表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

耳覆い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ねえ、先輩。チアリーディングのコスチューム、何で違いを出します? 今度の体育祭で応援合戦があるみたいなんですよ。チームごとに特色だそうかな〜と思いまして。

 ――「大変だな」って、他人事みたいに言っちゃってくれていますけど、先輩もやるんですよ? 代表選手でも何でもないでしょ? そういう人は強制的にチア係ですよ。女も男も。それじゃなきゃ、意見なんて求めないですよ、も〜。

 で、何かグッドな考えはありませんか? 出してくれたら即採用ですよ。大胆すぎなければ。

 ――獣耳のカチューシャ。

 ああ……はいはい、お約束のあれですね。遊園地のお土産物屋さんで売っているような。

 ん? 何です、その顔は。「私の反応が物足りない」とでも言いたげですね。サブカルチャー的な言動でも期待していたんですか?

 おあいにく様ですが、私が育った環境は耳というものに関して、少しシャレにならないくらい真剣でして。先輩が出してくれたアイデアも、内心シリアスに受け止めていましたよ、ええ。アイデア提供のお礼代わりに、ちょっとお話をしましょうか。

 

 最初に、問題です。私が今、髪の毛の中に隠している両耳は、いったいどのような状態でしょうか? 髪の毛に触っていただいて構いませんよ。許可します。

 ふふ、何をびびっているんです? いたいけな後輩の髪の毛を自分の手でかき上げられるチャンスなんて、そうそうあるものじゃないですよ。ほらほら、見ないんですか?

 ――特に変わったところはなし、ですか。

 ふう、安心しましたよ。自分が良くても、他人にどう見えているかが問題でしたから。もしも先輩がウソをついていたとしたら……近く、私はどうかしてしまうかも知れませんね。

 私が育ったところは、昔から女の人は髪を伸ばすことを勧められています。今のやりとりで薄々感じられているように、耳を隠すことができるようにです。

 それにはこんないわれがあるんですよ。

 

 むかしむかし、私の地元がまだ小さい集落だったころ。

 出稼ぎから帰って来た青年が、ひとりの娘を連れて帰ってきました。働き先で知り合い、じょじょに愛し合うようになって、嫁にもらおうと共に帰ってきたとのことでした。

 娘は艶やかな黒髪と整った容貌を持っていましたが、言葉は片言で話すのが精いっぱい。私の地元は訛りが強いせいもあるのか、彼がそばに立って通訳をしない限り、会話を成り立たせることは一苦労だったそうです。

 祝言を終えると、彼女は外に出る時は必ず夫を伴い、それ以外は家の中からちらりと、顔をのぞかせることがあるくらいで、ほとんど孤立気味だったといいます。

 その様子を見かねたんでしょうね。お隣の家に住まう奥さんが、旦那さんが泊りがけの仕事になり、家を空けると聞いた時、彼女の話し相手になろうと、かの家の門扉を叩いたのです。

 その様子を遠巻きに伺っていた他の村人たちによると、奥さんはまず閉じた扉越しに何度か声をかけていたそうです。

 最初はほとんど奥さんの独り言だったのですが、少しずつ応答するような言葉に。そのうち戸が開いて、中へと入っていったのだとか。

 しかし半刻も立たずに、隣家の奥さんが外に出てきました。その顔に恐れを浮かべて、自分の家の中へと戻っていってしまいます。

 何があったのか。あの娘を避けながらも、世間話は大好きな他の家の奥方たちが、こぞって隣家へと押し掛けたそうです。ほどなく、村中の女たちの間に、このような噂が広まりました。

 あの娘に、両の耳は存在していない、と。

 

 この話は結論から言えば、事実でした。旦那さんが家から帰って来るや、彼女の耳についての質問が殺到しました。

 旦那さんもやむを得ないと思ったのか、家に村の者を集めて、彼女に二、三言葉をかけてから、その髪をかき上げたのです。

 本来、両耳があるべき位置に、それらはありませんでした。いえ、もっと正確に述べましょう。

 彼女の右耳があるべき位置は、わずかな肉の起伏があるばかりでした。左耳がある位置は起伏のてっぺんに小指の先が入るほどの穴。外耳がいじにあたる部分が存在しなかったと言います。

 彼女がその姿を晒したのは、わずか数秒の間だけ。その後、皆にさっと背を向けて、奥へと引っ込んでいってしまったとか。

「辛いことがあったらしいのです」と、旦那さんは語ります。自分もまだその事情について彼女の口から聞いていないし、彼女が語る気になるまで尋ねるつもりもない、と。

 村の人々も、彼女の難聴ぶりに、表向きは納得して気にかけるようにしましたが、これまで以上に彼女から距離を置こうとした者も増えたのは確かだとか。


 彼女と旦那さんの間には、毎年のように子供が産まれました。それは育児という名目で子供にかかりきることで、外との接触を控えることができる、彼女にうってつけの状態とも言えました。彼女はますます、人前に姿を見せる時間を少なくしていきます。

 旦那さんとの間に生まれたのは、いずれも女の子でした。取り上げた産婆さんの話では、どの子もちゃんと耳がついていることを聞き、周りの者は安心したとのことです。

 親同士のわだかまりはなかなかなくなりませんでしたが、次代の子供たちにしがらみはありません。同じ時間を共にした友達として、彼女たちと打ち解けていったそうです。

 彼女たちはそろって、母親のように長く髪を伸ばし、耳を隠していたとか。おそろいの髪型であることを友達に指摘されると、「全部、母に言いつけられてやっていることなんだ」と、一様に答えたそうです。

 月日は流れ、彼ら夫婦の一番上の娘が結婚できる歳を迎えます。当時は家の意向が優先されることがほとんどでしたから、相談が成された結果、ずっと昔から遊んでいた男友達のうちの一人が、その伴侶候補に選ばれました。

 村の中で夫婦になる場合、男女は三日間、同じ部屋で夜を過ごさねばいけません。男が女の元へ通う通例。それを持って婚姻の証とするのです。

 彼が彼女の部屋に訪れた、最初の夜。両親や他の子どもたちは、あらかじめ用意した離れに移動しており、家には二人しかいません。


「夫婦になるにあたり、あなたにお願いがあるのです」


 燭台のろうそくのみが照らす、部屋の中。彼女の横顔が火に当たって、ほのかに闇の中に浮かんでいます。

 彼女はそっと腰に差していたものを抜き、彼に渡します。それは鞘に入った小刀でした。


「母上も妹たちも、私たちに何も言ってくれません。ただ一人、父だけは昨年から私の異変に気づいたそうなのです。父は話してくれました。『これはどうやら男にしか見えないようなのだ』と。だから、あなたにお見せします。どうかありのままを受け止めてください」


 彼女は両手で髪を大きくまとめ上げ、天井に向かって腕を伸ばします。それにつれて彼の前に、小さい頃にちらりと見たきり、豊かな黒髪に隠されてしまった両耳が露わになっていったのです。

 そこに彼の記憶が描いた通りの形はありませんでした。彼女の左耳は大きなこぶになっています。よく見ると、外耳がダンゴムシのように内側に丸まり、耳の穴をすっかり閉ざしてしまっていました。

 対する、右耳。こちらは穴の付近こそそのままですが、そこから上に伸びる耳輪はこめかみを超えんばかりの位置まで、伸びているのです。更にそのてっぺんからは産毛とはまた違う、黄金色の毛に覆われていて肌が見えません。耳垂も同様、すでにあごの下と並ぶほどに伸びながら、ふさふさと毛を生やしています。

 思わずのけぞった彼の姿を見て、「やっぱり、そうなんだ」と彼女はうつむきながら、肩を落とします。


「なら、お願いがあるの。その小刀で、私の両耳を削いで」


 彼はますます戸惑いを隠せませんが、彼女は言葉を続けます。

 父もまた、母に対して同じことをしたと。母の母も、そのまた母も、同じように行ってきたことらしいのです。聞いたところによると、このようになった耳を落とさなければ、この変化はじょじょに顔全体を、そして両手両足までをも蝕んでいく。そして、女の眼には人間の姿に映るのに、男の眼にはとても正視が適わないほどの、物の怪の姿に変わってしまうと。

 これまで母親の一族も、その多くが男によって殺されてしまったとのこと。けれども女の眼には男がおかしくなったようにしか見えず、報復に報復がつながって、とうとう逃げ出さざるを得なかったとか。

 話している間にも、彼女の耳の根元からぞわぞわと、金色の毛がみるみるうちに生えてきます。彼女の頬やあごにも、その版図は広がっていきます。


「お願い、早く! 私はこの村に居続けたいの! だから、あなたにお願いしたい。これから一緒に過ごすあなたに!」


 彼女の悲痛な叫びを聞きながら、彼は震えていましたが、なんとかその小刀の柄に手を伸ばしました。


 それから二人は祝言を上げましたが、彼女は皆へのあいさつもそこそこに、奥へと引っ込んでいってしまったそうです。以来、彼女は母親以上に、家の外へ出ることはなくなってしまいました。

 夫となった彼に事情を尋ねる者もいましたが、彼は身内となった者以外に、それを打ち明けることはありませんでした。しかし、何代も時を経て、秘密を公にしてしまった者が現れたとか。

 迫害を恐れ、彼らの血が入った一族は散り散りになり、今も全国のどこかで血をつないでいる、とのです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ