侵入
静寂に包まれた、無機質な薄暗い通路に二つの影が見える。
機械の駆動音を小さく断続的に響かせながら、ゆっくりと慎重に歩いている。その姿は、鎧兜をまとった戦士――いや、全身を鋼鉄の装甲に包まれた人型ロボットだ。
その二つの影は、どちらも銃……アサルトライフルを構えていた。またよく見てみれば、その姿は近代装備で固めた歩兵のようでもあった。
背中にはバックパックを背負い、腹や腰回りに小銃用のマガジンや手榴弾などを複数ぶら下げ、脚部を見れば大腿部に拳銃――ハンドガンをホルダーに収めてある。どちらも様々なパーツを好きなように取り付けて、使いやすいようにカスタマイズしている。
二体のロボット兵士は、前方に何かを発見した。
少し前を進んでいた方のロボットが、頭を後方のロボットの方に向けて何か合図をした。それに答えるように、後方のロボットも同じように合図した。
……ぼやけた蛍光灯の明かりが部屋を照らしている。十二畳ほど部屋だが、棚や机、何かの機材などが大量にあって、実際には大して広くない。
この部屋には三人の男女がそれぞれ机の前に座って、パソコンのディスプレイの明かりに照らされながら、その画面の向こう側を凝視している。
三人のうち二人の男女は、服装から察するに高校生のようだ。もう一人の少女は小柄で少し幼く、中学生くらいに見えた。
三人の少女と少年は、ヘッドホンに似た機器を頭に装着している。彼らの前にあるパソコンのディスプレイには、薄暗く無機質な通路が映し出されていた。
廃墟のビルかホテルのようであった先ほどまでと違って、無機質な金属壁で囲まれている。その金属壁は、ところどころが破損し、ここもまた廃墟の一部であろうことを思い出させた。またそれは、日常においてまず見ることのないSF映画のような光景だった。
彼女たちの見るディスプレイの光景は、あの二体のロボットの、それぞれの視界であるようだ。
ディスプレイに映る通路を前に、高校生と思われる少女がつぶやいた。
「扉があるわ」
「……先輩、本当にこの先にあるんですかね?」
少女の隣の机で、同じように自分の目の前のディスプレイを見る少年が、少し不安そうな表情で、自身が先輩と呼んだ少女に声をかけた。
「勿論よ。ここは二階でも、まだ私たち以外には誰も侵入していないはずだわ。見なさい、このゴツい扉――絶対この先に何かがあるはず」
先輩と呼ばれた少女は、自信ありげに断言した。
「確かにそうですけど……」
ロボットたちの目の前に、大きな壁――いや、扉があった。未来的な金属製の大きな扉だ。まさにSF映画に出てくるような、何ものも遮断し一切を拒否している頑強極まりない、場違いな扉だった。
少女の操作するロボットは、目の前の扉をくまなく調べている。ふと、扉周辺の壁に蓋があるのに気がついた。郵便受けくらいのそれほど大きな蓋ではない。
少女はロボットを使い、その蓋のヘコミに指をかけてガチャガチャと動かしてみた。すると横にスライドするように少し動いたので、そのままスライドさせて大きく開けてしまうと、そこから何かのコネクターの差込口らしきものを見つけた。
「これね。コネクターは……USBだわ」
それを前に、少女は嬉しそうにつぶやいた。その少女の後ろから覗き込むように、少年もその差込口を見て言った。
「本当ですね。まあ、ましな方じゃないかなぁ」
「まあね。この間なんてSCSIだったし。本当、あの時はありえないって思ったわ」
この廃墟のような建物の中は、こういったパソコンで古くに使われていた規格のコネクターがあちこちにあった。これに接続することで、何らかの情報を得たり、機械の操作などにアクセスできたりするようだ。
「やっぱりロックが掛かってる。解析するわよ」
少女の操る方のロボットがその場にしゃがみ込むと、背負ったバックパックを背中から切り離し、そのまま床にストンと落とした。
そしてロボットは、そのバックパックの上部にある蓋を開いて、中から弁当箱くらいの箱状の機器を取り出した。その機器はいわゆるUSBメモリーに似た形状をしている。箱状の本体部に、USBコネクターがくっついている。
そして、そのデバイスを扉にあるコネクターに差し込むと、「よし、いいわよ」と言った。
ロボットを操作している少女たちとは、少し離れた机に座っている中学生くらいの小柄な少女が、「了解。ちょっと待ってて」と言って、ディスプレイを睨みながら何やらキーボードを叩き始める。
どうやら先ほどの扉のロックを解除するために、機器を使ってパスワードを解析しようとしてるようだ。
どんなことを行っているのかは、まったく不明だが、あの手この手を尽くしてロックを外そうと試みていることは、少女の真剣な眼差しから察せられた。
四、五分の後、解析作業をしていた小柄な少女が「解析完了。――準備はいい? 開けるよ」と言った。
重い音を立てながら、ゆっくりと真ん中から左右に動いて開いていく。
扉の前の二体のロボットは、生命の宿らない無機質なロボットにも関わらず、少しづつ姿を表す未知の空間に、どこか緊張感を漂わせているようにも見えた。
「よし、行くわよ」
少女は、その扉の先を真剣な目つきで睨みつつ、一歩を踏み出した。
「——待って。何か……音がする」
ロボットを操縦している方の少女は、キーボードから手を離すと、頭に付けたヘッドユニットを両手で押さえた。そっと目を閉じ、意識を集中させ、何かを感じ取ろうとしている。
……確かに音がしている。間違いない……何か障害物を破壊しながら突進している――まるで暴走したトラックが、あちこちの建物にぶつけて破壊しながら走っているような音だ。
次第に音が大きくなってきた。二人の視線のはるか向こうに続いているこの通路の先から響いているようだ。
少女のロボットは、胸部にマウントしてあったライフルを外して、左手でグリップを、右手でハンドガードを握った。どうやら彼女は左利きのようだ。そのままストックを肩に当て、ドットサイトを覗き込みながら正面に向けて構えた。
それと同時に射撃モードを、セーフティからセミオートに切り換えた。