王女の教育
ゴムは手触りがぷよぷよしていた。勇者の武器と呼ばれたニセ商品の中では伝説級の気持ち悪さだろう。
俺は、ゴルフクラブの金属部に持ち換える。ゴム部分は水の吸収がいいようで、ゴム部を持つ方が手はしわしわにならないだろうが、俺は理性よりも感情の生き物なのである。
ジェリコは風船の方を見ていたが、俺が近づくと目線を地上に下ろした。
「走ってきてくださったのですね」
「だって、アイスが溶けるだろ」
ジェリコは少し目を細め、緩めた。そして俺の持ってきた粗大ゴミを見た。
「それが必要なものですか」
「ああ、残念ながら必要になったものだ」
俺はジェリコの目の前に立って、高さを稼ぐため、ぷよぷよ部分を仕方なく持ち、腕をのばした。
クラブの先は欠けているが、ボールに当たるところから棒の部分へのくびれはまだ健在である。それを風船からアイスの箱にのびる紐に引っかけるのだ。必要なのは高さだけ、それさえ何とかなれば廃品で十分である。むしろ「剣」がゴルフクラブだったからできることだ。
ジェリコは俺に場所を譲り、一緒にクラブの先を見上げた。やや高さが足りなかったが、背のびをすればなんとか足りる。
俺は上を見上げ続けながら、フラフラ揺れるゴルフクラブの先を風船の紐に絡ませる。
一度目、クラブの先が絡む。そしてすり抜ける。
二度目、又先が絡む。今度はひっぱっても、枝から風船が外れない。
「ジェリコ、悪いけど木をゆすってくれ」
ジェリコは俺を睨むと、木をバゴバゴ蹴った。彼女の破壊的な辞書の上では、これが揺するという意味なのだろう。蹴ってくれといわなくてよかった。
木が揺れる。そして風船が離れる。
風船の先にはテニスボール6個分位の箱がついている。思ったよりも大きい。しかし、風船はそれ以上に大きく、多すぎた。そのまま風船の紐がクラブの先端をこすり、空に飛び立とうとする。
「ヤバイ!」
俺はとっさにクラブの角度を一気に下げて、地面に下ろす。クラブの先が絡んだところは幸運にも風船を三つと二つに分け、その間にクラブの棒が入っていく。
アイスの箱は、クラブに抑えつけられ一旦、地面に近づく。そしてクラブの棒の傾斜そのままに、クラブ下をスライドして俺の腕に上がってきた。風船も一緒である。俺は片手で風船の紐を掴んだ。そのままジェリコに渡そうとした。
「ほら、ジェリコ」
「箱の方を持って渡して下さればよいのに。それでも有り難うございますわ」
ジェリコは俺の持つ風船の紐に手を伸ばさず、左手で箱の方を掴んだ。そして右手で風船を二個次々と握りつぶした。
「これでバランスがよくなりましたわ」
あくまで風船持ち運び法を止めるつもりはないらしい。
包みを離して、地面に落ちることを確認したジェリコは、包みを爺に渡した。
そして再び俺に目を向けた。
「その棒は変わった形をしていますね。それは何という名前の棒なのです?」
どうやら、俺の持つ粗大ゴミのことを訊いているらしい。ここで勇者の剣と騙してジェリコに売りつけるのも一興だが、あとでクーリングオフ代わりに、俺の家にミサイルが飛んできては困る。
「勇者の武器というブランド名の、廃品のゴルフクラブ、ってとこだな」
正直に言ったが、ジェリコの興味は潰えない。
「まあこれが! 見せて頂いても?」
「いいよ。てか欲しいならやるよ」
俺が渡すと、ジェリコは金属部分の赤茶けた錆や、崩壊しつつあるゴムの部分を珍しそうに観察した。ここまで完璧にゴミに変身する前に一般の人は捨てるだろう。ましてやジェリコは裕福なようだから、腐敗したクラブは絶滅した恐竜レベルで面白かろう。
そのうち、ジェリコはゴム部を持ち、横向きにブンブン振り回しはじめた。俺はそっと距離を置き、木の影に隠れた。ジェリコの行動は、建物を簡単に破壊することを俺はもう知っている。
ジェリコはそのまま勢いづけて手を離し、横投げで飛ばされたクラブは川の中央へと当たる。そして、大きな水しぶきをあげ、沈んでいった。
「ね、爺。わたくしもゴルフができますのよ」
ジェリコは爺の方を向いている。しかし目線はちらっと俺をかすめ、その時に鼻が自慢気にふくらんだ。
「お見事でございます、王女様!」
爺が綺麗な拍手をする。
爺の教育のおかげでジェリコが狂ったのか、ジェリコに仕えていたせいで爺が狂ったのか、俺はもはや分からなくなった。
さすが王女様!なんでもできるんですね!