王家の荷物
ようやくばあちゃん以外のキャラ登場です!!お待たせしました!
実は、彼女に近づいた際、彼女が、
「何か御用でしょうか?」
と不審者を見る目で俺を睨むか、俺を避けて何もなかったかのように、すっとその場を立ち去ることを想定していた。
俺と会話する態勢をとるどころか、助けを求めてくるなどあり得ないと思っていた。
なので、ばあちゃんからそれっぽい返事を授けられていたくせに、俺は全く反応することができず、口をぱくぱくさせた。それがますます俺を緊張させた。
彼女は俺の様子を見て何か勘違いしたらしい。
「失礼いたしました。自己紹介をさせていただきます。わたくしはキガナンの王家第一王女、天姫子、エンジェリコと申します」
ジェリコの言葉を聞いたとたん、俺の緊張は消滅した。
キラキラネームだとかそういうことではない。
キガナンとか王家とかいい出したので、ジェリコがカルト教団「王宮」のメンバーだということが分かったからである。
ようはスーツの仲間なのである。スーツよりははるかに礼儀正しいから、好感は持てるのだが、今までに「王宮」へのマイナスイメージが大きすぎて、ジェリコもあまり信用できない。
気が抜けたとたん、返事がさらさらと俺の口から出はじめた。
「はあ。こんにちは、ジェリコさん」
ジェリコの左眉が少し上がった。
「エンジェリコです。エンは名字ではありませんの」
ますますキラキラネームである。俺が彼女の担任だったら絶対に読めない。
「そうなんですね。それでどうされたんですか?」
ジェリコは息を一度吸って吐いた。左眉は元の位置に戻っていた。
「はい。実は、わたくしの大切な大切な物が風に飛ばされてしまって」
ジェリコは自分の真上を指差した。その指先を辿ると、木の枝になにかが絡まっている。風船である。一つではなく五つくらい束ねられているようだ。
「もしかして、あの風船ですか?」
俺は混乱した。彼女は風船五つで泣いていたのか。
いや、人の価値観はそれぞれだというが、それにしても、高そうなコスプレやらバッグやらを持っていて、それも王女とか言ってる人が、風船五個くらい買えないものだろうか。
それとも、風船による環境汚染を起こしてしまった、自分の腑甲斐なさに涙しているのだろうか。今は土に溶ける素材の風船も多く出回っているはずである。
「風船ではありません。風船の先についたわたくしの大切な大切な物です」
俺は素朴な疑問をぶつけた。
「なんで風船がついてるんです?」
少なくとも風に飛ばされた原因は風船だろう。
ジェリコはよくそこを訊いたという風に頷いた。
「はい。わたくし、重いものを持つのが苦手なのです。ですが買い物には行きたいし、爺にばかり持たせるのも。自分の持ちものは自分で持たないと」
王女にしては殊勝な心掛けである。爺というのはおそらく執事か使用人であろう。
「そしてわたくし、素晴しい考えを思いついたのです。品物に風船を沢山つけて軽くすれば持ち運びしやすいだろうと。見事にわたくしの考えは当たりました。しかし、わたくしとしたことが、風船を少し多くつけ過ぎたのです。そして気がつくと、わたくしの買った大切なものはそこの木の枝へ」
ジェリコはまた風船を指差した。ジェリコのいう品物は俺の立つ位置からは葉に隠れて見えない。
「わたくしは懸命に風船を取ろうといたしましたが、努力実らず」
ジェリコは両手を上げ、背のびをした。ジェリコはそこまで背が高くない。両手を上げたその姿勢で、俺の頭の天辺に届いていない。ちなみに風船は俺の約二人分の高さの枝にひっかかっている。
ここまで話を聞いて俺は二つ結論を下した。
一つ。これはジェリコの自業自得だと。風船付きの荷物は風に飛ばされたのではない。飛ぶべくして飛んでいったのである。
二つ。ジェリコの爺は胃潰瘍を患っている。俺だったら確実に患うだろう。