第二十話「音を操りし双子」
マナの親友からイツーナの暗殺依頼をされた日の夜。
晃は、もう一つの依頼の真っ最中である。この後に、イツーナの豪邸へと潜入することになっている。
そう。イツーナの暗殺という名目のマナ救出があるのだ。
そして、今の依頼はさほど難しくは無い。
街の外れにある山賊達を殺してくれという依頼だ。本来なら、こういうのは冒険者達に依頼がくるようなものだが。
時々、こういう依頼が来ることもあるのだ。今はそのアジトへと潜入している。外の警備はそれほど厳重ではなく、二人だったので簡単にクリアできた。
「……ふう」
どうも山賊相手だと昔を思い出してしまい、精神に乱れが出てしまう。こんなことではだめだ。暗殺者はいつでも感情的になってはならないと教えられたはずだ。
それに、どうしてもマナのことを考えてしまう。
(だめだ。もっと冷静に。依頼に集中しなければ……よし!)
気合いを入れ直した晃は、静かに山賊のアジトにある主電源を切り、アジト内を真っ暗にする。
「な、なんだ!?」
「いきなり暗くなったぞ!」
「早く灯りを点けろ!」
電気が消えたことにより、山賊達に焦りがでる。晃は、暗闇に身を隠しながら駆け抜け、直ぐ傍の盗賊を一人。
「ぐあああ!?」
また一人と確実に殺していく。
「ぎゃああ!?」
「なんだ!? どうしたんだ!?」
そして、そのまま盗賊の頭の下へと晃は辿り着いた。電気が消え焦っているようだが、ランプの灯りで部屋を照らしている。
部下も数人配置しており、護りを固めているようだが、無駄だ。先ほど殺した山賊達の血を刃の形に変化させ投げた。
「ぎゃあ!?」
「あああっ!?」
灯りを点けていたのが悪かった。それでは、ここにいると知らせているようなものだ。
「ど、どこだ!? 出て来い!!」
部下が突如とやられ、頭は剣を抜く。武器を構え、薄暗い闇の中をキョロキョロと見渡しているが、そこに晃は居ない。
晃は、ナイフを投げたと同時にすでに部屋へと入り込み、最後に回りこんでいたのだ。
「なっ!?」
そして、晃に気づかない山賊の頭の心臓へと血の刃を……突き刺す。静かに、地面に崩れ落ちる山賊の頭を見て、晃はそのままアジトから出て行った。
これで、暗殺は終了となる。ここの山賊は、貧しい村などを遅い金品や食料などを奪い取り、殺戮の限りを尽くした。
たまたま、村を出ていて無事だった村人達が晃のところへと依頼に来たというわけだ。ギルドに依頼するよりも、確実に殺してくれる暗殺者を頼ってくるということは、かなり殺意があるのは確かだ。
(さて。このアジトにある奪われた金品や食料をどうしたものか……。仕方ない。ギルドにでも報告するか)
報告と言っても、堂々と報告するわけではない。手紙などで知らせれば万事解決だ。それを、真実か嘘かとどっちに捉えるかはギルド次第。晃一人で、これを処理するのは骨が折れそうだ。
「次に、行くか」
これで一つ目の依頼は終了。次の依頼の場所へと向かうとしよう。
・・・・・★
イツーナの豪邸。当然だが、ここにはあのイツーナが住み着いている。イツーナとは、生物学に関しては深い愛情と関心を持っていると評判だ。
イツーナ生物研究所は、この街だけではなく世界各地に設立されているらしい。娘や息子、孫なども居てどこかの研究所で働いていると聞いた。
家族で、この生物研究をしている。どこまでも生物を愛していると表では評判がいいが。晃は、見てしまった。裏では、魔物を実験体としてとんでもない研究をしているのを。
この豪邸の中では、どんなことが起こっているのか……なんだか騒がしい。もう寝静まっても良い時刻だというのに。
豪邸を見ると、警備兵が走っていたり、電気が点いていたりと。晃が来る前に何かがあったようだ。これは、少しやりづらいな。
さて、どうやって潜入すべきかと、近くの木に身を潜めながら、潜入する場所を探す。
「……あそこが手薄そうだな」
手薄なところを見つけ、晃はそこへと駆ける。しかし途中で、変な寒気に襲われた。
これは、まさか……!? チラッと窓を覗くと、そこには氷付けにされていた男の姿が見えた。内側から、氷の槍で全身を貫かれており、流れ出した血までもが凍っている。
警備兵の何人かは、それを除去しようと必死につるはしなどを使って壊そうとしていた。
「あれは……クルスが来ているのか? だったら、この騒ぎも説明がつくが」
クルスは、暗殺というよりも大量虐殺といった殺しをする。簡単に説明すると、晃達のように静かに殺すのではなく、堂々と正面から殺していくスタイルなのだ。
正体がばれたとしても、クルスの能力で一網打尽にされてしまうから関係は無い。暗殺者は、姿を見られた場合その者を殺さなくちゃならない。
後で、敵討ちなどの理由で殺しに来る可能性があるためだ。
それ以外は、必要な殺しはしない。あくまで、ターゲットの暗殺が第一なのだ。姿を見られていなければ、誰が殺したか証拠が無い限り特定は出来ない。
そして、証拠を残さないためにギルヴァードのような【証拠隠滅隊】という特殊な部隊がいるのだ。
それにしても、クルスが居るとなると厄介だと晃は眉を顰める。いったい何の目的で来たのかはわからないが、晃と同じイツーナの暗殺なのか? そうだとしたら、マナ救出を最優先にできるが……
「考えてもしょうがない。まずは、行動あるのみだ」
晃は、窓から離れ豪邸の中へと何とか潜入。イツーナの自室からそう遠くない場所から潜入できたのは良いことだが、マナが捕まっているのはおそらく地下。
クルスが、どこかに居ることも考えると。
「……ん? 足音?」
中に入って少し進むと、こちらへとゆっくり近づいてくる足音が聞こえる。が、周りを見渡すも、身を隠せるようなところはない。
そして、天井も……だめ。
この騒ぎだ。戻ったところで、時期に警備兵がこちらに来るだろう。
晃は、その場で立ち止まった。山賊の血から形成した血の刃を構え、その足音の主を待ち構える。
足音は徐々に近づいてきてそして……止まった?
「くっ!?」
殺気を感じた晃はすぐに後ろへと跳んだ。晃が先ほどまで居たところに長剣が突き出ていた。
危なかった。もし、あの場に居たら、一刺しだっただろう。長剣は、すぐ抜かれ、足音の正体が現れたのだ。
「あら? 簡単に避けてしまうなんて。すばしっこい鼠ですね。ダーブを倒したのはあなたなのですか?」
「なんのことだ」
ライトアーマーに身を包んだ青髪の女剣士。長剣を構えたまま、晃に質問をぶつけてくる。ダーブとは、あの氷付けになっていた男のことだろう。
そうだとしたら、晃ではない。
「どうやら、違うようですね。まあいいです。侵入者が誰であろうと、皆殺しにするようにと命令が下っていますので。お覚悟を」
キッと、殺意に満ちた目つきへと変わる。この殺気は只者ではない。すぐさま戦闘態勢を整えようとしたが。
二つの声が、廊下に響く。
《はいはーい。そこまでだよ! お姉さん!!》
「あら? 誰かしら?」
「お前達……どうしてここに?」
闇夜から、現れた双子の暗殺者。晃と女剣士の間に、割ってはいるかのように登場。どうして、ここに? ルルカとロロカは晃の隠れ家で遊んでいたはず。
「説明すれば長くなるけど~。面倒だから短く説明するね」
「実は、ブラッドのサポートをしてやってくれって頼まれたんだー」
「それで、私達は仕方なくここに来てあげたの」
「まさか、あいつに頼み込まれるとはね~」
《ね~?》
あいつはとは、考えなくともアリアのことだろう。だが、どうしてそんな……。
「そういうわけだから、ブラッド」
「ここは、私達に任せて」
《先に進みなよ!!》
「そうはさせませんよ!!」
弾丸のように、跳んでくる女剣士だが、この二人ならば。
《お姉さんの相手は、こっちだよ!》
「ぐっ!?」
目で追いきれないほどの素早さで、ルルカとロロカは女剣士の懐に飛び込み蹴り飛ばした。何とか長剣で防御をしたようだが、数メートル先まで吹き飛ばされ距離が開き、晃はそのまま二人に任せて先へと進んだ。
「頼んだ」
《お任せあれ~》
軽い返事で即答する。それにしても、どうしてアリアは二人に晃のサポートを? それほど、イツーナという存在は危険ということなのか?
いや、単純に晃のことが心配だった? ……そっちのほうがありえるかもしれない。
・・・・・☆
晃が、先へと進んだ後。ルルカとロロカは、吹き飛ばした女剣士と対峙している真っ最中だ。二人に蹴り飛ばされ数メートル先にいる女剣士は、深いため息を吐き長剣を構える。
「まったく……。どういう蹴りをしているんですか? 腕が痺れてしまったじゃないですか」
「双子の力を思い知ったかな? お姉さん?」
「思い知った?」
余裕の笑みを浮かべる二人に、女剣士は飽きれた表情で答える。
「まさか、こんな可愛らしい少女達が、あの鼠と同じだとは。世も末ですね」
「鼠だって、ロロカ?」
「鼠って言われたの初めてだね? ルルカ」
《きゃはははははっ!!!》
鼠と言われたことが始めてだったらしく楽しそうに笑う。女剣士にとっては相手を貶すような意味で言ったのだが、どうもこの二人には通用しないようだ。
「あの鼠にも言いましたが。この屋敷に侵入した者は誰であろうと皆殺しにしなくてはなりません。可哀そうですが。あなた達もここで死んでもらいます。我が名は、ルメール! さあ、痛みもなくあの世へ送ってあげましょう!」
「え? ロロカ。あのお姉さんなんて言ったの?」
「確か、私達を殺すだったかな? ルルカ?」
「え~! それって何の冗談?」
「ね~。何の冗談なんだろうね~」
ルメールの言葉を、冗談と捉え驚いた表情を見せるルルカとロロカ。そして、手を握り合い見下したような表情で言葉を投げた。
《お姉さん程度の実力じゃ、私達は絶対倒せないよ? 傷一つ付けられない。絶対にね!!》
「そう言うのであれば、試して見ればわかります!! はあっ!!」
ダッと、踏み込み飛び出してくるルメール。先ほどよりも、速くそして鋭く。
しかし、二人は余裕の表情だ。
《それ!》
手を繋いだまま、飛翔し攻撃を回避する。
「まだです!!」
ルメールもこれで終わりではないとばかりに、床を強く踏み込み軌道を変え、着地しようとする二人目掛けて突撃する。着地際であれば、どんなに素早い相手であろうと回避することは出来ないだろうとルメールは思っているのだろう。
「残念だけど」
「私達に、素早さで勝負するんだったら」
《その考えは甘すぎるよ》
「なっ!? 消えた!?」
攻撃が当たった! と思いきや、二人の姿が忽然とその場から消えていたのだ。
どうして? 二人はどこに? ルメールは、すぐに気配を感じ取ろうとしたが……どこにも姿はなく、気配も感じられない。
あるのは闇の静けさだけ。
「冥土の土産ってことで教えてあげる」
「私達の能力をね」
「能力?」
どこからともなく、聞こえてくる二人の声。
姿は無い。だが、声は聞こえる。どこだ? どこにいる……。ルメールは、周りへと警戒心を高めながら、長剣を構えいつでも対応できるようにしている。
「魔法のような特殊な能力」
「ある者は、突然能力に目覚め」
「ある者は、能力を会得し」
「ある者は、血縁関係で能力を受け継ぐ」
《私達は、その三つ目。親からこの能力を受け継いだんだよ》
声だけが聞こえる。
語りかけてくる。
「そして、これが」
「私達の能力」
刹那。
《音を操る能力だよ》
「がッ!?」
背後より、聞こえる二つの声。
気づいた時には、ルメールは彼女達の術中にはまっていた。
耳鳴りがする。
脳に響く。
音が、おかしくなっていく。なんとか、意識を保つルメールだったが、視覚が、聴覚がおかしくなっているのがわかる。
長剣を落とし、膝を突く。目の前には、くすくすと笑うルルカとロロカの姿が。
「音を操るって言っても色々あるんだよね。ちなみに、私は音速。そして、ロロカが音波。ちなみに、お姉さんは、ロロカの音波の力によって聴覚を失いつつある。そして、その音波は脳を揺らし徐々に意識を奪っていくんだよ」
「ルルカの能力は、音速ってただ早くなっているだけで音とは関係ないんじゃない? って言われているんだけど」
まるで、ダンスを踊っているかのようにくるくると仲良く回り、二人は笑う。
《同じ音ってつくから別にいいんじゃない?》
「って、ことになったのー」
「さっき、お姉さんが攻撃した時に私達が消えたのは、ルルカが音速の速さで移動したから」
「でも、あんまり使うと筋肉痛になるから便利じゃないんだよね~」
「最初は、大変だったよね~?」
昔の二人は、親から受け継いだ能力を有効活用するために特訓を重ね暗殺者となった。双子で、能力が違うことから互いに連携をして助け合う。
そんなスタイルになったが、二人だからこそ、他の者とは違う強さを思っているのだ。
昔を、思い出しながらしみじみと語っていく二人だが、ルメールは何も反応を示さない。
「とか、言っても」
「もう聞こえていない頃だね」
「あ、あなたたち……いったい私に……何を……!」
今に、命の灯火が消えそうなルメールは、二人に必死に声を絞り出している。そんなルメールの言葉に、二人は確信したように両手を合わせる。
「さっき、説明したんだけどな~」
「聞こえていないからしょうがないよー」
「ねえねえ? この指、何本に見える?」
「何本かなぁ?」
嘲笑いながら、ルルカがルメールの目の前で指二本を立てて見せるが。
「な、何ですか? ピースサイン? 勝ち誇っているつもり……うっ!?」
結局、最後まで二人の言っていることを理解できずルメールは崩れ落ちた。まだ意識はあるようだが、このままでは時期に命を尽きてしまうだろう。そんなルメールを見たルルカとロロカは、満面な笑みを浮かべながら、最後の言葉を送った。
《おやすみなさい。お姉さん》
双子の暗殺者、ルルカとロロカ。音を操る二人で一人の暗殺者というだけで珍しい存在。
その可憐な姿からは想像もつかない攻撃。
相手を小馬鹿にする言葉。ほとんどが、彼女達の姿を見る前に暗殺されてしまうため透明人間とも言われているが、本来のコードネームは……【サイレント・ジェミニ】という。
「仕事は終わりだね。ロロカ」
「そうだね。ルルカ。これからどうしようか?」
「アリアには、出来るだけ晃のサポートをしてやれって言われているけど……」
「あっ! でも、私達の他にもサポート役は来ているはずだから」
うーんっと頭を悩ませ……決めた。
《よし! この屋敷を探索しよう!!》
好奇心旺盛な子供の思考であった。瀕死のルメールを置いて、スキップしながら暗闇へと姿を消していく。




