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第十六話「イツーナの実験」

 生物研究所を創設したイツーナの豪邸にある自室にて、イツーナはゆったりとお茶を嗜んでいた。白髪で、顎鬚が生えており、白衣を着用し貫禄のある初老の男という雰囲気である。

 傍らにはガタイの良い黒服の男がおり、イツーナは椅子に腰を下ろしながらカップを片手に口を開く。


「アレは、今日何をしていた?」

「いつも通り、街を探索していました」

「そうか。相変わらず、人間臭いことをする」


 馬鹿にするように笑い、カップに口をつける。


「それともうひとつ」

「なんだ?」

「怪しい男と一緒に居ました」


 その言葉に、イツーナは眉をぴくりと動かす。


「怪しい男だと?」

「はい。黒髪の男で、まったく隙が無い者でした」

「ほう? 冒険者か何かか? アレに近づくとは物好きな男も居たものだな」


 そして、またお茶を一口飲み、カップを置いてからリモコンを操作する。すると、目の前の壁が上昇しガラス越しに五十人は軽く超えている集団が、武器を構えている光景が広がった。


 誰も彼もが、修羅場を乗り越えてきた戦士のような風貌。

 そんな中に、一人。明らかに普通の少女が混ざっていた。綺麗な金髪、赤いマフラーに学生服。武器も持たずに、ポツンと集団の中心に立っていた。


「さあ、そろそろ実験を始めるとしようか」

「わかりました」


 イツーナが言うと、黒服は通信機のようなものを取り出しイツーナへと渡す。

 ボタンを押し、口元に当てる。


『諸君。準備はいいかな?』


 その声は、ガラス越しの空間へと響き渡った。戦士達は、何か不満な顔で大声を上げる。


「じじい。なめているのか? 俺達は、化け物染みた相手と戦えるって聞いたからここに来てやったんだぞ!! それがなんだ? ただのガキじゃねえか!!」

「大金を貰えるって言うのも、嘘だったのか?!」


 次々に、不満の声が上がっている。

 だが、イツーナは冷静に戦士達に言葉を告げていく。


『嘘ではない。それはまさしく化け物染みた……いや、正真正銘の化け物だ。そして、それに勝てることが出来れば約束の大金をくれてやろう。心配することは無い』

「嘘だったら、どうなるかわかっているんだろうな?」

『諸君らこそ、これからどうなるかわかっているのかね?』


 戦士達には、イツーナの言っていることがさっぱりだった。たかが、ガキだろ? 余裕だ。こんなの、俺一人で十分だ。一捻りだと戦士達は、余裕の笑みを浮かべながら少女と向き合う。

 少女一人を殺せば、大金が手に入る。

 こんな簡単なことは他に無い。


 戦士達は、大金を手に入れることで頭がいっぱいだった。

 本来は、化け物染みた相手と戦えると聞いて集まってきた戦士もいる。だが、相手はたかが少女。とんだ拍子抜けだと失笑していた。

 そんな集団を見ながら、イツーナは不敵な笑みを浮かべる。

 そして、開始の合図が。


『では……開始!!』


 下った。

 それと同時に、先頭に居た戦士が飛び出す。その巨体から振り下ろされる一撃は、目の前のひ弱な少女ではどう考えても受け止められることも、回避をすることも不可能だろう。

 もう終わりか。ほとんど戦士は、そう悟った。大金は貰った。

 これから、その大金を使って何をしようか? と考える者もいる。

 ……しかし。


「アアアアアアアッ!?」


 悲痛の叫び。

 何事だ!? と突撃していった戦士を見ると……心臓に穴が空いていた。それだけじゃない。腕が、足が吹き飛んでいたのだ。


 得物である大剣は、轟音を鳴らし地面へと落ちる。

 いったい何が起こったんだ? 普通ならば、少女の死体が転がっているはずなのに。その逆で、突撃していった戦士の死体が転がっている。


『どうしたのかね? ほら、早く戦いたまえ。大金が欲しいのであろう?』


 困惑しいる戦士達を、押すように餌を撒くイツーナ。

 そうだ、大金だ。

 あの少女を殺せば、大金が手に入る。先ほどは、一人で突撃したからあんな風になっただけだ。大勢で、行けばどうってことはない。

 戦士達は、一斉に少女へと突撃していく。それも、正面からではなく囲むように。これならば、どんな攻撃をされても対応できるだろう。


「なっ!?」


 だが、そう簡単にはいかなかった。何が起こったのか。いつの間にか、突撃していった戦士達が、粉々になって吹き飛んだのだ。

 まるで、体に爆弾でも埋め込んでいたかのように。

 その場から、一歩も動いていない少女をよく観察した。目が紅く、怪しく輝いていたのだ。それも、右目だけが異様な輝きだ。

 少女は、顔を俯かせて、表情がよく見えない。だが、それが余計に影を作り不気味で、恐怖を与えている。


 周りには、先ほどまで余裕で突撃していった戦士達の死体の数々が転がっている。残された戦士達は戦意を喪失した者ばかり。

 最初の余裕が無くなってしまった。

 こいつは化け物だ。もう大金なんて要らない。こんなとこからさっさと逃げ出さなければ! 戦士達は、入ってきた出入り口へと急いだ。

 がしかし。


「おい! 開けろ!! 開けてくれ!!!」


 そんな必死な戦士達の声を耳にしながら、イツーナはお茶を嗜みつつ、絶望へと突き落とす言葉を投下する。


『何を言うのかね? 諸君らは、所詮実験のための消耗品。出すわけなかろう? さあ、早く戦いたまえ。大金が欲しいのであろう? 私は、しっかりと約束を守るぞ。それを倒せればの話だがね』

「ふ、ふざけるな!! こんな化け物を倒せるはず無いだろう!!」

「出してくれ!! 出してくれよ!!」

「金は要らない! 要らないから!!」


 だが、その声は届かなかった。

 出入り口は、開かず戦士達は死体が転がっている空間に取り残された。背後には、いまだに一歩も動こうとしない少女が怪しく瞳を輝かせている。


「そ、そうだ! あいつは、近づいた者を変な術で粉々にする! そして、あいつは一歩も動かない!!」

「そ、そうか! だったら、ここから動かなければ!」

「で、でもよ。俺達はここから出れないんだぜ? 出る方法はあいつを……殺すこと」


 どう足掻いても、絶望しかない。

 このままここで黙っていても餓死してしまう。少女を殺そうと突撃しても、殺されてしまう。

 もう死しかない。そこで、一人の戦士が立ち上がった。

 何をする気だ? と思った刹那。


「うおおおおおおおおおおっ!!!」


 武器を構え、少女へと突撃していったのだ。

 血迷ったか? 違う。

 絶望が膨れ上がり、錯乱してしまった? それも違う。おそらく、餓死するよりは戦士として強敵に殺される選択をしたのだろう。

 戦士として、強敵に挑み、殺される。餓死よりは、良い死に方だ。そういう考えに至り、突撃して行ったのだろう。


『はっはっはっは!! なかなか勇敢な戦士じゃないか。諸君らは行かないのかね? 彼のように勇敢に死を遂げないのか?』


 イツーナの言葉に、押された。

 いや、洗脳されたかのように残りの戦士が武器を構える。


「やってやるよ!!」

「おらああああああ!!!」

「化け物が!! 死ねえええええ!!!」


 一斉に、突撃していく。


『良い心がけだ。感動した!! だが』

「ひっ!?」


 戦士達の攻撃が当たる瞬間。少女の瞳は一段と輝きを増した。

 その時、戦士たちは見た。

 紅く輝く瞳の奥に……人知を超えた何かが潜んでいたことを。その瞳は、どう考えても人間ではない。まるで、その瞳だけが別の何かのような。

 いったい何だって言うんだ? そう思った時にはもう……この世から消えていた。


『今日も、良好のようだな。これならば、次の実験段階に進められるな。よし、これにて実験を終了する。お前は部屋に戻っていろ』


 一人取り残された少女へと、イツーナが命令を下すと。


「はい」


 ぼそっと、返事をして背後の扉から静かに去って行く。

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