第十二話「イツーナ生物研究所」
「来たね」
「お待たせしました、ギルヴァードさん」
「相変わらず、その仮面とコートなんだね」
「はい。仮面は被っていると素顔も表情も見られませんし、落ち着くんです。それに、このコートは……師匠から無理やりというか」
「大変だね、色々と」
「あははは……」
時刻は進み、十一時前。
イツーナ生物研究所に到着した晃は、ギルヴァードと合流。いつも通り、サングラスに貴族となんら変わらない紳士な服装が良く似合う。
しかし、暗殺をする格好から考えれば程遠いものがある。
「さあ、そろそろ行くよ。情報によればターゲットは、この研究所の中を徘徊しているらしい。餌がそろそろ切れるから早く始末してくれ、とのことだ」
「餌って……まさか、人間じゃないですよね?」
「……その通りだ。ここで働いている研究員達を無理やり閉じ込め、外へと出ないようにしているらしい」
なんて酷いこと。
想像しただけで、魔物の餌のために閉じ込められることが怖いか。それが本当に、餌のために。これが人間のやることなのか。
「行きましょう。早く、その魔物を始末するんです」
「ああ。では、行くとしよう」
「はい!」
研究所へは、裏口から入り込む。
比較的、裏口の方へはあまり魔物は来ないようなのだ。気配を感じながら、奥へと進んでいくと、そこで床に何かが落ちてるのに気づく。
「これは」
「毛? もしかして、魔物の?」
真っ白い毛が、落ちていた。
髪の毛にも見えなくは無いけど、もしかしたら魔物の毛かもしれない。でも、この落ちようから考え、脱毛症にでもなったかのようだ。
落ち方が、おかしい。
通常の抜け方ではないのは確かだ。
「魔物は、最初は毛のある子供サイズだったらしい。だが、突然変異で、巨大化し毛も抜け始めてきた。この様子だと、もう毛の一本も無いだろうね」
「……いったい、何かが起こっているんでしょう」
「さあね。確かめるのにも、まずはターゲットを探さねばならない」
「ですね」
晃達は、抜け落ちた毛をその場に残し、ターゲットを探しに行く。
ところどころ、消えかけている電灯がある。
そして、壁や床などには大量の血を付着しており、死体などはどこにもない。まさか、毛一本すら残さず食べたというのか?
いったい、どんな魔物なのか。
昔は、修行のために魔物を相手にしていた時もあった。魔物は、自然界で生きていくために生存本能が凄まじい。
そのために、暗殺が難しいのだ。
人間とは違い肉質が厚い魔物や、鱗などで固められている生態もあるので、通常の攻撃では簡単には殺すことはできない。
アリアも本当に厳しかった。
今でも、十分厳しいが、昔ほどではない。
今思い出したら、体が震えてきてしまった。今は、依頼に集中しなくちゃならないっていうのに。
「おや?」
そこでギルヴァードが立ち止まった。
晃は何かがあったのか? とギルヴァードの視線の方向を確認する。そこは、多種の生物がカプセルに収納されている何かの実験室のような場所だった。
「ギルヴァードさん。どうかしたんですか?」
「いや。なんでもないよ。少し、昔のことを思い出してね。さあ、先に進もう」
「は、はい」
どうしたんだろう? 先ほどのギルヴァードは、様子が変だった。あまり、自分の過去を語らない人のため、すごく気になってしまう。
「晃」
「居ましたね」
立ち止まった場所からあまり離れていないところだ。
角を曲がった先に、ターゲットの姿があった。
薄暗くあまり的確に姿は見れないが……子供サイズには見えない。
二足歩行で、猫背。
毛は一本も生えてなく、涎がだらだらと垂れ流されている状態。
まるで、空腹の野獣だ。
「これは、早めに済ませたいものだ」
「ですね。ここからでもすごい腐臭です」
死体が腐ったような臭いだ。
鼻を押さえようともこれは絶対、防げない。
さすがのギルヴァードも、気分が悪いようだ。ここは、早めに終わらせてここを出なくてはならない。でないとこの臭いで、鼻がおかしくなりそうだ。
「晃。君が先制を。私が、奴を仕留める」
「わかりました。でも、大丈夫ですか? あいつ、臭いですし、腐っているかもしれませんよ?」
「ははは。そこのところは大丈夫だ」
ギルヴァード自身が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
晃はターゲットが後ろを見た瞬間。
気取られずに、一気に駆け抜ける。
「すう……」
中心を貫く。
思ったより、肉質は柔らかくすんなりと晃の手刀は通ったが、この手応えは。
「ぐっ!? な、なんだこれ。抜け……!?」
抜けない。腕が体に埋まってしまっているかのようだ。こいつの体はどうなっているんだ? こんなぶよぶよとした体は初めてだ。
「この!」
晃は、血を操る能力を発動させる。血を操るのは、自分のだけではなく相手の血でさえ操ることができる。晃は、モンスターも体内に流れる血液を操り、小さい刃へと変換。
それを使い、包み込む肉を切り裂き、なんとか脱出し、一時距離をとる。
「……ふう」
再生していく。切り裂いた箇所が再生しているのだ。晃の腕が抜けなくなったのは、そういう仕組みだったということか。
貫いたところが再生していくことで、腕をその肉が包み込み拘束したんだ
この再生能力から、そう簡単には倒せないのは明白。
魔物は晃のことを標的として選び、こちらへと体を向ける。だが、これでいい。囮となれたことで、ギルヴァードの準備は完了したようだ。
「さあ。お前は、どんな歯応えが、どんな味がするのか。それは、食べてみないとわからない。そういうわけだから……いただきますだ」
魔物の背後で、律儀に食前の挨拶をし両手を合わせたギルヴァードはサングラスを取る。
すると、体からオーラのようなものが漏れ出し、体が変化していく。
その姿は【喰らう者】。
狼のような、いやあれは龍に近いものがある。煌く牙に爪。何をも噛み砕くその顎は強靭であり、その体に纏っている鱗は生半可な剣では切り裂けないだろう。
これが、ギルヴァードが【暴食の暗殺者】と呼ばれる由縁。
どうして、こんな能力を持っているのはわからない。だが、この姿になるとターゲットを喰らい尽くすまで止まらない。
ギルヴァードは、晃に気を取られている魔物へと一気に近づき、口を開いた。
「まずは、腕からだ」
鋭利な刃物のような牙にて、右腕を噛み千切った。
魔物は完全に晃に気を取られていたために、背後からのギルヴァードに気づくのが遅かった。
「グギャアアアアッ!?」
悲痛な鳴き声を上げる魔物。
噛み千切った魔物の腕を、その強靭な顎で噛み締めている。さすがに、腕を一本豪快に千切られては、魔物も悲鳴を上げるようだ。
「ふむ。鼻にくるこの臭いはともかくとして、味と肉質はいい感じだ。どうやら、再生するようだね。たくさん食べれるのは嬉しいのだが。あまりこの姿で居ると色々とやばいのでね。早々に食べ尽くさせてもらうとしよう。まずは……微塵切りだ、晃」
「はい」
腕が再生していく魔物。
だが、ギルヴァードは、その鋭利な爪で魔物を一瞬にして晃と共に微塵切りにしていく。そこから、くるっと方向転換。
その口からは、炎が漏れ出していた。
これは、やばい。晃は、危険を察知して角を急いで曲がった。
「そして、強火で一気に焼く!」
案の定だった。
膨大な炎は、壁まで届き、危うく晃もこんがりと焼かれるところであった。炎が止むのを待ち、チラッと確認する。
「うむ。やはり、生よりは焼いたほうが幾分かマシなる。……うまい!!」
爪でひとつひとつ刺しながら高速で食べていくギルヴァードの姿。
もはや再生など追いつかないほどに。いや再生をしていない。おそらくだが、焼かれたことで再生する細胞のようなものが消滅してしまったのではないだろうか?
あまり、そっち方面のほうは詳しくないので晃は、そう予測しギルヴァードに近づいていく。
「ふう。ごちそうさまでした」
何はともあれ、無事に魔物の暗殺? は終了した。食事を終え、再度手を合わせたところでギルヴァードは元の人間の姿へと戻る。
最初から上着などを脱いでいたため上半身は裸。
すぐに上着を羽織、晃の元へと近づいてくる。
「終わりましたね」
「ああ」
「でも、あまり俺が出る幕が無かったような気がしますが」
今回は、ただ最初の一撃と囮。
魔物を微塵切りにするのを手伝った程度。ほとんどギルヴァードがやっていた。しかし、これはギルヴァードに申請された依頼だ。
それでいいのだ。
「そうだったね。でも、私は君と一緒に行動することに意味があったんだ。別に暗殺で役に立ってほしい、ということじゃないんだよ」
「そうだったんですか?」
「そうだとも。さあ、依頼は終わりだ。早くこの研究所を出よう」
「わかりました」
晃と一緒に行動することに意味が……どういうことなんだろう。
その意味を考えたが、結局研究所を出てもわからなかった。今日は、星が輝くとても良い夜だ。
「ギルヴァードさん。質問、いいですか?」
「いいとも。何かな?」
やはり、わからないことは直接聞くのが一番だと、晃は問う。
「今日の。俺と一緒に行動した訳。それは何なんですか? 考えたのですが、全然わかりませんでした」
「そのことか。まあ、隠すようなことじゃない、か。そうだね……晃は私の能力について考えたことはあるかな?」
「あります」
「この能力はね。実は魔物のものなんだよ」
魔物の? それじゃあ、ギルヴァードはと、なんとなく察した晃の表情を見ながらも、ギルヴァードは語り続ける。。
「私は、魔物の能力を持つ人間。魔人間なんだ。知っているだろ? 魔物の能力を人間に取り込むことで強大な戦闘兵器を作る計画。【魔融合計画】を」
「知っています。でも、それはずっと昔に廃止にされたと……もしかしてギルヴァードさんは?」
「その計画の生き残り。そして、その計画を廃止させた張本人でもある。私は、この能力が嫌いでね。誰かに見られるのが怖かったのかもしれない。私が普段、食べ物を食していないのは、この能力のせいなんだ。この能力のせいで普段の食事がままならない」
「……」
星を見上げるギルヴァードの表情は、サングラスで少しわからないが、とても悲しそうに見えた。
いったいどう言えばいいのか。
すぐに言葉が思い浮かばず、静かにギルヴァードの語りに耳を傾けているばかり。
「だから、私はこの能力を誰かに見せ付けるのは本当に信じた者だけになんだよ。晃。それが君だ。君の他にもアリアも居るけどね」
「じゃあ、一緒に行動したのは」
「そうだ。この醜い姿を君に見てもらうため。どうだったかな? 私の姿は」
今まで、月を見上げていたギルヴァードが、晃を見詰め問いかけてきた。
「……実は、前からその姿は見ていたんです。どんな処理をするのかと昔の俺は興味本位で遠くから見たんですよ。でも、思った以上にすごいものでした。本当にびびりましたよ」
「そうか……」
と、悲しそうな表情になる。
が、晃は続けた。
「でも、改めて見ると、かっこいいですね。さすがはギルヴァードさんです」
「……ふっ。ありがとう。そう言ってもらえると私も救われるよ。これからも、後処理は任せてくれ」
スッと、手を差し出したので、それを即座に握る。
「はい。でも、あまり食べ過ぎないようしてくださいよ? お腹を壊したら大変ですし」
「ははは! 気をつけるよ」
こうして、晃とギルヴァードの間に新たな絆が生まれた。
それにしても、ギルヴァードにそんな過去があったとはと晃は考えた。そうなると、アリアも? 全然自分のことを喋らない彼女だが。
いったい、どんな過去を持っているのか……。




