第十話「ギルヴァードからの誘い」
「はっ!」
暗殺者といえど、修行はする。
暗殺の修行だけではなく、身を守る術も。晃は、主に格闘術を重点的に訓練をしているが、能力の都合上、剣術や投擲術など、色々な戦闘術を積まなければならない。
「ほらほら。もっと、相手の動きを見て。相手の弱いところをしっかりと見極めるの。そして、確実にそこを突く!」
「ぐあっ!」
久々の師匠との修行。
晃の攻撃があっさり、避けられそのまま拳を叩き込まれる。
拳が小さい分、よく減り込む為に、ダメージが大きい。それに、アリアの場合は確実に相手の筋肉が弱まったところを突いてくるのでこれまた痛い
ダメージを受けていると、昔を思い出してしまう晃。
あの頃よりは、マシになっているから、それほど痛くはないが、やはりアリアの攻撃はどういうことか軽く攻撃しているように見えるのに、かなり痛い。
「気配を殺し」
一瞬にして、目の前から姿を消し、気配を殺す。
「そこから、相手を攻撃する!」
「くっ!?」
気配を察知できないため、背後か? と場所を予想し攻撃を繰り出すも、真横からの衝撃が晃を襲う。
「ぜあっ!」
「ほいっと」
その後も、諦めずにアリアとの攻防を繰り返していた。最小限の動きで、アリアへと拳を放つが、簡単に懐に入り込まれてしまう。
「そいや!」
「うわっ!?」
そのままの勢いを利用されて、投げ飛ばされた。
勢いを利用されたとはいえ、あの小さな体から……と、空中で眉を顰める。地面に背中から叩きつけられた晃に、アリアは一瞬にして馬乗りし、目の前に拳をかざす。
「はい、今日の修行終わり」
満面な笑顔で修行終了の宣言をした。
晃も、一度アリアの修行を一段落し、独り立ちできると言われてからも、自分なりに修行を繰り返してきたが、やはり師匠には敵わないなぁっとため息。
「ありがとう、ございました」
「どういたしまして~。いやー。強くなったね、晃」
そう言ってもらえるのは嬉しいが、まだまだ実力差は天と地の差だろう。アリアには、いつか私を越えてね! と言われたが、いったいいつになることか。
十年や二十年でも、足りなさそうだと笑顔のアリアを見詰める。
「でも、師匠には敵いませんでした。やっぱり、師匠は強いですね」
「ふっふーん! そりゃあ、私は光の師匠だもん! いつまでも、頼もしくて強い師匠でないと褒めてくれないじゃん!! まあ、昔も言ったように、いつかは越えてほしいけど。ま、それはそれとして……というわけで、いつもの~」
「はいはい」
まるで、甘えてくる猫のようだ。
頭を撫で、師匠の機嫌を良くする。
本人は、いつまでも晃の師匠であり続けるために、負けるわけにはいかないとも言っているが、超えるとも言う。
いったい、どっちなんだろう。
「お取り込み中失礼するよ」
「ギルヴァードさん? どうしたんですか?」
師匠の機嫌をとっていると、いつものようにサングラスをかけた渋めの男性、ギルヴァードが現れた。
晃は、体を起こしアリアを体から猫のように引き剥がし、ギルヴァードと向き合う。
後ろでは、何か不満そうな声が聞こえるが、今はこっちが優先だ。
「実は、今回とある依頼があるのだが、是非、君と一緒に行きたいと思ってね」
「お、俺と一緒に?」
晃は、驚いている。それもそのはずだ。暗殺者は、基本単独で動くことが多い。しかも、ギルヴァードは、アリアと付き合いの長い実力のある暗殺者。
そんなギルヴァードから共に暗殺をしないかと誘われるなど、予想もしなかった展開だ。
「今夜の十一時。イツーナ生物研究所に潜入し、あるものを暗殺する」
「生物研究所……研究者でも暗殺するつもりなんですか?」
イツーナ生物研究所とは、名前の通りこの世界の生物を研究しているところだ。
あまり、悪い噂は聞いたことがないが。
「いや。暗殺するのは……魔物だ」
「魔物って……。まさか、あそこで、魔物の研究を?」
「ああ。秘密裏に、魔物の生態について研究をしている研究者達がいるらしく。薬物実験もしているらしくてね。その薬物実験で、魔物が凶暴化。今は、研究所になんとか閉じ込めているらしいのだが、おそらくもう耐え切れないだろうな」
「そんなことが。でも、それって暗殺じゃなくて討伐依頼なんじゃ? それは、冒険者や警備隊に任せるのが」
それが、常識というものだ。確かに、暗殺の最中、魔物と戦闘することはあるが、ただそれだけだ。
魔物相手は、基本冒険者達や警備隊などの表の者達が倒す。
「どうやら、それも秘密裏にしたいらしくてね。魔物を街に連れ込んでいた、などとバレでもしたら、研究がもうできなくなる。悪くて、死刑になりかねない。だから、我々に依頼がきたんだ。まったく……困ったものだ」
本当に困り果てたように、ため息を吐くギルヴァード。
それはそのはずだ。
街に害をなすものを連れ込んだ挙句、研究をして凶暴化をさせたのだから。本来ならば、そんなところなくなってもいいのだが。
「……わかりました。十一時にイツーナ生物研究所に集合でいいんですよね?」
大先輩であるギルヴァードがやるというのならば。そして、自分を必要としてくれているのならば。
どういう理由があるのかは、深く詮索せず、晃は首を縦に振る。
「その通りだ。そして、誘いを受け入れてくれてありがとう。では、私はまだやることがあるのでこれで失礼する。アリアも、あまり弟子ばかりに構っていないで、仕事をしたほうがいい」
「わかってるよー、そんなことー」
振る向くと、不満そうに頬を膨らませているアリアの姿があった。
まったく子供だなぁ、と思いつつも再度ギルヴァードのほうへと振り返る。
「ギルヴァードさん。それでは、また後で」
「今日の仕事を楽しみにしているよ」
そう言い残し、優雅に歩き、姿を暗ました。
今日は、暗殺というよりも討伐。まさか、こんなところで魔物討伐の依頼をすることになるとは思わなかった。
そういえば、一回魔術機械の破壊を依頼されたことがあったが、それとはまた違う。
結局、魔術らしいところはなかったし。
「晃! お腹空いたから、早く戻るよ!」
「は、はい!」
・・・・・☆
イツーナ生物研究所。
そこは、世界中の生物という生物を研究し、もっと世界の生態系について知ることを目的とした施設。
だが、その裏では、この世界に害を成す魔物を実験、研究をしていた。
魔物と言えど、生物は生物。
それに、比較的害の無い、もしかすると一般人が武器を使って倒せるほどの幼生体を実験の対象にしていたので、研究者達もまさかこんなことになると思っていもいなかったのだ。
「う、うわあ!! た、助けてくれ!! わ、悪かった! 俺たちが悪かったぁ!!」
研究所に残っている。いや、取り残された研究者達は必死に逃げていた。
何から?
決まっている。
この研究所で秘密裏に研究をしていた、魔物からだ。
その魔物は、最初に連れてこられた時の面影は一切無い。すでに、別に何かに変貌しているのが一目でわかる。
肉体は、二倍、三倍にもなり巨大。牙や爪も生え、毛などは一切生えていない。隆々とした筋肉は、鍛え上げたものではなく、無理やり薬物で膨張させられた筋肉だ。
魔物は、ただただ獲物を求める『暴食者』へと変わっていた。
「あぁ……! あああ……アアアアアアアアッ!?」
壁に追い詰められ、研究者は餌となり噛み砕かれた。
頭を齧り、胴体と分離。
そこから、まるで切り分けるように手を、足を、体を噛み砕き、胃の中に入れる。
獲物がいなくなると、また次なる獲物を求め、徘徊する。
食べたい!
食べたい!!
食べ尽くしたい……!
そのひとつの欲求が魔物の中で蠢いている。
ただ、食べたいという欲求が、止まらない。
「きゃああッ!?」
また一人。
「ぐあああッ!?」
また一人と。まるで、その魔物の餌のために閉じ込められたかのような研究者達が、次々に悲鳴を上げ、魔物に食い尽くされていく。
だが、もう餌は少なくなっている。
このままでは、いずれ空腹で暴走を起こし、あらゆるものを食い尽くしたいという欲求に変わり、研究所の壁や資材。
もしかすると、外に出る可能性がある。
時間が無い。
外で、悲鳴を耳にしながら数人の研究者達は焦っていた。
早く、早く奴を止めなければ。
それも、表沙汰にせず、秘密裏に。
「お、おい。依頼はしっかりとしたんだろうな?」
「は、はい。今夜の十一時に結構するようです。おそらく、今日中に仕留めないと」
「くそ……! いったい、どこで間違ったというのだ!」
研究は、順調だった。
餌を与え、どんなものを食べるのか。どんな生態をしているのか。あんな、化け物になるようなことはしていなかったはずだ。
「や、やっぱり、あの薬物が原因だったんじゃないでしょうか?」
「馬鹿なことを言うな! あれは、イツーナ様がくださったものだぞ! そんな危険なものを渡すはずがなかろう! 誰よりも生物研究に命をかけているお人だぞ? お前も、それは知っているだろ?」
「そ、そうですが」
だが、青年の研究者はまだ疑いの表情を隠せない。
あの薬物以外考えられない。
誰もがそう思っているが、あれはこの研究所を設立し、人員を自ら集め、生物研究に命をかけているイツーナだ。
そんなはずがない。
そう思わなければ……いけないような気がしてならない。
「ともかく。あいつを早く殺し、研究を続けなければイツーナ博士の名誉に傷がつく! なんとしても奴らには成功してもらわねばならん」
「【バーサク・イーター】に【ブラッド】か……まさか、暗殺者達に助けを請うことになるとはな」