝楽勝。こんなん誰でもできんじゃねぇの。簡単なもんだぜ」
「ちょっとできるようになったからって、それじゃ先が思いやられるわね」
カチンときたのか、ミユキが大河を睨んだ。
「もう完璧さ。こんなもん誰でもできるだろ」
「それどういう意味?」
「意味も何も、こんなもんゲームみたいなもんだろ。ちょっと練習すりゃ、楽勝だ!」
完全に調子に乗っている大河の態度が癇に障ったようで、ミユキは挑発的な言葉で反論した。
「ABSはゲームじゃないわよ。操作も複雑だし、アンタみたいなバカっぽい単細胞には、ずぇっったい――ムリっ!」
「なんだと!」
「本当のこと言ったまでよ。誰だってそうだわ。いつも最初はゲームだとか言うのよ。でもこれはゲームじゃない。「ワールド」というネットの中でのことでしかないけど、「ロウ」に支配された過酷な世界よ。あんたたちが能天気に遊んでるゲームと一緒にしないで!」
ミユキと大河は、お互いに主張を譲らず、互いの視線で火花を散らしている。その間でオロオロしているイツキ。どうしようか、慌てたイツキは近くにいた真奈美に言った。
「た、高村さん、どうしよう……」
真奈美は、そんな二人を側で見ていて、苦笑いして一つの提案をした。
「じゃあ、対戦してみたら——どう、かな?」