第七話「魔術機械」
「こいつを殺せばいいのか?」
「ああ。そいつは、俺の人生を狂わせた奴だ! 今まで、俺がどれだけ国のために働いてきたと思ってやがるんだ……! 国を救うためだとか嘘をつき、完成したら用済みだと仲間を殺していった。俺は、何とか逃げ出すことができたが……くそっ!」
暗殺者としての仕事。
特別な暗号で、依頼をしたいと受け取り、それを承諾。
詳しい内容を聞くために、誰にも悟られないような場所で、殺してほしい奴と何があったのかを聞き
報酬金を貰う。
こんなやり取りを何度繰り返したことか。
最初はぎこちなかったが、今ではスムーズにことが進んでいる。
目の前で悔やんでいる男。
国を救うために、ある魔術機械を作る技術者として雇われ、それを製作。ついに完成し、これで国は救われる! そう思っていたが、情報を漏らさないためなどと謎の言い訳をされ皆殺し。
運よく、逃げ延びた生き残りが、晃の目の前にで壁に拳を叩きつけている男だ。
「あいつらは、絶対俺のことを逃さねえ! 俺もいずれ奴らの追っ手に殺されるだろうさ……。だから! せめて! 殺される前に、あいつらの敵をとってほしい! あのまやかしの救済魔術機械を。【ガルディア】を破壊してくれ!」
恨みと悲しみ、二つの感情が交じり合った顔で、晃に叫ぶ男。
機械の破壊。
その言葉に、晃は冷静に首を横に振る。
「俺がするのは暗殺だ。機械の破壊じゃない」
「報酬は追加で支払う! だから! 頼む!!」
大の男が大粒の涙を流し、晃に縋る。
晃が受け持つのは殺すこと。機械を壊すことじゃない。そもそも、機械を壊すなど一度もやったことがない。
……いや、殺すこと、か。晃は、依頼者の男に落ち着くように伝え首を横に振る。
「わかった。だから、落ち着け。依頼は受ける。後、報酬の追加はしなくていい」
「ほ、本当か?! 助かるぜ……。じゃあ、頼む。俺は、いつ殺されてもいいように、残りの人生を楽しんでおくさ」
晃の言葉を聞き受け、小さく今日にも死にそうな表情でとぼとぼと去って行く。
殺すこと。
つまりは、これから晃は人間を、そして機械を殺しに行く。殺すことには変わりは無い。さて、今夜が実行時だ。
準備を整えておかなければ。踵を返し、晃は闇の中へと溶けていった。
・・・・・★
ラグランド・ジュレン。
とにかく珍しい物好きで、頭に浮かんだものを職人を集めこみ作らせるような身勝手極まりない男だ。
そのラグランドも、とうとう魔術機械に手を出した。
魔術機械とは、魔術。つまり、魔法の発動時に唱える術式を刻み込んだ機械のことだ。
通常の魔法は言葉による詠唱に対し、魔術は、予め刻み込んでいた術式を展開することで発動することができる。
科学が進んでいくと、魔術が発達し、魔法よりも便利だと言われるようにまでなっている。
だが、魔法も未知数なことが多い。
魔術は、まだ魔法には勝てない部分があるため、世界のどこかでは魔法使いと魔術使いによる戦争が起こっているらしい。
そんな魔術にラグランドは興味を持ち、救済のために、と偽り自分のために魔術機械を技術者たちに作らせ、情報の漏洩、同じものを作らせないために完成したと同時に技術者達を皆殺しに。
が、何とか逃げ延びた男の依頼で、晃は今、ラグランドの館に潜入している真っ最中。
「……見取り図通りだと、この先にラグランドの自室があるようだな」
まずは、ラグランドの暗殺。
排気口を通り、ラグランドの部屋一歩手前まで到着。
隙間から、見える護衛の数は二。
二人は妥当な数字だろうが、少し少ないな。
しかしこれならば。
隙間から、鉄を強めに放り投げる。それは、床に転がり大き目の音を響かせた。
「ん?」
生き物は大抵、音に敏感だ。
そして、何かを護っている護衛のような者であるのならば……かかった。
二人同時に、同じ方向へと顔を向けたのを確認し、素早く排気口から出る。そのまま、近くの護衛一人の心臓を貫く。
「かはっ……!」
ぐちゅ、という聞いていても気持ちが悪くなる音が鳴り、抜けような声を上げ倒れる。
「なっ」
すぐに様子がおかしいことに気がつくが、晃は背後に回りこみ首筋を切り裂いた。
血飛沫が壁に付着する。
これで、護衛はいなくなった。
目標は何をしているか。
壁越しに耳を澄ませる。
「はっはっはっはっ! いいだろ? 俺のコレクションがまた増えたんだぞ? あぁ、ああ。わかっているともさ。今度、そいつを披露するためにパーティーを開こうと思っているところだ。最高にうまい高級料理を用意して待っているぞ」
のん気にお披露目パーティーの話をしている。
護衛が殺されているのにも気づかずに、通話に夢中のようだ。
これならば、ドアの開く音が小さければ気づかれないだろう。それに、ラグランドはもう七十近い。
耳が遠くなっているはずだ。
六十を超えてもまだまだ現役と変わらないのもいるにはいるだろうが。そういう存在は、数が限られているから、狂った奴がその一人だとは思えない。
ドアノブを捻り、そっとドアを開けて隙間より部屋の中へと入り込む。
そのまま、ソファー身を隠し、懐にあるナイフへと手をつけた刹那。
『侵入者を捕捉。排除行動に移行します』
「なっ!?」
容赦の無い銃撃。
人の気配は無かったはず…!? コートには掠ったが、身体に当たらなかった。しかし、これだけの物音を響かせては、気づかれてしまうだろう。
それにしても、どこに潜んでいたんだ?
気配を察知することに関しては、アリアとの修行で死ぬ思いでやっていた。多少気配を消すことがうまい相手だろうと、察知できる自信があった。
それなのに、感じられなかった。いや、先ほどの声は明らかに。
「侵入者だと!? 警備の奴らは何をしている!! 【ガルディア】!! 侵入者を殺せ!!」
『了解しました。近接格闘モードに変更。追撃をします』
ラグランドが命じた二メートルほどの機械が部屋の端に置かれていた。人型で、腕には大きな筒を二つ。まるで、騎士甲冑と機械が合体したような姿だ。
輝く二つの瞳が、緑だったのがラグランドの命により赤く染まり、筒だった両手が刃へと変化する。
どう見ても、救済って代物ではない。
どう見ても、殺戮という言葉が似合っている……兵器だ。
魔術機械。こんな大きな奴と戦うのは初めてだが、やれるだろうか? 生物とは違い、機械だ。
違う、やれるかじゃない。
やるんだ。依頼を受託したからには。
(殺す。俺は、暗殺者。もう悲しみの連鎖を出さないためにも……やるって決めたんだ)
「やれ!」
その巨体は、予想もできない素早い動きで接近してくる。
力強く跳び、一撃を避けるも、反応速度も良いようで、追撃がきた。体を捻り、最小限の動きで攻撃を避け、徐に懐へと飛び込んだ。
図体の割には、動きが俊敏だ。
それに、やはり機械。
正確に、動きを封じるような場所を狙ってくる。
「ちっ、やはり硬いか」
いつものナイフで、装甲へと切りつけるが、弾かれてしまい、傷ひとつすらつかない。
通常の武器では、無理、か。
「無駄だ! そいつの体は機械だ! ナイフ如きで壊されるほど、柔な素材を使っているはずがないだろ!! ガルディア! 早くそいつを始末しろ!!」
『了解しました』
腹部装甲が展開。
何十もの穴があり、そこから光り輝くものを目視した晃は、すぐさまそこから退避したが。
「……ふう」
少し遅かったようだ。
腕や横っ腹などに、直撃ではないにしろ発射された刃物が当たり肌を切り裂いた。多少の血液が流れたが、支障はない。
いったいどれだけの武器を搭載しているのか。
「はっはっはっはっ!! どうだね? 私が作った救済魔術機械ガルディアの強さは!! こいつがあれば、口うるさい馬鹿どもを黙らせることも簡単だ!!」
「……違うな」
「なに?」
違う。
こいつは、救済なんて言葉は似合わない。そして、いくら強くても弱点はあるし、こいつは……一機しかいない。
ゆらりと立つ晃は、首を傾げるラグランドへと語り続ける。
「お前が、作らせたのは殺戮兵器だ。貴様のような狂った頭に「救済」なんて言葉があるとは思えない。大方、さっきも言ったように、自分を卑下する馬鹿どもを殺すために作らせたんだろ?」
「はっ! 何を言うかと思えば。自分が今、どんな状況下に居るのか理解していないようだな? 口の利き方には気をつけたまえよ? 【ブラッド】」
さすがに、知られているようだ。
自分も、それだけ有名になったということで、素直に喜ぶところだが。
「貴様も、な。俺が、どうしてブラッドと呼ばれているか。理解しているのか?」
「知らんな。私は、貴様のような不気味な男などには、何の興味も無い。ガルディア! さっさと、その死にぞこないを地獄へ送ってやれ!!」
『了解。遠距離砲撃モードへ変更します』
また砲撃にて攻撃を開始するようだ。
だが、そう何度も同じ手を喰らうほど、晃も馬鹿ではない。
「させるか!」
晃は、咆哮し、流れる血を飛ばした。
すると、飛んだ血は硬質化し、刃となりてガルディアの変形した銃口へと入り込む。
『両腕装甲を損傷。損傷』
「なんだと!?」
「これが、ブラッドと呼ばれる由縁。俺の能力は、血を操ること。自分の血を硬質化させて、相手に飛ばすことなど容易い」
「ば、馬鹿な! いくら血を操ると言っても機械を傷つけるほどの硬度までするなど」
「ありえない、か。それがありえるんだ。だから、この流れる血を」
床にポタポタと腕から流れる血を一点に集め剣と化す。
そして、損傷したガルディアへと駆け抜け……横薙ぎに切り裂いた。
『損傷。そん、しょ……う……』
「死ね」
追撃の縦切り。
十文字に切られた魔術機械ガルディアは、稼動を停止し轟音と共に殺された。同時に、呼ばれた警備の者たちも到着したが、遅い。
「があっ!?」
「ぐはっ!?」
「あああッ!?」
血の刃を飛ばし、心臓を脳天を的確に貫き攻撃される前に素早く始末する。静寂に包まれた部屋の中で、晃はラグランドへと血の剣を手に近づいていく。
「さあ、最後は貴様だ。ラグランド」
「ひい! や、止めてくれ!! か、金ならいくらでも払う! そ、そうだ! お前ら暗殺者は金を払って依頼をすれば、誰でも殺すんだろ? だったら、私からの依頼を聞き受けてみないか? 金は、この通り支払う!!」
命乞いをしながら、大量の札束を取り出すラグランド。
確かに、晃達暗殺者は、金を払い依頼されれば、人を殺す。だがそれは、少し勘違いしている。
「貴様の言う通り、俺達は金を支払い依頼をされれば、人殺しをする」
「な、なら!!」
「だが」
「へ?」
無常の一刀。
真っ二つになってしまったラグランドは、自分が切られたことを理解する前に死んだ。ターゲットが死んだことを見届けると、血の刃を消し聞こえないはずのラグランドに吐き捨てる。
「依頼を途中で投げ捨てることはない。俺の依頼は、貴様とガルディアを殺すこと。いくら金を積まれようとも、貴様から依頼を聞きうけることはない」
それに、暗殺者にも選ぶ権利はあるんだ。
「さすがは、アリアの弟子。良い働きぶりだ。こんな姿を見たら、アリアも大喜びするだろう」
「ギルヴァードさん?」
「久しぶりだね」
背後からの声に振り向くと、サングラスをかけた渋い男が壁に寄りかかっていた。
彼の名前は、ギルヴァード。
アリアと同じく暗殺者としては先輩に当たる一人だ。
会うのは、一ヵ月半ぶりぐらいだろうか?
「証拠隠滅をするのは、大抵暗殺を終わった後。俺が去った後が多いと思うのですが」
「帰りに立ち寄っただけだよ。ついでに処理をしておこうと思ってね」
「そうなんですか。なら、お願いします。今日は、血を使ってしまって。少し、貧血なもので」
「そうだったね。早く、止血をしたほうがいい。ではな」
「はい」
窓を開けて、足早に飛び出す。
まだ血が流れているところに触れる。
すると、時間がたったかのように血が固まり瘡蓋になった。血を操るということは、こんなこともできるわけだが。
このでかい瘡蓋を取るのが、厄介なのだ。
「うまい!!」
背後から聞こえるギルヴァードの歓喜の声。これを聞く度に、晃の脳内にはあの時の映像が再生され、身震いしてしまう。
ギルヴァードは、暗殺者であるが、暗殺者達の仕事の後処理などを担当している部隊の一人でもある。
その中でも、彼はかなり特殊な存在なのだ。