第五話「決意」
今回で、過去話は終わりです。
「なんだ? どこだ、ここ」
晃は、何もない暗闇の中にいつの間にか立っていた。
いくら目を凝らそうとも、周りを見渡しても、何もない。本当に、暗くどこまでも暗く……不気味な空間だ。
『お前は、力を得たんだ』
「だ、誰だ!?」
どこからか声が聞こえる。しかし、どこにもいない。
『その力で、お前は殺せる』
「こ、殺せる? なんのことだよ!」
刹那。
突如として、晃の目の前に死んだはずの祖父母の姿が。
「じいさん!? ばあさん!?」
元気な姿だ。生きている? 生きていたのか? ……いや、そんなはずがない。それを理解した時、現実になるかのように変化する。
謎の男が、ナイフを持って祖父母を殺した。
その手にはナイフだけじゃない。
現金や祖父母の通帳などもあった。
『こいつは、金目当てでお前の祖父母を殺したんだ』
「……」
『ひどいよなぁ……? 小さくして両親共に亡くしたお前を、ガタがきている体を動かして育ててくれたのに』
そうだ……祖父母が殺された後、警察が家を調べた。
そこで、通帳や家にあったであろう現金がなくなっているとわかったんだ。男は、金目当てで祖父母を殺した。
「晃くん!!」
「ナナ!?」
次は、ナナが現れる。
だが、ナナは山賊達に今にも犯されようとしている。それだけじゃない。他の山賊達は逃げ惑う人々を斬殺している。
その志望者は……聖域を狙っているヴァジスという男。
人々が死んでいるのを見て、下品な笑いを腹の底から出している。晃には、悪魔のように見えてしまっている。
『こいつもひどいよなぁ。交渉してだめだったら、金で山賊なんかを雇って村を襲わせるなんて。何の罪のない人達が、むごたらしく殺されたうえに、お前に優しくしてくれた女は』
「いや! いやああ!?」
『あの時も、今も何もできない。が、お前は力を得た』
「力……?」
どういうことだ? と首を傾げる晃。
血? 体から溢れ出る血。だが、別に痛いわけじゃない。怪我をしたところから出てはいるが。
『その力をどう使うのかは、お前次第だ』
「ま、待てよ!! お、お前は何なんだ?」
『俺は、ただ力を与えるだけの存在。お前のこれからの物語、楽しみにしているぞ』
徐々に、意識が薄れていく。
待て。待ってくれ。
まだ聞きたいことが、あるんだ。
しかし、抵抗など無意味かのように晃の意識は失われる。
いや……逆に目覚めた、というべきか。
「―――あれ?」
これも夢か? 再び目を開けると、見知った天井が視界に入る。
「ここって……ナナの」
そうだ。ここは、ナナと出会った部屋。
生きている? 生きているのか? 意識がはっきりしてきた晃は、先ほどの謎の声。力を与える存在について思考する。
(なんだったんだ、あの声の正体は。どうして、俺に……ん?)
そこで、違和感に気づく。
視線を左斜めに向けると、そこだけはもっこりと膨らんでいる。そういえば、なにやらやわらかいものが体に当たっているような。
なんだろう? 毛布を捲ると。
「やほー」
「お、女の子?」
綺麗なクリーム色の髪の毛が似合う少女が、晃の体にくっ付いていた。
「えっと……君はいったい」
「天使だよ! 君を天国へ導く!!」
「えええ!?」
じゃあ、自分は死んでしまったのか? 誰かに殺された記憶はないはずだが。いや、また記憶を失ってしまったのか? 困惑する晃を見て、少女は舌を出し、笑う。
「嘘だよー。もう、簡単に信じちゃって、素直な子だなぁ君は」
「こ、子って。どう見ても君のほうが年下に見えるんだけど」
「いいことを教えてあげる! 人を見た目で判断するのは、いけないぞ?」
確かに、人は見かけによらないと言うが。
では、目の前の少女は見た目以上の年齢だというのか?
「さて、名乗っておくね。私は、アリア。君は、晃くんでいいね?」
「は、はい」
先ほどまで、年下だと思ってタメ口の晃だったが、年上だと思い敬語になってしまう。
「まずは、君が失っている間。何があったのかを説明してあげる。はい」
「あ、ありがとうございます」
テーブルの上にあった水をコップに入れて、晃に渡すアリア。そして、隣に座り説明を始める。
「村はほぼ壊滅状態。君も知っているかもしれないけど、山賊達に襲われて村人は数人を残し、全員命を落とした」
「……」
そこは、記憶にある。自分も助けようとは思ったが、やはり思っているだけで体は動かなかった。ただただ村人達が殺される様を見ているだけで、何も。
その時の悔しさが、込み上げ、コップを握る手に力が入る。
「……それと、君のことをお世話してくれたナナちゃんと父親のダナーさんだけど」
「ど、どうなったんですか!?」
「大丈夫。二人とも、生きているよ」
事実を知り、ほっとする晃。よかった……ダナーは、ほとんど瀕死状態だったため正直、生きていない可能性のほうが高かった。
「ただ、ダナーさんは死に掛けていたのが、奇跡的に助かった状態。今も、ベッドの中で療養中」
「ナナは、ダナーさんに?」
「うん。ただ、晃くんが起きたら知らせるようにって言われてるんだ。だから、すぐ呼びに行かなくちゃならないんだけど……ちょっと君に提案したいことがあってね」
提案したいこと? いったいなんだろうか。特に自分になにができるわけでもない。ただの人間である自分に……いや、違う。
晃は、あの夢を思い出した。
姿が見えない謎の声は、晃に力を与えたと言っていた。もし、あれがただの夢でないのだとしたら。もう、自分は。
「それで、俺に提案っていうのは?」
「私の弟子にならない?」
「で、弟子?」
いったい何の弟子なんだろうか。見た目だけでは、彼女が何をやっているのかはわからない。そう考えた晃は、とりあえず話を最後まで聞くことにした。
「うん、弟子! ……ねえ、君自身は君の体に何が起きたのか、わかってる?」
「俺の体に、起きたこと?」
どういうことだろう。わからない。気絶している間にいったい何があったんだろうか。
そもそも、どうして気絶をしてしまったんだ?
確か、あの時ナナが目の前で犯されそうになって、何もできない無力な自分に絶望して。忘れていた過去を思い出して……それで。
「今、君の体には異質な力が備わっている」
とんっと、アリアは晃の体へと指で触れる。
「その力は、君の力になるけど。君を滅ぼす力にもなっちゃう可能性があるんだよ」
「俺を滅ぼす……」
やはり、あの夢。あの声の言うことは本当だったんだ。自分に、力があると知った晃は、嬉しさと共に不安が込み上げてくる。
そして、思い浮かべてしまう。
自分が気絶している間に、その力が暴走してしまったのでは? もし、そうだとしたらまだ力を扱え切れていない。
「だけどー! 私の弟子になれば、そんなお悩みもずばっと解決! 君は、その力で誰かを救えるようになる。悲しみの連鎖を、自らの手で断ち切ることができるんだよ」
「そ、そんなことが?」
はっきり言って、彼女の実力はわからない。しかし、こんなにも自信満々に言うからには、相当な実力者なのだろう。
そうでなければ、弟子にならないか? などと提案するはずがない。
「あ、でも勧誘しておいてなんだけど。忠告をひとつ」
刹那。
雰囲気が一変。
ニコニコと眩しい笑顔で、晃を勧誘していた少女だったが、まるで性格が変わったかのように静かになる。
ごくり。
喉を鳴らし、次の言葉に黙って耳を傾ける。
「私達の世界に一歩でも踏み込めば……もう君は後戻りできない。私は、いや私達は裏の住人。表で、我がもの顔で好き勝手やっている奴らへと制裁を下す。そういうお仕事を私達はやっているんだ」
つまり、彼女は。彼女達は、殺し屋。または暗殺者。どちらにしろ裏の住人には変わりはない。表で、色んな事情があり何もできない者達に代わり、制裁を下す者達。
彼女の弟子になるということは。
(俺も、裏の住人になるってことか……)
記憶が戻った晃は、一度視線を床に落とす。
両親は、小さい頃に両方死に、育ててくれた祖父母も殺されている。何よりも、自分はもう人殺し。戻ったところで、居場所などもう……ない。
いや、この世界でも居場所なんて。
(でもまあ、こんな人殺しの俺でも、できることはある。今の俺には、何かを成し遂げられる力がある)
ならば、それを使わないでどうする。
力があるのに、何もしないのは宝の持ち腐れだ。
「俺は」
「ん?」
「俺は、誰かを救えることが、できるんですか?」
もう、あんな光景は見たくない。
誰かが殺されるのも、誰かが悲しむのも、もう見たくない。それを救える力が、自分にあるというのならば……。
「……うん。私の修行に耐えられたらの話だけど」
「めちゃくちゃ厳しいんですか?」
「もちろん! 血反吐も吐くし、骨折とかもしちゃうかもだし、記憶とかも飛んじゃうかも!」
笑顔で、そんな物騒なことを言わないで欲しい。余計に怖くなってしまう。けど、それぐらいじゃないと強くはなれない。
誰も、救うことなんてできない。
「それでも、それを乗り越えれば、俺は」
「救えるよ。君の手で。悲しむ人達を。苦しんでいる人達を。この世には、表じゃどうにもできないことが多い。それをなんとかするのが、私達だよ。てなわけで、最終確認。私の弟子に、なる? ならない?」
ベッドから立ち上がり、アリアは晃へと手を差し伸べる。
小さい。とても小さな手だ。
ぎゅっと力を入れて握れば潰れてしまいそうなぐらい小さい。こんな小さい手で、彼女はこの世の平和のために、頑張っている。
表では、どうにもできないことを。
「……やります」
差し伸べられた手をぎゅっと握り締め、晃は立ち上がった。
「もうあんな思いはしたくない。俺に、悲しみの連鎖を断ち切る力があるなら。俺は、やります。だから、俺を強くしてください。アリア師匠」
「うむ!! いい返事だね!! でも、私の修行は厳しいぞー」
「頑張って耐えて見せます」
「うんうん。私は、優しいほうだからね。それに、初めての弟子だから。めっちゃ可愛がる!! だから、晃も私のことを甘やかしてね!!」
師弟関係になった瞬間、急に距離が詰まってくる。弟子が、師匠を甘やかすって……。
「あ、そうそう。君が、修行に集中できるようにいいことを教えてあげよう。ナナちゃんやダナーさん、生き残った村人達の安全は、私が保証してあげる」
「ほ、本当ですか!?」
「ほんとーだともー。師匠に二言はない! どう? すごいでしょ? ねー、ねー」
まるで、褒めてもらいたい子供のように近づいてくるアリア。
頭を撫でると、目を細めゆるゆるな表情で声を漏らす。
そんな彼女を見て、この人が師匠で、大丈夫かな? と若干不安になってしまった。