第六話「あれから」
(あの後、俺は本当に血反吐を吐くほどの修行をした。そんな修行の中、俺は師匠に聞いたっけ……俺が、あの時断っていたらどうしていたんだって)
一仕事を終えた晃は、仮面を外し、それをテーブルへと置く。
晃は、暗殺者として活動しいくにあたって、隠れ家が用意されれている。これも、師匠であるアリアの計らいだ。
裏の世界で、生きるためにはやはり隠れ家というものは必要となる。
自分も今では襲われる立場なので、いつ何時命を狙われるかわからないため、同業者達も隠れ家を何軒か所持しているらしい。
晃は、まだまだ他の者達から見れば新人のためアリアから授かった現在の隠れ家しかない。
上着を脱ぎ捨て、椅子に腰を下ろし天井を見上げる。
(そうしたら、師匠笑顔で殺してたかもって。その後に、冗談だよーとか言ったけど。マジで、あの時は震えたのを今でも覚えてるなぁ……)
しかし、あの時があったから。
アリアに弟子入りしたから、今の自分がある。
自分の手で、力で、苦しんでいる者達を助けられている。やり方としては、人殺しに変わりないが……これが、今の自分。
「お帰りなさいませ、晃様」
「シーナか。アリア師匠の使いか?」
「はい」
正直、びっくりした。気配を察知する技能は、アリアから教わってはいるが、シーナはアリアに仕えるメイド。普通のメイドではない。
無表情なメイドの姿があった。緑に近い色をした髪で結構胸が大きい。歳は晃よりひとつ違いだとアリアからは聞かされている。
「こちらを」
「……本当に、師匠が怖いよ」
渡された紙には、晃が次に潜入しようとしていた館の見取り図だった。
これから、入手しようと思っていたが……どこで聞いていたのか。
紙の端っこには「愛弟子よ! 頑張れ!!」と可愛らしい文字で書かれていた。それを確認すると、ひ晃はテーブルに置き、シーナに伝える。
「ありがとう。師匠にはよろしく伝えておいてくれ」
「………」
「ん? どうしたんだ、シーナ。もう戻っていいぞ?」
いつもなら、すぐに戻るはずだが、その場から動こうとしない。表情ひとつ、指ひとつ動かないので、等身大の人形のように見えてしまう。
「アリア様の言いつけです。しばらく、戻ることができないため晃様のお世話をするように、と」
「……そうか。まあ、シーナの作る料理はうまいから嬉しいよ。さっそくだけど、作ってくれないか? メニューはお任せで……っと、思ったけど材料が少なかったな。ちょっと、買出しに行ってくる」
と、出かけようとしたが、手を握られ止められる。
「ご心配なく。材料は予めこちらで用意しています」
「そうか。ごめんな。じゃあ、俺は今夜の潜入のために色々と準備をするから。できたら呼んでくれ」
「かしこまりました」
シーナが一礼し、晃の前から食材を持って姿を消す。
また一人になった晃は、窓から夜空に見上げる。
脳内に浮かぶのは、アリアとの思い出。
裏の住人として生きていくことを決めたあの日から、暗殺術を叩き込まれた。時には、鬼のように扱かれ、時には子供のように甘やかされ。
見た目が自分よりも明らかに年下な少女のため、どう反応したらいいのか戸惑っていたが。今では、尊敬できる師匠としてアリアと接している。
「アリア師匠、今頃何をしているんだろうな……」
・・・・★
「おい。追っては来ていないだろうな?」
「大丈夫だ。誰もきやーしねえよ。それよりも、約束の物は?」
「これだ」
とある倉庫の中。
薄暗く、じめじめとしていて、ほとんど廃墟となっている倉庫の中で、男が三人。
一人は、めがねをかけた優男。
もう二人は、今指名手配中の魔法具密売犯罪人の二コルとウェウトンだ。
いつものように、魔法具をどこからともなく手に入れ、裏で多額な金で売買をしている。
魔法具は、少しいじれば魔力を暴走させて『魔力爆弾』になるため、小型化のものを怪しまれずに仕込めば簡単に始末ができる。
殺し屋など、革命家など、その他もろもろがそうした魔法具を利用したものを使っている。
ニコルとウェウトンはそうやって売買をし、稼いでいるのだ。
今日も、お得意様が商品を買うところ。
働いているところの上司がうるさい、うざいなどの理由で一度だけ小型の魔力爆弾を使い怪我をさせた以来から、癖になってしまったらしく、金が貯まってはこうして裏で取引をしている。
「おお! それじゃあ、これが」
と、金を出そうとした時だった。
彼の動きが止まったのだ。
ニコルたちは、どうしたんだ? と顔を見合わせ声をかけようとしたが……すぐに止まった理由を知ることになった。
「あああああッ!? う、腕が!? 腕があああっ!?」
品物を持っていた腕がいつの間にか切られ、地面に落ちていたのだ。
切り口からは、水道から流れる水のように血が流れ、めがねの男は腕を押させ泣き叫ぶ。
「ちっ! やっぱり、追っ手が居たんじゃねえか!!」
「ずらかるぞ!!」
泣き叫ぶ、男を無視しその場から逃げ去ろうとするが、もう遅い。
「おじさんたち~。どこへ逃げようっていうのかな~? かーな~?」
「が、ガキだと?」
「なんで、こんなところにガキが……?」
薄暗い倉庫の中。
そんなところに似合わない明るい少女がこれまた明るい声でニコニコと笑いながら歩いてくるではないか。
クリーム色の長髪を揺らし、体に張り付く服を着込んでおり、体の線という線がきっくりである。
アリアだ。
暗殺術に関しては最高の腕を誇る暗殺者の一人。
確認する限りでは、得物を持っていない。
だが、その笑顔が何らかの狂気を感じるのは気のせいではない。
「おじさんたち。駄目だよ? こんなところで、そんな悪いことしたら~」
「ガキに何がわかるっていうんだ?」
「痛い目に遭いたくなければ、大人しくここで見たことを忘れたほうが身のためだぜ?」
「へー。そうなんだー。ふーん。じゃあさ、私からも一言いいかな?」
ニコッと笑い、ゆらりと動き闇に消えるアリア。
どこへ消えた!?
ニコル達は、周りを見渡すも薄暗く、どこにいるのかがわからない。
「そんな悪いことばかりしていると……殺されちゃうよ?」
「ぐああああっ!?」
「ウェウトン!!」
声がするだけで、どこに居るのかがわからない。
隣に居る相棒であるウェウトンが悲鳴をあげ、装着人形のように、腕が、足が、頭が、バラバラの状態で倒れているのを目視してしてしまったニコル。
背筋が凍る。
恐怖が全身を襲い、呼吸が荒くなる。
この薄暗い闇の中に、あの小さな少女が自分を狙っている。
「あっ……あっ……ああああああッ!?」
「な、なんだっ!?」
今の悲鳴は、取引をしていた男のものだ。
腕を切られただけじゃなく、命までもが狩られた。
怖くて、体が震える。
動かない。
冷や汗が流れ、体が硬直してしまう。
「やっ!」
「ひいっ!?」
突然目の前に現れるアリアは、満面な笑顔だ。
だが、それは今のニコルには恐怖でしかない。
「ひっどーいなー。まあ、それぐらい怖がってくれないと。私も殺し甲斐がないんだけどねー」
そう言い、再び闇へと消える。
殺される。
このままじゃ殺される。確実に、自分は死んでしまう。
逃げなくちゃ、逃げるんだ。
このままじゃ。
「残念でした。もう、死んでいることに気づいたかな? おじさん」
「え?」
視界が斜めにずれていく。
それは、自分の頭が切断され、地面へと落ちていっているからだ。それに気がつくのに、ニコルは数秒かかり、ようやく気がついた時にはもう……死体となっていた。
「ふう。これでお仕事終わり。早く愛弟子のところへ戻りたいなぁ」
「ここから戻っても一日半は確実にかかるぞ?」
「それでもいいよ~。早く戻って、頭を撫でてもらうんだ~。えへへ~」
「まったく。君は、相変わらず彼に甘えるのが好きだな」
アリアの背後より現れた男。
スーツでびしっと決めており、サングラスをかけ、素顔が隠している。だが、その体格、そして筋肉のつき方から見ても、相当訓練を積んだ強者だ。
弟子に会いたいと甘々な声で言うアリアにため息を吐く。
「だってー。私の愛弟子だよ? 甘えるのは当然じゃない~」
「普通は逆だと思うのだがな」
「私は、常識には囚われない女なのだー。というわけで……ギルヴァード。後処理お願いね?」
「了解だ。君は、先に戻っているといい」
「はーい!」
アリアは、そう言われると足早に倉庫から姿を消す。
そして、残ったギルヴァードと言われる男は、床に倒れる三人の死体を眺め、手を合わせる。
「では……いただきます」
修行などの話をすっ飛ばしていますが、それは追々ということで。