風船の時間
「助けを呼んで来ますね!」
と言ってその場を立ち去りたい位の激情を捨て、俺は心穏やかな人間を装い、ジェリコに尋ねた。
「風船につけた大切な品とは何です?」
ジェリコが届かないと言っている品は俺にも届かない。
風船が引っかかっている木は枝もないし、都会っ子の俺は木登りなどしたこともない。
しかも、慣れないのに苦労してユサユサ木を揺りながら登れば、絡まっている風船がはずれて、今度こそ空に冒険しかねない。風で風船が木に絡まることができるということは、逆を辿れば外れることもできるということである。そうしたら折角助けようとしたのに、逆に睨まれかねない。
ならば、その大切な大切な品が、何かで代替可能だと気づかせてやればいい。
彼氏がくれたというなら、彼氏を呼べといいたい。独りものの妬みだ、悪いか。
姫はよく訊いてくれたというように頷いた。
「はい。あの箱の中には、とてもとても貴重なジェ・ラートが入っているのです。普通にはとてもとても買えない品物なのです。それが今日やっと購入できたのです。当たり前のことながら、厳重な要冷凍。わたくしが焦っている理由がおわかりでしょう」
俺にはさっぱり分からない。スイーツ男子に生まれていたら、俺もこのように他人に助けを求めていたのだろうか。ジェラートに点をつけて呼んでいただろうか。
「代わりを買ってくることにはいかないのですか」
ジェリコは首を振った。
「人気商品でもう売り切れましたわ」
「そうでしたか」
俺は途方に暮れた。
断ることは決まっている。勇者でも全員断わるだろう。木登りが上手いか垂直飛びが異様に得意な勇者以外は。問題はどう断るかで、相手が丁寧な口調なだけに難しい。
考えていると、草を踏み分ける音が聞こえる。
ばあちゃんかと思って振り向こうとすると、いかにも執事っぽい身形の初老の男が俺の横を目礼しながら通りすぎた。そして木の下のジェリコに向かいあう。
「爺!」
「王女様」
二人は言葉を代わし合った。お役御免である。風のように立ち去る時である。しかし、ジェリコの方が速かった。ジェリコは俺の方をグリンと向いた。
「なので、助けてくださいまし!」
「いえ、あの、こんな余所者よりも信頼できる爺様に手伝って頂いた方がご安心で」
その時、ばあちゃんの声が俺を遮った。
「おい、勇者がなに弱気なこといっとる!」
ばあちゃんも爺の背後に付いて来ていたようだ。
「そうなのです、勇者様にお願いしたいのです。勇者様なのですから」
ジェリコは今の今まで俺が勇者だって知らなかっただろうに。俺は爺を見た。
「王女様はあなたに取ってもらうのを御所望です」
御所望は当然叶えられるべき、だと爺は暗に言っている。俺はばあちゃんに目を向ける。
「ほらみい、勇者のお前が頼られとる」
ばあちゃんは満足げである。俺は観念して口を開いた。
「無理ですわ」
勇者ファンにつめよられる主人公。うらやましいですね。