第十九話「親友を」
マナと別れた後、晃は裏路地へと向かった。そこには、手足が無い男の死体と壁などに大量に血痕があった。
あまり人が通らないところだったので、気づく人がいなかったらしく、そのまま放置されていた。晃は、すぐにこのことを警備隊に知らせ処理をしてもらった。
あの死に方はどう考えてもおかしい。
手足が捥がれているのであれば、どこかに手足が転がっているはずだ。ギルヴァードのような能力者がやったのか? ……いや、それだったら死体なんて残さないはずだ。残らず全て平らげるはず。
こんな想像はしたくなったんだが、やはり、あれはマナがやったのか? そうだとしたら彼女は……。
「おーい。晃ー!」
「何考え込んでるの?」
考え事をしていると、ルルカとロロカが駆け寄ってきた。今日も、仲良くお揃いの洋服を着込んでいる。
「ちょっとな……」
「ふーん……。あっ! そうだ。晃。依頼きてたよ。はい」
「代わりに持ってきてあげたよ」
「あ、ああ。ありがとう」
ルルカとロロカが持ってきた依頼書は二枚だった。依頼が複数くるのは、そんなに珍しいことじゃない。
だが、晃にとっては久しぶりかもしれない。
「私達、依頼をしてきた子を見たんだぁ」
「そうそう! その内の一枚は、学生さんだった! たぶん、ロロカ達より年上だと思う!」
「そうだね! 確か、晃が昨日出会った娘と同じ制服を着ていたね」
マナと同じ? その言葉に、晃は少し気になった。学生が、暗殺を依頼してくるのは余程のことが無い限り、ほとんどないだろう。
それに、マナと同じ制服を着ていたというのも気になる。とりあえず、行って見ればわかることか。
「晃! 暇だから、面白い話をして!」
「ロロカ達ね。暗殺の依頼が無いから暇なんだぁ」
《ねえ! ねえ! なんか話して!》
「はいはい。そうだなぁ……じゃあ、一週間ぐらい前のアリア師匠のことなんだけど」
攻め寄ってくる双子の相手をした後、指定された時刻まで時間を潰し、いつもの場所でその依頼主を待っていた。
そして、数分もしない内に依頼主はやってくる。ルルカとロロカの情報通り、マナと同じ制服を着込んでいる。
晃を見つけるなり、早足で近づき一定の距離をとって、いきなり頭を下げる。
「お願いします! 親友を……マナを助けてやってください!!!」
「親友?」
この子はマナの親友だったようだ。
これは変な因果だな……と、晃は思いつつも彼女へと話しかける。
「友を救ってほしい? 暗殺の依頼ではないのか?」
ここは、焦らずいつも通りにことを進めよう。晃が、確認を取ると少女は頭を下げたまま言葉を続ける。
「いえ! 暗殺です! 実は今。親友が、おかしなことに巻き込まれているんです……。昔の記憶まで失っていて。変な力まで持っていて……。だからあたし、親友を苦しめている奴を殺してほしいって!!」
「……暗殺して欲しいターゲットの名前は?」
「イツーナ・ベスダ。そいつが、マナに変なことをしているのはわかっているんです! あたし、マナが姿を消してからようやく見つけて後を追ってみたんです。そしたら、イツーナ・ベスダの豪邸に入っていくのを見ました」
「それだけで、何かをされているというのは。少し証拠不足だ」
表では冷静に対処している中、晃はイツーナ博士が関わっていたのかと頷く。まさかマナが、クルスが言っていた面白いこととに何か関係があるのだろうか?
「証拠も何も! 数週間前にいきなり消えたんですよ!? 学園だっていきなり理由も話さず退学して。自宅に行ったら家ごと消えていて……! それで、今日久しぶりに会ったら記憶をなくしていたんです!! これだけ、おかしいことが連続で起これば誰って疑います!! 本人だって言っていました。牢屋のようなところに閉じ込められているって。……それに、あたし見たんです」
止め処ない言葉を吐き出した後。少女は、一度間を置き、静かに呟く。
「見た? 何をだ?」
晃が問いかけると涙を流し、掠れた声を必死に絞り出し少女は言った。
「マナが……化け物みたいな力を使っているところを、です」
「化け物?」
それは、まさか裏路地のことか? あの手足が捥がれ、体だけが残っていた。その場に、彼女は居たというのか?
「はい……。何もしていないのに、目の前の男の手足が、まるで爆発したかのように吹き飛んだんです。あんなの絶対何かされているに違いありません……! だって、今まであんな力。マナには無かったんですよ? お願いします! マナを……助けてくださいっ!!!」
爆発したかのように吹き飛んだ、か。彼女は、昔からマナのことをよく知っているそうだが。その彼女が、昔はそんな能力は無かったと言っている。
それは、イツーナがマナに何かをした。彼女にとっては、その結論に至ったというわけだ。
「……話はわかった。俺は、暗殺者。暗殺の依頼であるのならば、子供だろうと老人だろうと。学生でも、請ける」
「じゃあ!」
「ああ。その依頼、イツーナ・ベスダ暗殺の依頼としてこの【ブラッド】が引き受けよう」
「あ、ありがとうございます……!」
涙を流し、深く深く頭を下げる少女の姿を見て、晃は空を見上げる。
(マナ……)
・・・・・・☆
満月の夜のこと。物静かなイツーナの豪邸内に、暗殺者が潜入していた。月光を背に、ルビー色の瞳が怪しく輝く。
その残虐さは、他の暗殺者からも恐れられている。
クルスだ。
実は一度、イツーナの豪邸へと潜入したいたクルスだったが、一度撤退し、もう一度潜入を試みている。
彼がいったい、誰の依頼でこの豪邸に潜入しているのかはわからない。だが、暗殺者が暗殺以外に潜入することなどほとんどない。となれば、クルスはイツーナを暗殺しにきているのか?
暗殺者達は、依頼の時以外何をやっているのかは謎の者が多い。クルスも、その内の一人だ。ただ、その中でクルスは、かなり異質な存在と言える。
「……あの剣士はいないようだな」
すでに、屋敷の中は暗闇。月光だけが、屋敷の中を照らしている。廊下を悠長に歩いてるクルスは、昼時に潜入した時に自分の気配に気づいた剣士ルメールがいないことを確認し、窓から外を見詰めた後、視線を戻す。
「まあ……他の奴が居たけど」
廊下の暗がりから、のっそのっそと歩いてくる何かをクルスは見つめる。
月光がその姿を照らし、姿を露にした。
「侵入者か? ……まだガキじゃねえか」
「そういうあんたは、おっさんじゃねえか」
隆々とした筋肉が鎧の上からでもわかる。纏っている鎧は、硬質でオーダーメイドしたのだろう。二メートルは確実に超えており、右手には、大降りの大剣と左手には盾が装備されている。
体中を見ても傷がよく目立つ。いくつもの戦場を潜り抜けてきた歴戦の戦士と言った風貌だ。だが、クルスは余裕の笑みを浮かべている。
そんなにやけた表情を見た大男は、声を上げる。
「何をニヤニヤと笑っているっ!」
「いーや。こんな木偶の棒が、俺の相手をするんだと思ったら、おかしくてさ……。あんた、本当に俺と戦うのか?」
「ふん。ふざけたガキだ。貴様はここで俺に殺されるというのにな」
と、男は剣を構えて威圧するような声でクルスに言う。
「俺を殺す? おっさんが? はは……」
「む?」
「あははははははははっ!!!」
顔を右手で覆い、廊下中に気持ち良いほどの笑い声を上げる。クルスは、自分が潜入していることを忘れているのか? と思うところだが、大体、敵に見つかっても関係ないのだ。
もともと暗殺というものをあまりしない性格。堂々と正面から立ち向かって敵を殲滅するという異例の暗殺者。
「何がおかしい」
「いやな……。おっさんがあまりにもおかしいことを言うもんだから。おかしくっておかしくって。くくくくっ」
「つくづくふざけたガキだ。俺は、ダーブ・マルクス! 幾多の戦場を駆け巡り、戦果を挙げてきた男だ!! 貴様ごとき、戦場を知らないガキなど我が剣の錆びにしてくれよう!!」
高らかに己の名を叫ぶダーブだが、クルスはそれでも余裕の表情で見詰めていた。
「知らないなぁ、そんな名前。歴戦の戦士なら、俺でも聞いたことがあるはずなんだが……。大体、こんなところで警備兵みたいなことをやっているってことはよぉ? それほど戦果なんて挙げてねぇんじゃねぇのか?」
「侮辱は許さん!! ぜりゃああっ!!」
その巨体から振り下ろされる攻撃は、予想以上の迫力だった。しかし、クルスは余裕の表情を浮かべながら、軽く体をずらして難なくそれを回避する。
廊下に食い込んだ刃をつんつんっと指で触れ、どうした? と挑発。
「なっ!? 俺の攻撃をかわしただと……!?」
「なに驚いてるわけ? こんなの止まって見えるんだが?」
「この! どこまでも―――なに!?」
剣を引き抜き、再度攻撃を仕掛けようとするも剣が持ち上がらない。
いや、体が動かない。
「残念だが、おっさんはもう終わりだ。一撃で仕留められなかったのが敗因だな。まあ、攻撃しなくてもおっさんは俺に会った時点で、終わってたんだけどな」
「ぬおおお!?」
「ばいば~い」
「ぐああああああああああっ!?」
無常にも響き渡る叫び声。
「な、なんだ!? 何事だ!!」
「お、おい! あれを見ろ!!」
「な、なんだ。これは?」
声を聞き、他の警備兵が駆けつけた時には。
「どうなっているんだ……これは!?」
廊下の中心で、氷付けになっているダイの姿が。
それだけではない。
ただの氷付けならば、まだいい。
だが、内側から氷の槍がダイの体を何箇所も貫いている。そのせいか、流れ出る血は外には漏れず、氷の中で流れ、更に凍りづいているのだ。
心臓も貫けれており、即死。警備兵たちは、怯えた。
あいつだ。
あの暗殺者がこの屋敷に来たんだと。
その者に、暗殺の依頼をすると依頼主でさえ殺してしまう問題児。
コードネーム【ブリザード・プリンス】と呼ばれる暗殺者。
クルス・クラウビアが。




