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第十八話「泣いた後」

「何? アレの見失っただと? 何をしているんだ! 何のために、お前を監視に付けていると思っている!!」

「も、申し訳ありません」


 イツーナは怒りで興奮している。

 貴重な実験体を、監視を付けていたにも関わらず見失ったというのだ。このままで、次の実験へと移行できなくなってしまう可能性がある。

 だが、一度苛立ちを抑え、黒服にこう伝えた。


「なんとしても見つけ出せ。もし、アレを連れ去った者が居たら……わかっているな?」

「はっ! かしこまりました!」


 それだけを言って黒服は去って行く。その後、イツーナは紅茶を嗜み、気を落ち着かせる。だが、まだ落ち着かない。


(次の実験が成功すれば、ようやく完成する。そのためにも、アレにはなんとしても戻ってきてもらわねばならん)

「いいのですか? あの男に任せておいて。私なら、すぐにでも見つけ出せますのに」


 突如と現れた美しい女性。青い長髪に、エメラルドグリーンの瞳。ライトアーマーを着込み、腰には長剣が鞘に収まった状態で装着されている。

 彼女の名前は、ルメール・セルゼム。

 腕の良い女剣士だが、金に目が無い女である。今回は、多額の報酬を払われイツーナに雇われているのだ。


「ルーメルか。いいのだよ。それに、アレは私からは逃げられない。いや、逃げることは出来ないと言った方が正しいな」

「あら? そうなのですか?」

「そうだ」


 昔は、どこかの国の騎士団に入っていたと噂されている。剣の腕ならば、確かにそれほどの実力がある。だが、金に目がないことから、その噂は嘘だと思われている。本人は、あまり気にしていない様子だが、実際のところは、わからないことだらけでなのだ。


「それよりも、しっかり警備をしろ。お前には、大金を注ぎ込んでいる事を忘れるな」

「はい、わかっておりますとも。私、お金をいっぱいくれる人は裏切らないタイプなので」


 クスクス、と微笑みルメール。その曇りなき答えは、嘘ではない、真実だとイツーナは感じ取った。


「それならいい」

「はい。……あら?」

「どうかしたのか?」

「……いえ。気のせいだったようです。では、私は警備に戻ります」


 何か、思わせぶりな行動を取ったルメールだったが、何事も無かったかのようにイツーナの傍を去って行った。

 部屋を出て天井を見つめるルメール。


(人の気配がしたのだけれども……まさかね)


 人の気配。ルーメルは、先ほどどこからか人の気配を感じ取ったようなのだ。だが、すぐその気配は消えたので気のせい、だと思った。




・・・・・★




「おい、お前。何をしたんだ?」

「何もしていないって……」

「でもよ。あの顔は、どう考えても泣いた後の顔だぞ? お前、あの子を泣かせるようなことをしたんじゃないのか?」

「だ、だからさ」


 マナが泣き止み、もう大丈夫となったところで晃達は約束通り昼食を食べにきていた。しかし、入ったのはいいが、マナの顔を見るなりガイは晃を店の隅っこに連れ出し今に至る。

 晃は、何もしていないと思っている。だが、ガイは彼女の顔を見て何かをしたんじゃないのか? と疑っている。


「お前ら、昨日会ったばかりだよな?」

「そうだけど」

「今日は、どうして一緒に店に?」

「約束したんだよ。何かお礼をしないと気がすまないって言うから」

「一緒に昼食を食べようってか?」

「ああ」

「……そうか。まあ、下心がないことはわかった。これ以上、待たせるのは悪いから追求はしねえ」

「お、おう」


 回していた腕を離して、ガイは席に戻るように言う。その後、昨日と同じものを注文した晃は、一度マナと話し合いをすることにした。

 そんな簡単に全てを話せるとは思っていないが。でも、話せば少しは楽になるだろう。


「落ち着いたか?」

「は、はい。すみません、いきなりあんな」


 あのことを思い出したのか、顔を紅潮させるマナ。晃は「そんなこと気にするな」と言う。 あれあれで男としては役得だったと晃は思っている。


「それよりも、どうしたんだ? 話せるようなことだったら、俺が聞くけど」

「……えっと」

「無理ならいいんだ。話せないことを無理に言うことは無い」

「いえ……はい。わかりました」

「うん、それでいい」


 無理に話しても、困惑することもある。話せるようになってから話してくれればいい。


「あの、じゃあ質問いいですか?」

「質問? ああ。いいけど」


 そこで、マナが小さく手を上げて晃に問いかけてくる。


「晃さんはその。どうしてあそこに居たんですか?」

「……えーと、用事を済ませて近道をしていたんだよ。早めに、この店に来て待っていようかなって思っていたからさ」

「そ、そうだったんですか。ありがとうございます。一つ疑問に思っていたことが消えました」

「そうか。それはよかった」


 本当のことはさすがに言えない。嘘は言っていない。用事というのは暗殺のことだ。晃は、暗殺の依頼を受けて、その後、近道をするべく裏路地を通っていた。

 そこで、角を曲がってきたマナとぶつかったのだ。あの時、確かに叫び声が聞こえた。それに、奥から血の臭いも。


 あの先で、何かがあったのは間違いない。マナは隠しているようだが、暗殺者としての性なのか。相手のことを探ろうとしてしまう。だが今は、暗殺者としてではなく。普通の一般市民としてマナと接していこう。

 ……探るのは、止めにしよう。そんなことを思っていると、料理が出来てテーブルに置かれた。晃達は、約束通り一緒に食事をする。他愛の無い話をしながら、互いにおかずを交換なんかもしたり。

 そして、時は過ぎていき、会計を済ませて店を出る。まだ、外は太陽の日差しが強く、食後だと眠くなってきそうな陽気だ。


「さて、これからどうする?」

「ど、どうしましょうか?」

「とりあえず、一緒に歩くか?」

「そうですね。私は、それでいいです」

「よし、決まり」


 食後の運動。一緒に、街を適当に歩いていく。また、食後のデザートを食べようとしたが遠慮されてしまい断念する。女の子として、あまり食べると体系維持に問題があるみたいことなのかな? それとも、金のことを気にしているのか。

 それから数分。晃は、少し気になることを聞いてみた。


「なあ、マナ。そのマフラーのことなんだが、暑くないのか?」


 今は、春だ。少し寒い時はあるが、マフラーをするほどではない。少し上着を羽織るだけで、十分なほどの気温だ。

 普通ならば、マフラーはいらないはず。


「これですか? えっと、暑くは無いです。私、意外と冷え性なので」

「冷え性か」


 冷え性でも、これだけ太陽の日差しが強ければマフラーなんて要らないと思うが……他にも理由がありそうだ。


「それにこのマフラーは、唯一の思い出なので」

「唯一の思い出? まるで、それ以外の思い出が無いような言い方だけど」


 いや、そうなのかもしれない。マナの表情からなんとなくだが察しがつく。


「……実際そうなんです。私、昔のこととかよく覚えていなくて。自分のことも、友達のことも、家族のことも。だけど、このマフラーだけ覚えているんです。記憶が無い私の傍にいつでも一緒にある。なんだか、温かい気持ちになるんです……これを付けていると」

「それじゃあ、大切にしないとな。それ」

「はいっ!」


 家族との思い出。晃には、一個もないがそういうものは絶対大事にしなくてはならないということは、わかる。

 それに今は、アリア達という新たな家族が居る。晃にとっての思い出の品は、アリア達から貰ったもの全てとなるだろう。


「ん? あそこに居るのって、昨日迎えに来た人じゃないのか?」

「……そうですね。どうやら、迎えに来てくれたようです」


 向こうを見ると、昨日見かけた黒服の男が周りを見渡している。どうやら、マナを探してるようだ。チラッと、マナを見ると一瞬暗い表情に見えたが、すぐに明るい表情になり一礼をする。


「では、今日はこれで。また、誘ってくれると嬉しいです」


 行かせてはならない。そう思ったが、晃は止められなかった。あんなことがあった後だ。本当は、このまま傍に置いておいたほうがよかったのだろうが……。


「ああ。今度は、知り合いも連れて来るよ。ちょっと、変な人達だけど」

「楽しみにしてます。では」


 そう言って、黒服の男へと近づいていく。マナが近づいてきたことに気が付くと、すぐに駆け寄り真っ直ぐ晃のことを見詰めて一礼をした。

 どうやら、感謝をしているらしい。


「……よし。ちょっと調べに行って見るか」


 マナ達が、去って行くのを見送った後、晃は来た道を戻っていく。

 ……あの裏路地へ。

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