第十七話「破壊の衝動」
「……またこの天井」
マナはぼそっと呟く。
いつものことだ。いつの間にか、意識を失い、気が付くと薄暗い石造りの天井を最初に目にする。周りを見渡しても、最低限の家具があるだけ。
机に椅子。それ以外は、今自分が寝ているベッドのみ。天井と同じ石造りで、鉄格子の窓から朝日差し込んでいる。まるで牢屋のようだ。可愛いカーペットに壁紙や人形のような女の子らしいものが一切見受けられない。
殺風景な場所で女の子なのに、今着ているのは昔通っていた学園の制服とマフラーしかない。
マナは、ベッドから起き上がり壁に背を預け身を抱くように縮こまる。
「……どうして。どうして、こんな体になっちゃんだろう」
綺麗な紅と緑のオッドアイが涙で潤む。
普通に暮らしたい。こんな体じゃなくて”普通の体”で。
「……あっ。そうだ。約束」
そこで、ふと思い出す約束。
部屋に飾ってある時計を確認すると、後一時間ちょっとで昼時になるところだった。それを確認するとバックに財布を入れてベッドから立ち上がる。
そして、そのまま部屋から出て行く。別に監禁されている、ということではない。一応、自由には出歩けるようになっている。
部屋を出ると、部屋と同じような石造りの廊下がどこまで続いていた。太陽の日差しだけが差し込む薄暗い廊下。
この廊下を通って、どれくらいの月日が経ったのだろうか。
マナは、どこまでも続いているように見える廊下を見つめて昔を思い出している。自分が、ここに連れてこられた時のことを。
「ううん。今は、暗いことは考えちゃだめ。ちょっと早いけど街を歩いていれば時間は経つよね」
よし! と気合を入れて廊下を歩いていく。
今日の約束。
晃と昼食を一緒に食べるという楽しみな約束のために。
・・・・・☆
街に繰り出したマナは、何をするでもなく時間潰しをしていた。
ショッピング。
マナの年頃ならば、普通のことだが。普通じゃないんだ。
「高いなぁ……可愛いんだけど」
金が足りない。
現在、所持しているのは、最低限の資金のみ。これは、これからの昼食用のため使うことが出来ない。ただ見つめるだけしかできないんだ。
それに、こんなものを買っても必ず排除されてしまう。
自分には普通の生活なんて。
可愛らしい人形だったけど、このままスルーするしかない。マナは、寂しそうな顔をしながらその場を去って行く。
その後も、時間になるまで街を探索した。皆が、眩しい笑顔で過ごしているのを羨ましそうに見詰めている。
「ママ! あれ! あれ買って!!」
「しょうがないわねぇ。今日だけよ?」
「やったー!!」
家族か。
マナは、仲の良い家族を見かける度に表情が曇ってくる。そういえば、自分の家族はどうなったんだっけ?
記憶が無い。マナには、昔の記憶が極力無いのだ。特に、家族のことについては全然と言ってもいい。
知らぬ間に、あの牢屋のようなところで過ごししていた。
その理由は「自分には人とは、違う化け物の力がある」からだそうだ。じゃあ、自分は化け物だからこんなところに?
もしかして、家族に売られたのか?
当時のマナは、困惑するばかりの日々が続いていた。だが、冷静さを取り戻し街に繰り出し考えた。
自分が化け物だったら、街の皆は卑下するような目で見たり、石を投げたりするものじゃないのか? だけどそんなことをするような素振りは無い。
店で食べ物を食べようとしても笑顔で応対してくれる。普通に通行人に話しかけても優しく会話をしてくれる。
本当は、化け物じゃないんじゃないのか? だったら、どうして自分は……。
「もしかして、マナ?」
「え?」
そこへ現れたのは、マナと同じ制服を着込んだ茶毛の少女だった。誰だろう?
そう思った瞬間、
「やっぱりマナじゃん!! 久しぶりー!!!」
「きゃっ!?」
いきなり抱きつかれた。
もしかして、この少女とは抱きつくほどの仲なのだろうか? 周りの視線を気にしながらもマナは少女が誰なのかと考えた。
「もう! いきなり学園を辞めたからびっくりしちゃったんだよ! どうしたの? いったい」
「えっと、その……」
「ん?」
わからない。
記憶の奥底まで、潜り込んでも彼女の記憶が無い。
ここは正直に言うしかない。
「あの……どなたですか?」
「え? ちょっとー。クラスメイトで親友の顔を忘れたの? ユズだよ。ユズ・ナーデル!」
「……すみません。私」
「どうしたの?」
マナは、このままでは申し訳ないと思い全てを話した。自分に記憶が欠落していること。牢屋のようなところで生活していること。
そんな話をするのは、初めてだったのうまく説明できたか不安だったが。
チラッと、ユズという少女を見ると「そっか……」と悲しそうな表情になっていたが、すぐにキリッと真剣な表情に変わる。
「それってひどくない!? 記憶を消して化け物だからって変な理由で閉じ込めるなんて!!」
「あの。一応出歩けるから閉じ込められているわけじゃ」
「でもさ! 自由にショッピングも出来ないんでしょ?」
「う、うん。買っても、すぐ処分されちゃうんです」
一度だけ、人形を買った時があった。だが、それが見つかり即刻処分されてしまった。それ以来、余計なものを買うとまた処分される。
毎回のように、ものが無いかと部屋のチェックまでされるほどだ。
「許せないよ! 親友として黙っていられないわ!! よし、ちょっと講義にしてこよう!!」
「い、いいですよ! そんな」
「だめ! だって、このままじゃ一生その牢屋で暮らすことになるんだよ? それでいいの? 家族にも会えないし、友達とも遊べないし、恋だって出来ないんだよ?」
「で、でも」
その気持ちは嬉しい。
だけど、一人が講義に行ったところでどうにかなるような相手じゃない。マナは、ユズの身の危険を案じている。
「もう~。昔からマナは積極性が足りない! 記憶を無くしても、それだけは変わらないね~。安心安心」
「そ、そんなことで安心されても」
「まあまあ! ここは、ユズ様に任せなさいって! 実はさ! 最近になってあたしさ」
と、言いかけた途中だった
男がにやにやしながら近づいてくるではないか。
「ようよう。お譲ちゃん達。楽しそうだね? お兄さんと一緒に遊ばない?」
ナンパだった。
真昼間からのナンパである。そんな男に対し、ユズはため息を吐く。
「今、いいところなの。ナンパなら他所でやってくれない? 忙しいから」
「なーに言っちゃてるの? こんな時間帯に学生がいるってことは、サボりなんでしょ? だったらさ~。俺と一緒に遊んでもいいじゃないの?」
「しつこいなぁ」
ユズは、こういうナンパをしたり、下心丸見えの男が大嫌いのようだ。どうしたらいいか困惑しているマナを見てユズは。
「マナ! こっち!!」
「わっ!?」
手を引き、全速力で逃走した。一気に駆け抜け、一度裏路地へと入り込み追ってこないか確認するユズ。追ってこないことを確認すると、ユズは安堵の息を漏らす。
「逃げられたようだね」
「そ、そうですね」
「ところがどっこい! 逃げられていないんだよね~」
裏路地の奥のほうから、先ほどのナンパ男が歩いてきた。
「ここは、俺の庭みたいなところだからな。近道ぐらいこの通りだ」
「しつこい!」
と、またマナの手を引き逃げようとしたが。
「おっと! そうはいかない!」
回りこまれる。
「そんなに逃げることないじゃんかよ~。ちょっと、遊ぼうって言っているだけじゃん」
「そんなこと言っているけど、下心丸見えなのよ!!」
「あら? そんなに顔に出ているのか? ごめんごめん! でも、本当に君達と一緒に遊びたいんだよぉ。ほら、今から仲間を呼ぶからさ! ね? いいでしょ?」」
にやにやち笑いながらどんどん追い詰めていく男からユズは、マナを庇う様に背に隠した。
「そんなに怖がらなくてもいいんだぜ? ちょっと、遊ぶだけなんだからさ」
どうしよう……これって私がユズと会ったからこうなったの? とマナはユズの背中に隠れながら思った。
以前、こんなことをある人から言われたことがある。
「お前は、人と接するだけで相手に不幸を齎す」
それがこれなのか? こうなったのは、自分のせい? もし、ユズが自分と出会わなければこんなことにはならなかった?
自分のせいだ……化け物である自分が……。
―――私が、こんな優しい友達と出会うなんて……いけないことだったんだ。
その瞬間、マナの意識は途絶える。
「こうなったら! マナ? ちょ、ちょっと!」
「お? どうしたのかなぁ? お譲ちゃん? 俺と遊んでくれる気になったのか?」
ユズは、何かをしようと動くが、それよりも先にマナがふらりと男へと近づいていく。男は、にやりと笑い、ユズは助けに入ろうと動くが。
「破壊」
「へ?」
マナの一言で、男の腕が消滅した。
そして、壁には大量の血痕が付着し、男はゆっくりと自分の腕があった箇所を見詰め……青ざめた。
「う、うわああああ!? う、腕が!? 俺の腕がああ!?」
泣き叫ぶ男。
何が起こったんだ? ユズも驚きでどう反応したらいいか、動けないでいた。
泣き叫ぶ男は、見た。目の前の少女の前髪から見える紅く、怪しく、煌く瞳を。
そして、楽しそうに微笑む口元を。
「破壊」
「アアッ!?」
もう片方の腕が消滅し。
「破壊」
「アアアアッ!?」
右足が消滅し。
「破壊」
「アアアアアアアアッ!?」
左足が消滅した時には、男はショック死していた。泡を吹き出し、白目をむいてその場に倒れこんだ。残ったのは静寂と手足がない死体に少女が二人。
「―――あっ」
「ま、マナ?」
ハッと我に返ったマナは、目の前に転がっている死体を見て、体を震わす。
そして。
「マナ!!」
裏路地に奥へと逃げ出す。ユズの必死な声を振り切って、全力疾走で。
また……またこんな! なんでいつもこんなことになるんだろう。ずっとこんなことが起こり続けている。いきなり意識を失い、気が付くと目の前の不可解な死を遂げている死体がある。
もしかして、これが化け物である自分の力?
―――やっぱり、私は……化け物なんだ!!
「きゃっ!」
「うわっとと。だ、大丈夫か?」
前を見ずに角を曲がると誰かにぶつかってしまった。完全に押し負けたマナは、尻餅をついてしまうが、そんなの関係ない。
(だめ! 今の私に近づいたら……!)
差し伸べられる手を払い退けようとするが。
「もしかして、マナか?」
「え? ……晃、さん?」
「やっぱりそうだったか。どうしたんだ? こんなところで」
先日、色々と優しくしてくれた晃だった。どうしてこんなところに居るんだろう? ここは裏路地の奥。普段なら人が通ることが少ないところなのに。
だけど……。
「あっ……! あっ……!」
「ほら、立てるか? 怪我とかしてないよな? ごめんな。ぶつかっちゃってさ」
その言葉一つ一つが、絶望していたマナの心にどんどん染みていく。
「ぐす」
「え?」
そして、大粒の涙を流れる。最初は静かに、涙だけを流していたが時期に路地に響く渡るほど、大声で子供のように泣き叫んだ。
「え? え? ど、どうしたんだ? え? 俺、何かした? やっぱり、どこか怪我を? あの、えっと……」
いきなり泣き出され、どうしたらいいか困惑する晃だったが、涙は止まらないマナを見て。
「とりあえず」
そっと自分の胸に抱き寄せた。少し、恥ずかしいがこれで人が集まることが無いし、たくさん泣けるだろう。
気が済むまで、泣けばいい。その晃の優しさがマナには伝わった。しっかりと、晃の胸に顔を押し付けて服を掴み、たくさん、たくさん泣いた。




