第三話「蘇る記憶と失う意識」
「……」
目が覚めるとまず、視界に入ったのはナナの笑顔だ。
茜色の空をバックに、にっこりと笑いかけている。
「おはよう。よく眠れた?」
「もう、夕方、なんだけど。ずっと膝枕してたけど、疲れなかったか?」
頭を上げ、大きな欠伸をする晃。
今にも、太陽が沈みそうにな空だ。いったいどれくらいの時を寝ていたのだろう。枕で眠るよりもぐっすりと眠れたような気がする。
「大丈夫だよ。それよりも、そろそろ帰ろうか。暗くなっちゃったら、森の中はすごーく怖いから」
「了解……なあ、なんだか頬が痛いんだけど」
遅れてやってくる痛み。
自分の頬が、なんだか熱いと思った晃は先に帰ろうとするナナに問いかけるが。
「しーらない」
振り向くことなく、答える。
絶対寝ている間に、頬を抓られたな。そう思いながら、晃はナナの後をついていく。
「今日の夕飯はなにかなー。晃くんもいることだし。いつもよりも豪華かも!」
「ナナは、食いしん坊だなぁ」
「えへへ。食べることが大好きだからね、私」
徐々に暗くなってくる森を進みながら、他愛のない会話をしている二人。
そろそろ家に到着するところまで近づいてきた。
が、その時だった。
「ぐっ!?」
「う、ウーガおじさん!?」
茂みから倒れるように現れたのは、晃を助けてくれたウーガだった。あの時とは違い、なにやら怪我だらけ。
呼吸が荒く、今にも死にそうな雰囲気だ。ナナは、慌ててすぐに手をかざす。すると、両手が明るい緑色に輝き、ウーガの体を包み込む。
おそらく、これが回復魔法なのだろう。
「どうしたんですか? まさか、野生動物に?」
「い、いや。野生動物なら、俺は遅れをとらねぇ……俺を襲ったのは……山賊だ」
「え? 山賊!?」
「あ、ああ。しかも、奴ら村を……! お、お前達は逃げろ。奴ら、最近噂になっていたバシラ山賊団だ」
晃は、わからないがどうやらナナはわかるようだ。この屈強な体つきのウーガが、こんなになってしまうほど強いというのか。
「そ、そうだ。お父さんに知らせないと!」
「……ダナーさんは、村に居る」
「え!? ど、どうして……」
家で待っていると思っていたダナーが村に? どういうことだ。
「ダナーさんも、昔は優秀な戦士だったのは知ってるな。だから」
「そんな……晃くん。ウーガおじさんと一緒に、家で待ってて」
「お前はどうするつもりなんだ!」
「私は、村に行く。たくさん怪我をしている人達が、いるはずだから」
確かに、先ほどの回復魔法を見ていた限り、怪我などはすぐ治せるだろう。
「だめだ! いくらなんでも一人じゃ!」
「大丈夫。これでも、私少しは戦いの心得があるんだよ。それじゃあ、ウーガおじさんをお願い!」
「ナナ!!!」
晃の声もむなしく、ナナを止めることはできなかった。
取り残された晃は、どうしようと考えていると。
「坊主。お前は、逃げろ……」
回復したウーガが立ち上がる。
「で、でも!」
いや、それが最善だ。
戦う力がない自分に何ができる? 行っても、足手まといになるだけ。でも、それでもナナが。ダナーが……自分に優しくしてくれた人達が、危ない。
「これは、俺達の問題だ。心配するな。ナナのおかげで、少し回復した。あいつのことは、俺に任せろ」
そう言って、ウーガは晃にとある結晶石を渡す。
とても不思議な輝きだ。
「それは、魔除けの力がある。そいつを持っていれば大抵の魔物はよってこねぇはずだ。そいつを持って、逃げろ。いいな?」
「ウーガさん!?」
ついに一人になってしまった。
逃げる? 一人で? 今この瞬間、人が危ない目に遭っているって言うのに。自分だけ、逃げるのか? ナナ達が向かった方向の空を見ると、煙が上がっている。
おそらく、火が放たれたのだろう。
僅かにだが、空が赤いのが証拠だ。
「……俺は」
ウーガに渡された結晶を握り締め、晃は。
・・・・・★
「おらおら! 逃げろ! 逃げろよぉ!! そして、死ねぇ!!」
「きゃあああ!?」
「や、止めろ! 止めてくれぇ!?」
「……なん、だよ。これ」
晃は、目の前に広がる信じられない光景に唖然としていた。逃げろと言われたが、自分に力がないが、放っておけない。
自分に何ができるのかは、まだわかっていない。
それでも、晃は村へと駆けつけた。
そこで見たのは、建物が炎で焼かれ、逃げ惑う人々が山賊と思われる男達に、容赦なく斬られている。 一方的だ。
一方的に殺されている。そうだ、ナナは? ダナーは? ウーガは? 自分が見知った人達を探しながら、隠れながら進んでいく晃。
体が震える。
自分も見つかれば、容赦なく殺されるという恐怖が震え上がらせているんだ。
「頭ぁ! またあの獣人が来ましたので、リンチにしてやりましたぜ!!」
「おう、そうか。獣人と言っても、所詮は獣耳と尻尾の生えた人ってことだな。俺達には、敵わなかったようだな」
(そ、そんな……ウーガさんが!?)
山賊の一人が手に持っていたのは、ウーガの腕だった。あんな太い腕、忘れもしない。
「うっ!?」
吐き気が襲う。だが、吐くな。吐いている場合じゃない。一人だけ、身につけている衣服が派手な男ががいる。
山賊には、頭と言われていた。
(あいつが、山賊のリーダーってことか)
何とか吐き気を抑えた晃は、山賊達に気づかれないように家の影に隠れながら、進んでいく。
「お父さん! お父さん!? しっかりして! 今、回復するから!」
(ナナ?)
ナナの声が聞こえる。進んでいくと、ナナだけじゃない。ダナーもその場にいた。だが……明らかに、ダナーは死にそうだ。
体中が傷だらけで、腕や足、体には数本の短剣が刺さっている。
血も大量に流れており、血の池のようだ。
「ナナ……逃げるんだ。私はもう、助からない……」
「いや! 今、今回復させるから!!」
自分はもう助からないと理解しているダナーは、ナナに逃げるように伝えている。それでも、必死に回復魔法をダナーにかけ続けるナナ。
そこへ……山賊達が近づいてきた。
「お? 頭ぁ! まだ生き残りがいましたぜ!!」
「しかも、上等な女じゃねぇか」
「あなた達!」
山賊達が、近づいてきたことに気づいたナナは憎しみの篭った瞳を向け、近くにあった剣を構える。
「ひゃっはっはっは! それでどうするつもりだ? 嬢ちゃんよぉ?」
「まさか、一人で俺達と戦うつもりか?」
しかし、山賊達は全然怯んでいない。
一人で立ち向かおうとしているナナをげらげらと下品な笑い声で馬鹿にしている。
「何なのよ! あなた達は、東地方を活動拠点にしていたはずでしょ! どうして、西地方のこっちに!!」
「それは、私がここを襲うようにと依頼したんですよ」
(なっ!? あいつは)
山賊達の背後から、出てきたのは晃も知っているあのスーツの男。
確か名前は。
「ヴァジス!? あなたが依頼したって……まさか、聖域を手に入れるために山賊を雇ったっていうの!?」
「ええ、そうですよ。言ったでしょう? もう交渉はしませんって」
「だからって……だからって、こんなやり方!!」
「大丈夫ですよ。証拠なんて、残しませんから」
なんて卑劣な奴なんだ。
こんな人間が居るだなんて……。
「許さない……絶対に!!」
「許さない? 笑わせますね。あなたのような小娘一人に何ができると言うのですか? さあ、やってしまいなさい。もう、この村で生きているのは、そこの親子だけです」
「ヴァジスさんよぉ。あの娘、殺す前に味わっても構わねぇか?」
「好きにしなさい、ですが。ちゃんと証拠は残さないようにしてくださいよ」
「わかってるっての。そんじゃ、お前達……やっちまいな!!」
頭の掛け声に、山賊達は一斉にナナへと襲い掛かる。
助けなくちゃ。
助けるんだ。
(……う、動かない)
足が恐怖で動かない。
「この!!」
「ほらほらー。どうしたんだ? 嬢ちゃん。そんな振り方じゃ、俺達には当たらないぜー?」
ナナも不慣れな剣の振り方で、山賊達と戦うも完全に遊ばれている。このままじゃ、確実にナナは。
「そら!」
「きゃっ!?」
ついに、ナナが倒される。すぐ立ち上がろうとするも、山賊達に取り押さえられてしまった。
「は、離して!!」
「な、ナナ……!」
必死に叫ぶダナーだが、声を出すだけで精一杯のようだ。山賊達に、押さえつけられたナナに山賊の頭は近づいていく。
「さーて、さっそくだがその清らかな体を味見をしようじゃねぇか」
ぺろりと舌で唇を舐め、怪しい笑みを浮かべる頭。
もうどうしようもできない。
ナナの顔は、恐怖に染まっていた。
「動け……動け……動けっ!!」
自分に言い聞かせ、ついに足が動いた。
晃は、そのままの勢いで近くにあった木材を手に。
「うおおおおお!!」
頭へと襲い掛かる。
が。
「ん?」
軽く鞘に納まった剣で殴られ、吹き飛ばされる。背中から倒れ、木の棒も吹き飛ぶ。
「なんだこのガキは」
「ひ、晃くん!?」
「どうやら、この嬢ちゃんの知り合いみたいですぜ」
「そうか。だが、どう見ても非力。怪我もしているみてぇだし。無視だ、無視。それに……知り合いなら、そいつの目の前で犯すっていうのも、悪くねぇだろ? お前達」
「へっへっへ。確かに、それはいいかもしれませんねぇ」
「さすが頭っす!! こいつは、俺が抑えておきますんで、存分にやっちまってください!!」
一人の山賊から簡単に押さえつけられてしまう晃。
必死に抵抗するも、全然振りほどけそうにない。
「ナナ! ナナ!!!」
「はっはっはっは!! そこで見てな! お嬢ちゃんが犯される様をなぁ!!」
「いや、いやあああッ!!!」
服を破られ、純白な下着姿が露になるナナ。必死に叫ぶも、ただむなしく響くだけ。
(俺は、何もできない……また……なにも……)
まるで、時がスローモーションになっているかのようだ。何なんだ? この感覚は。それに、今……。
(また? あれ、なんで、またなんだ?)
まるで、それは走馬灯のように蘇る。
脳内で、再生される映像は、晃の過去。
祖父母が……殺されている。
刃物を持った見知らぬ男に。それを晃は、恐怖で怯えて、何もできずに見ていた。それは、学校から帰ってきた時だった。
いつものように、自宅に帰った晃はリビングで待っている祖父母のところへ行こうとしたところ、ドタバタと激しい音を聞き、そっとドアを開けて覗いた。
そこには、必死に抵抗している祖父と謎の男が刃物で襲っている光景があった。
すぐに助けようと思った。
だけど、体が思うように動かなかったんだ。
(俺の目の前で、じいさんとばあさんは……殺された。俺が動けるようになったのは、じいさんとばあさんが殺されて……)
逃げるように家から飛び出した。
目の前で自分を引き取って育ててくれた祖父母を見捨てて。そのことは、ニュースにもなった。二人暮しの老夫婦が殺されたと。
(そして、俺はずっと後悔していた。なんで、あの時。助けようとしなかったと。だから俺は……)
まるで、徘徊するように晃は歩いていた。晃は見たんだ。祖父母を殺した男の顔を。だからこそ、偶然にも見つけた時、体が考えるよりも先に動いていた。
ポケットに忍び込ませていたナイフで……男を刺し殺した。
その後は、魂が抜けたかのようにまた徘徊していた。
そして、目の前が真っ白になったところで、記憶が……。
(そうか……俺は、人を殺していたのか……じゃあ)
意識が……意識が、視界が、暗くなっていく。
―――もう、何人殺しても、変わらないよな。
刹那。
完全に光の意識は失われた。